1. HOME
  2. 特集
  3. 性を学ぶとは
  4. オランダの「過激すぎる」?性教育番組 プロデューサーに聞く制作の狙いと工夫

オランダの「過激すぎる」?性教育番組 プロデューサーに聞く制作の狙いと工夫

World Now 更新日: 公開日:
「ドクター・コリー・ショー」のプロデューサーを務めたジュリエット・ファン。パリドンさん。番組をもとにした本も出版され、授業などで使っている学校もあるという
「ドクター・コリー・ショー」のプロデューサーを務めたジュリエット・ファン・パリドンさん。番組をもとにした本も出版され、授業などで使っている学校もあるという=2024年3月7日、オランダ、島崎周撮影

性教育の義務化で戸惑う現場の教師をサポート

――この番組をつくるきっかけは何だったのでしょうか。

2012 年、オランダで性教育が義務化されたことがきっかけです。当時、私は他分野について年齢別の映像教材を提供する「スクールTV」の担当で、教師や子どもたちと密接に交流をしていました。その中で、多くの教師たちが性について教室で子どもたちに話すことが難しく、不安に感じていることを知りました。

そこで3分間の短いシリーズ番組をつくりました。初めて生理が来たときのことや、 初めてキスをしたときの気持ちなどを、著名人にインタビューしていく内容でした。2013年から、ニュース情報の30分の番組中で合間で放送しました。

公共放送の性教育番組「ドクタ・ーコリー・ショー」をもとにした本。表紙に写る女性がドクター・コリー=ⓒDe Harmonie 、無断複写・複製・転載を禁ず
公共放送の性教育番組「ドクタ・ーコリー・ショー」をもとにした本。表紙に写る女性がドクター・コリー=ⓒDe Harmonie 、無断複写・複製・転載を禁ず

――どのような狙いがあったのですか。

性についてオープンに話しても大丈夫だということを伝えたかった。この番組は当時、小学校の80%で教室内で見られていたと聞いています。10代前半の子どもたちの担任教師たちを番組でサポートしたかったのです。有名人が話せば、教室でも話しやすくなるのではないかと思いました。

有名サッカー選手が語ったファーストキス体験

――反響はどうでしたか。

大成功でした。例えば、有名なサッカー選手が自身のファーストキスの体験について話すのですから、先生も子どもたちもとても気に入ってくれました。肯定的な反応が多く寄せられ、多数のメディアによって頻繁に取り上げられました。

サッカー選手のシーム・デ・ヨングさんがファーストキスについて語ったエピソード=オランダ公共放送NTR公式チャンネルより

大きな反響が後押しされる形で、その後、独立した番組として制作されることになりました。それが2015年に始まった「ドクター・コリー・ショー」です。教師は子どもたちの反応をみながら、ベストなタイミングはいつなのか、どんなきっかけで話すのが最適なのかといったことを感じることができると思います。

――ドクター・コリーのキャラクターはどのようにして考案されたのですか?

監督や俳優と一緒にキャラクターを作り上げました。医者というキャラクターにすることで、生物学的な側面についても説明することができ、彼女が説明できない場合も、彼女の同僚である別の専門家に尋ねるような形にすることができました。

このキャラクターには、いろんなメッセージがこめられています。学校で子どもたちに対して性教育を行うことが義務化された背景には、保護者がセクシュアリティーについて話すのが難しいという状況がありました。たとえばドクター・コリー自身も実際に性について話すことに、緊張感を覚えているということを、どもるような話し方で表現しました。また性について深刻にとらえすぎないよう、ドクター・コリーは楽観的な存在でユーモラスであるということも重要だと考えました。

ドクター・コリーを演じた俳優とも一緒に会議をして、いろいろ面白いアイデアが出ました。たとえば彼女の提案で、多くの子どもたちも歯の矯正をしていることから、ドクター・コリーも歯の矯正をしている設定にしました。

子どもたちが出演 自らの経験を語り合う

――ティーンエージャーたちが自分たちの経験について話し合っている場面もありますね。

子どもたちは、自分より少し年が上の子どもから情報を得ることが多いです。だからこそ、彼らが日常的に使っている言葉で話しているのを聞くことは、大事なことだと思います。性についてまったく経験のない子や、何らかの経験がある子、バランスの良い組み合わせになるよう、ティーンエージャーたちを人選しました。

――出演したティーンエージャーたちは、番組に参加することを望んでいたのですか?

はい、みな積極的に参加したいと言っていた子どもたちです。そこまで積極的になるとは思っていなかったので、私も驚きました。参加した理由は、彼ら彼女ら自身も番組の対象年齢となる9歳から12歳の時に、そのようなことを聞きたかったし、知りたかったからだそうです。

――大きな反響があったようですが、特にどの回が印象深いですか。

最も物議を醸したエピソードで、非常に難しいテーマでもあったのが、「マスタベーション」を扱った回でした。

議論するのが非常に難しいテーマなので、私たちがあえてそれを取り上げたことを誇りに思っています。それに対しての称賛の声も多かったです。ほとんどは、体の変化について、そして恋やキスとはどのようなものなのかについて、テーマとして扱っています。なので、マスターベーションの回は特別でした。

裸もモザイクなし 過激すぎると批判も

――「裸」についてのエピソードでは、モザイク無しで、男女の裸を見せていたことに驚きました。制作チーム内ではどのような議論がありましたか?

