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南極の酷寒を生き延びる虫、移植医療発展のカギを握るかもしれない

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
In a photo provided by J.D. Gantz, Antarctic midges, which are the only year-round insect residents of the continent. Their unique adaptations have conditioned them to endure the extreme conditions. (J.D. Ganz via The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SLUGGED ANTARCTIC MIDGE BY DEVI LOCKWOOD FOR SEPT. 9, 2019. ALL OTHER USE PROHIBITED. --
南極固有の唯一の昆虫ナンキョクユスリカ=J.D. Ganz via The New York Times/©2019 The New York Times

この地球上には500万から600万種の昆虫が存在し、うち約100万種については科学的に分類されるようになった。

ただし、地球の最南端となると、生き延びることができるのはたった1種に限られる。ナンキョクユスリカだ。

小指の爪先ほどの大きさで、紫がかった色の体をよじらせて動く。

幼虫はペンギンやアザラシのフンの近くにいることが多く、地下で2年近くを過ごす。そのうち8カ月ほどは凍結状態にあり、さらに脱水状態になって身を守ることもある。

そんな幼虫の詳しい生態を、米ケンタッキー大学のニコラス・ティーツは2019年8月、専門誌Journal of Experimental Biologyに発表した。過酷な環境に昆虫がどう適応するかを調べる同大学の研究所の所長でもある。

ナンキョクユスリカの生き残り戦略の解明には、広がりも秘められている。移植用に取り出した臓器など、ヒトの組織の保管にも応用できるのではないかと期待されているからだ。

それにしても現地調査の実態は、華やかさとは対極にある。

最も見つけやすいのは、窒素肥料が堆積(たいせき)しているところ――そう、アザラシやペンギンのフンが積もったグアノだ。ティーツらの研究チームは、スプーンと採取用の袋を手に、はいつくばりながらグアノをかき分けて探した。

「きれいだと視覚に訴えるような虫ではない。それに、臭いがたまらなくひどい」

研究室では、幼虫がどうやってあの酷寒を耐えているかにティーツたちは注目する。

「厳冬を乗り切る五輪競技があれば、間違いなく昆虫界の金メダリスト」とケンタッキー大学で昆虫学を専攻する大学院生レスリー・ポッツは例える。17年にティーツと南極に行っており、20年に再訪する予定だ。

In a photo provided by Leslie Potts, an Antarctic midge larva in moss on Amsler Island in the Palmer Archipelago of Antarctica. The Antarctic midge, which is the only year-round insect resident of the continent, spends more than half its life frozen. (Leslie Potts via The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SLUGGED ANTARCTIC MIDGE BY DEVI LOCKWOOD FOR SEPT. 9, 2019. ALL OTHER USE PROHIBITED. --
南極の島のコケにすむナンキョクユスリカの幼虫=Leslie Potts via The New York Times/©2019 The New York Times

この虫は、純粋な陸生動物としては南極最大で(アザラシやペンギンは水の中でも生きている)、さまざまな極限状態に直面している。

セ氏―15度までなら、凍結状態になっても生きている。淡水、海水のいずれに浸しても大丈夫。体液の70%を失っても死なず、無酸素で1カ月も持ちこたえる。

幼虫が脱水状態になると、「小さな干しブドウのように見える」とオハイオ州立マイアミ大学の名誉教授リック・リーは話す。とても、生きているとは思えない。でも、真水に戻してやると、膨らんで、体をくねらせながら去っていく。

「ビックリする私たちをあざ笑う声が聞こえてくる、と私はいつもいうんだ。この種の負荷なんてへっちゃらの、まさに超・耐性生物なのだから」

他のどんな生物でも、こんな適応力を見せれば、目を丸くさせられるだろう。「ヒトでは決してありえないこと」とミネソタ州にあるグスタフ・アドルフス大学の生物学者で、今回の論文の共同執筆者でもあるユウタ・カワラサキは語る。

では、ナンキョクユスリカの場合は、なぜそんなことが可能なのだろうか。その答えには、「微小生息域」がからんでいそうだ。

(訳注=大きな生息域としての)南極の気温は、しょっちゅうセ氏―20度以下になる。しかし、ナンキョクユスリカがすむ地中や積雪の中は、マイナス数度でしかない。幼虫がこれより寒い環境に出合うと、凍りにくいように体内の水分を減らそうとし、中には凍らないで済むほど減らしてしまう場合もある。

「生息地の湿気が多いほど、幼虫は凍結状態になる可能性が高い。乾いた環境にいれば、脱水状態で冬を生き延びようとする」とペンシルベニア州にあるマーシーハースト大学の生物学者マイケル・エルニッツキーは説明する(南極の節足動物で学位論文を書いている)。粒子の粗い砂地の島にいれば、そこがカラカラに乾くことがある。逆に、湿ったコケをすみかにすることもある。

その耐性を支えるすべは、凍結と脱水の他にもまだある。急速に身を固める冷却硬化だ。昆虫などの冷血動物(魚やヒキガエルも思い浮かべてほしい)は、温度が下がると、寒さへの耐性を増すために生理的な変化を素早く引き起こす。

そのプロセスの正確な仕組みは、まだ謎に包まれている。ただ、個別の細胞レベルで変化が生じて引き起こされるようだ。

ナンキョクユスリカの場合は、細胞が冷えると、そのいくつかの特性が変わり、カルシウムが浸透するようになる。そうならないと急速冷却硬化も生じないことを、ティーツはこれまでの研究で知っている。カルシウムそのものは、この虫を守るわけではないが、重要な変化を生じさせるスイッチのように働くと考えられている。

ワシントン州立大学の進化遺伝学者ジョアンナ・ケリーは14年に、ナンキョクユスリカのゲノム(全遺伝情報)の解読に加わったことがある。分かったのは、ゲノムが非常に小さく、そこに反復して見られる成分もわずかしかないことだった(訳注=昆虫のゲノムとしては最少数の塩基対しかなく、無駄な部分をなくして過酷な環境に適応したとの推論もある)。

ケリーは同時に、代謝を調節したり、外部からの刺激に反応したりする遺伝子を何組も見つけた。環境がもたらす刺激に応じて、スイッチのように作用すると見られるものもあり、脱水状態になるときには細胞成分を保持するように働き、脱水状態から元に戻るときには代謝が再び機能するようにしていた。

ティーツは今後、南極の小さな島々にすむユスリカの遺伝的な特性を調べることにしている。隔離されてどう固有に進化したのかを、南米のユスリカと比べるためだ。

環境から受ける刺激は、ナンキョクユスリカにどう作用するのか。それに耐える戦略を、この虫はどう立てているのか。

それを研究すれば、「ヒトも含めて、すべての生き物の細胞がどう環境から影響を受け、これにどう対応するのかをより深く理解することができるようになるかもしれない」。先のマーシーハースト大学のエルニッツキーは、こう指摘する。(抄訳)

(Devi Lockwood) ©2019 The New York Times

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