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「性は人間の体の一部」キスやマスターベーションを博物館で楽しく学ぶオランダの試み

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国立教育博物館でセクシュアリティ、ジェンダー、同意などをテーマにして開かれている展示。性に関する言葉が並び、気になる人は扉をあけて見ることができる
国立教育博物館でセクシュアリティ、ジェンダー、同意などをテーマにして開かれている展示。性に関する言葉が並び、気になる人は扉をあけて見ることができる=2024年3月8日、オランダ、島崎周撮影

「性はタブーじゃない」――。性教育が義務化されているオランダでは、学校だけでなく博物館でも性について学ぶ機会が設けられている。手を舌と見立ててキスを再現できるコーナーなど、ユニークな展示が盛りだくさんだ。どんな狙いがあるのか。二つの博物館を訪ね、担当者に話を聞いた。

自分という人間を探究できる工夫

首都アムステルダムにある、家族向けの「NEMO科学博物館」。国などの助成を受け、非営利組織が運営している。親子連れ、学校やクラス単位での来場も多い。

「人間」と題された展示スペースは、来場者が好きな順序で、好きなように見ることができる。目をひくのは展示室の中心にある、逆立ちをしている人間のオブジェ。生き物の中で唯一逆立ちができるのが人間だという。そのオブジェを囲むように、人間の体に関する様々な要素が紹介されている。

その一つが性。性交や妊娠、性の多様性について触れられており、ユニークなしかけが随所に施されている。教育とリサーチに関するプロジェクトマネジャーのユディット・バルさん(40)と、展示の制作を担当した、エスター・ハムストラさん(44)は、「性は人間の体の要素の一つ。だからこそ、こうした展示になった」と話す。

セックスを扱った展示コーナーでは、「セックスは、感情、動き、そして自分自身の体から解放されること。自分の体の楽しみを見つけるものでもある」と説明する。「どのくらいの頻度でセックスはするの?」「何歳からセックスを始めるの?」といった質問が書かれている小さな扉が並び、その扉を開くとオランダ国内の数値がわかるしくみになっている。

思春期の子どもたちにとって、時期について早かったり、遅かったり、頻度について少なかったり、多かったりというのは気になることだ。そうしたことは個人差もあり、一人で悩まないように情報を提供することに意味があるという。

手を使ってキスを体験

NEMO科学博物館の展示では、キスを手で再現できるようなコーナーもある=
NEMO科学博物館には、キスを手で再現できるようなコーナーもある。担当者のユディット・バルさん(右)とエスター・ハムストラさんが実演してくれた=2024年3月4日、オランダ、島崎周撮影

キスについての展示では、こんな問いかけもある。

「どうやって自分がキスがうまい人だとわかるのでしょう? まずは試してみましょう!」。キスをしている口元のアップの写真が映されている箱の中に手を入れると、その写真が消え、手が「舌」として映し出され、キスを再現することができる。ユーモアを交えた「ちょっとしたジョークの展示」だという。

ジェンダーの多様性に関しても、ユニークなしかけが施されている。

男女とインターセックス(身体的な性が男性と女性の中間、あるいはどちらとも一致しない人)の裸の写真が映し出される等身大のパネルと、その上をスライドできる形で、スーツやスカートなどの服の写真が映されているパネルがあり、自由に組み合わせることができる。

ピンク色の服は女性が多く着ると思われがちである点をふまえて、「ピンクは1950年代までは男らしい色として見られていた」と記述し、「男や女の典型的な服をどう考えるか? それはどういう理由から?」などと問いかけている。また、「自分は男にも女にも感じる」といった言葉も書かれ、自分の性について考えるためのものとなっている。

NEMO科学博物館では「人間」と題された展示スペースに、逆立ちをしているオブジェがある
NEMO科学博物館では「人間」と題された展示スペースに、逆立ちをしているオブジェがある=NEMO科学博物館提供

展示が始まったのは2019年。性について教えることを難しいと感じている教師たちがいることをふまえて教師をサポートし、学校による教育内容の差を埋め、補うことにつながればと、考案された。

見たくない展示は見ない選択ができる配慮も

展示の対象年齢は12歳以上で、思春期のティーンエージャーがターゲットだ。

これまで展示内容について「やりすぎではないか」といった批判もあったが、博物館を安全で歓迎される空間にしようと、議論を重ねて対策をとってきたという。

バルさんは、「特に踏み込んだ内容については、中に入り込まないと見えないようにしている。見たくないものは見ないという選択もとれるように配慮した」という。

来場者の中には海外から来る人もいる。マルタから子どもと一緒にきた保護者は「私の国では少しタブーな内容だが、こういったことに興味がわくのは自然なこと。実用的な情報に感謝している」。

また、同館は公共放送と共同で、バーチャル技術を用いて、高校生にオンライン上での展示も提供している。「教室69」と名付けられたもので、理科室をイメージした教室内のアイコンをクリックすると、映像やゲーム、クイズなどの形で、ジェンダーについてや同意とはなにか、セックスにおいて何を重視するかなどについて考えることができる。