生物学の本で使用されている性器のイラストを見ても、子どもたちは自分のものと同じだと自覚できないというのがチームの共通認識でした。同時に、現実とはかけ離れたポルノ画像もたくさんネットで拡散されています。例えばペニス、膣(ちつ)、乳房がどのようなものかは、それらのイメージによって大きく左右されます。なるべく現実に近いイメージを見せようと考えました。

――「内容が過激すぎる」という批判もあったようですね。

もちろんありました。実際に放送をやめさせることを目的に、署名を集める保護者のグループもいました。時間の経過とともに声が大きくなっていった印象です。個人的には、政府が学校で性教育を義務化することを決定したことに対しての批判の矛先が、ドクター・コリー・ショーに向けられたのだと思っています。

メディアを通して番組についての賛成派と反対派の両方がインタビューされるといったこともありましたし、教師たちからは、保護者から番組を見ることを許してもらえない子どもたちが、教室から退出しなければならない事態も起きているといったことも聞きました。

――反発の声が上がることは事前に想定していましたか?

想定していました。セクシュアリティーのことになると、いつも騒ぎが起こります。そうした反発の声を上げる保護者たちの活動を見ると、宗教上の理由であることが多いとみています。

ただ、批判する人たちは「セクシュアリティーについて話すことは、子どもたちが早い年齢からセックスすることにつながる」と考えていたようです。しかし、それは全く事実と異なるということが、近年の研究結果からもわかっています。また、「番組は性的指向を助長するものであり、子どもたちが性的対象にされている」という批判もありました。しかし、これも完全な誤りです。だからこそ、番組の放送をやめるとか、内容を変更するといった必要性は感じませんでした。

必ずしもドクター・コリーの意見に同意する必要はなく、お互いに話せる内容であるべきだということを言いたいのです。批判するのは構いません。しかし、それによって、子どもたちが性について話すことは許されないという事態が起こることが、一番憤りを感じることです。このような勢力や、批判の声はオランダだけでなく、世界的に強くなっているように思います。

――この番組で目指したことは何ですか。

最初に放送した短い特集番組では、話しやすい環境を作りたいと思っていました。単独の番組では、もっと幅広い情報を提供することが目的でした。生物学的な側面だけではなく、セクシュアリティーをポジティブなものとして捉えられるようにしたかったのです。良いものであると事前に知っていれば、問題が生じた時にもっと早く行動を起こせるようになる。 性の楽しい側面を伝えることというのは、学校や保護者による性教育でも不足している点だと感じています。

公共放送の性教育番組「ドクタ・ーコリー・ショー」をもとにした本。LGBTQについて説明するページ=ⓒDe Harmonie 、無断複写・複製・転載を禁ず
公共放送の性教育番組「ドクタ・ーコリー・ショー」をもとにした本。LGBTQについて説明するページ=ⓒDe Harmonie 、無断複写・複製・転載を禁ず

――番組をもとにした本も出版されました。どういう経緯で、出版に至ったのでしょうか。

オランダの多くの書店に置かれている性教育の本は、イラストを使って説明がされています。でもそれは時代遅れだと感じました。絵と現実は違うことが多いからです。ですから、本では写真をふんだんに使いました。

また、番組に出演していたティーンエージャーたちの実際の発言も盛り込まれています。そのような意味で、他の本と比べても、より充実した内容になっていると思います。初版は1万冊、第2版は5000冊印刷されました。

――本を開くと、男性器や女性器が飛び出てくるしかけには驚きました。

ティーンエージャーのユーモアのようなものです。彼らの視点に立って、彼らが実際に面白がるものを取り入れたかった。初版では男性器だけでしたが、新しい版では、女性器も同じようなしかけで入れることができました。

本には、様々な工夫が施されています。付録には、いろんな形や色の胸やペニス、膣の写真の神経衰弱のカードを入れました。違いを探して、そこから、それぞれ違いがあることを学べるのです。人はそれぞれ異なるということを気づかせてくれるゲームになっています。

ドクター・コリーの本を読んでいることを周りに知られたくない時のために、表紙の裏面は全く違うデザインにする工夫もしています。

公共放送の性教育番組「ドクタ・ーコリー・ショー」をもとにした本。男性器について説明するページ=ⓒDe Harmonie 、無断複写・複製・転載を禁ず

表示されない場合はこちらへ

正しい情報と事実を正確に伝えたい

――ネット上の情報が飛び交う中で、メディアが果たさなければならない役割とは何だと考えますか?

メディアでセクシュアリティーをとりあげる度に、注目が集まります。だからこそ、私たちは正しい情報を提供する責任があります。批判の騒動があっても、それをそのまま報道にするのではなく、まずは事実を正確に確認することです。

――性教育とは、何のためにあると思いますか。

不快なことが起こることを防ぎ、平等で美しい人間関係を結ぶためにあると考えています。一方で、家族や文化ごとに性についての考え方が異なるのも事実です。だからこそ、話し合うことが必要です。性教育の一番重要な役割は、すべての子どもたちにセクシュアリティーは素晴らしいものであるということ、そしてオープンに話し合っていいものだと認識させることです。