展示の目的について、博物館の担当者は「学校ではまだ、生物学的な側面やセックスの危険性に主眼が置かれている。一方で生徒たちは、同意やジェンダー、セックスのプレジャーについても学びたがっている」と話す。

ハムストラさんは「今は多くの情報を検索できる時代だが、その多くは現実を反映していない。博物館として正しい情報を提供することで、そのバランスを保つことが重要だ」と力説する。

長期企画展で「性」をとりあげる国立博物館

性についての展示の必要性を感じ、1年以上にわたって企画展示を続けているのが、ドルトレヒトにある国立教育博物館だ。昨年末から「あぁ…!身体、セクシュアリティー、ジェンダー、同意」と題した展示を公開している。

10歳以上の来場者には「ボディーブック」が配布される。そこにはこう書かれている。「あなたは、自分が誰であるか、誰になりたいか、何が好きで、嫌いか。新しい発見があるかもしれません」。この本を見ながら展示会場をめぐり、自分の知りたいことがわかる仕組みだ。

会場には、どうやって子どもができるのかをイラストで説明しているコーナーがあったり、マスターベーションがなにかということを説明するアニメーションがあったり。

マスターベーションのコーナーでは、羽やビーズ、松ぼっくりが置かれていて、何をどう触ると気持ちがいいか体験できるようなスペースもある。セックストイなどもあるが、幼いこどもの手の届かない高さの扉の中に入れるなどの配慮もされている。

同意にまつわるコーナーでは、床に描かれた横断歩道の両端に2人が立ち、あいさつの時を想定して、「ほっぺたにキスをする」、「ハグをする」などが、自分にとっていいかどうかを話し合いながら、少しずつ歩み寄り、合意をとるプロセスを体験できる。

同意にまつわるコーナー。床に描かれた横断歩道の両端に2人が立ち、「頰にキスをする」、「ハグをする」など、話し合いながら合意をとるプロセスを体験できる
同意にまつわるコーナー。床に描かれた横断歩道の両端に2人が立ち、「頰にキスをする」、「ハグをする」など、話し合いながら合意をとるプロセスを体験できる=2024年3月8日、国立教育博物館、島崎周撮影

展示の対象年齢は設けていない。「みんなが来られるような展示にしたかった」と、担当するマルティヌ・ブレイドロプさん(42)は話す。

ブレイドロプさんは、こういった展示を10年ほど前からしたいと思っていたという。大きなきっかけは、2012年の性教育の義務化だ。中高で美術の教員をしていたこともあり、教師や親たちが、どう子どもに性を伝えたり、教えたりしたらいいかわからないといった声があがっていたという。また博物館のスタッフの間で、企画展のアイデアをリスト化した際に、「愛」といったテーマは毎回挙がっていた。その要素を入れながらも、学校でも教育が義務化され、社会の関心も高い「性」に焦点をおいた展示にすることにしたという。

国立教育博物館で、セクシュアリティ、ジェンダー、同意などをテーマにした展示を担当したマルティヌ・ブレイドロプさん
国立教育博物館で、セクシュアリティ、ジェンダー、同意などをテーマにした展示を担当したマルティヌ・ブレイドロプさん=2024年3月8日、オランダ、島崎周撮影

性をタブー視しているのは大人

専門家と連携して展示の準備をしていた矢先の昨春、オランダ国内では「春のムズムズ週間」と言われる性教育週間に対しての激しい批判が寄せられ、大きな騒動になっていた。

展示の予告をSNSにアップすると、「子どもたちに勝手に性教育をしないでくれ」といった批判がきた。開催当初は警備員も配置して警戒したが、結局トラブルはなかった。ブレイドロプさんは「社会で注目されているテーマを公的機関として扱うのは当然のこと。批判があるからと言って、展示をやめる理由はなかった」と話す。

一方、ブレイドロプさん自身にとっても、性は「タブー」だったと吐露する。長女が5歳だった時、2人目の子どもを妊娠していた。長女から「赤ちゃんはどうやってできるの?」と聞かれたが、とっさに「いずれ説明してあげるね」と答えることを避けてしまった。「その答えを聞いて、長女は『聞いちゃいけないことなのだ』と思ってしまったかもしれない」

ブレイドロプさんは「性の話を怖くて、恥じらいのあるものにしてしまっているのは大人だ。昔は性について話すことはタブーであったとしても、今ではそうではないと子どもたちに認識させることが大切だ」と話す。

展示会場で子どもたちは抵抗なく入っていき、熱心に展示をみていると言い、「勉強になるし、お互いに話ができるから楽しい」といった子どもの感想もあったという。また、子どもだけでなく、大人たちにも変化を与えている。

来場したある女性は、展示で性的嗜好(しこう)を考えるなかで、自分のセクシュアリティーについて気づきがあり、喜んでいたという。博物館では教員に対して、性をどう楽しく教えるかについてワークショップも開催している。

ブレイドロプさんは言う。「みんな自分の体について、性について選択肢があるということを知って欲しい。それは自分の性に関する『物語』を描くようなものだと思う」