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見つかった「隕石」のかけらは宇宙人の探査機?議論を巻き起こすハーバード大名物教授

World Now 更新日: 公開日:
ハーバード大のアビ・ローブ教授
ハーバード大のアビ・ローブ教授=2024年2月、米マサチューセッツ州ケンブリッジ、合田禄撮影

地球外生命体につながる研究を巡って論争の的になっている人物がいる。ハーバード大の天文学科長を史上最長の9年間務めたアビ・ローブ氏(62)だ。メディアの寵児となった研究者への賛否は、いまも学術界で渦巻いている。

米東部マサチューセッツ中心部から少し離れた住宅街にあるハーバード大学宇宙物理研究所の小さな講義室。

「さて、先週の続きから始めよう」

集まった10人ほどのスウェット姿の学部生たちの前に、紺のスーツに赤色のネクタイを締めたアヴィ・ローブ教授(62)は、宇宙物理について数式を使って語り始めた。

ローブ教授は自分のフォーマルな装いと学生たちのラフな服装のギャップを気にもとめず、遅刻した生徒にも気さくに話しかける。

ハーバードの天文学科長を史上最長の9年間務めたローブ教授は、ここ数年、米大手メディアに多数出演している著名人だ。

ハーバード大のアビ・ローブ教授
ハーバード大のアビ・ローブ教授=2024年2月、米マサチューセッツ州ケンブリッジ、合田禄撮影

彼を取り上げたネットフリックスのドキュメンタリー番組も企画されているほか、個人的に興味を持った資産家からも豪華なディナーに招かれることもあるという。

ある「発見」がきっかけだ。

2017年、ハワイの天文台が太陽系外から飛来し、地球近くを通り過ぎた葉巻形の天体を観測した。

飛行速度などをもとに太陽系外から飛来した観測史上初の「恒星間天体」とみられ、ハワイ語で「最初の使者」を意味する「オウムアムア」と名付けられた。太陽の重力で軌道を変え、再び太陽系外に向けて飛び去った。その際に太陽の重力の影響だけでは説明できないほど速く飛行していることが判明した。

海底から回収されたIM1のかけらとみられる小球の顕微鏡写真=ローブ氏提供

ローブ教授らは論文で、加速の理由として、太陽光の圧力を受けて進む宇宙帆船「ソーラーセイル」の可能性を挙げ、「突拍子もない話」と断った上で、「宇宙人の文明から、意図的に地球付近に送られた探査機かもしれない」と指摘した。そして、ほかにも太陽系外から飛来した物体がないかを探し始めた。

目を付けたのが、地球に飛来した火球などをまとめた米航空宇宙局(NASA)のカタログだ。

このカタログには、米政府が観測した速度測定値が載っている。そこから地球や太陽との相対速度を求め、ほかの恒星よりも速いスピードで動いていたものを探した。

ローブ教授は説明した。

「探すのはとてもシンプルだ。高校生でもできる。カードを1枚1枚をめくっていくようなものだ」

すぐに出なかった論文

そして2019年、論文を書いた。ある天体がほかの95%の星よりも速く動いていた。つまり、太陽系外から飛来したかもしれない物体の発見だ。

その物体は、2014年1月8日に地球に飛来し「IM1」名付けられた火球。

しかし、この論文がすぐに世に出ることはなかった。使ったデータは米政府が観測したものだったが、科学雑誌に論文を掲載するかどうかを判断する査読者が「太陽系外から飛来したものではない。論文は掲載する価値がない」と主張したからだと、ローブ教授は言う。

この件について、ローブ教授は大いに不満を感じていた。そのとき、全米アカデミーの物理・天文学分野の幹部が集まる夕食会でそのことを話すと、ある政府関係者が協力を申し出てくれた。

その関係者が公式な文書を提出したことで、米政府が動きだし、最終的に米宇宙軍が声明を発表し、ローブ教授らが利用したデータについて、天体の速度は太陽系外からやってきたことを示唆するのに十分正確だとし、論文は出版されることになった。

ローブ教授はさらに、自らIM1を海底から回収する冒険に自ら乗り出した。

2023年6月、パプアニューギニア沖でIM1のかけらを見つけるため特殊な探査船に乗るローブ氏ら=同氏提供

隕石が観測されたパプアニューギニア沖にある現地の地震計の測定値を使った計算し、IM1の破片が落下した場所を16平方キロの範囲に絞り込んだ。

探査資金として必要になる約150万ドル(約2億円)は著名な起業家が提供した。

狙いを定めた海域を2023年6月、2週間かけて探索した。海洋探査の専門家も参加して、総勢28人の態勢を組んだ。

特殊な探査船から強力な磁石をつけた「ソリ」を海底に沈め、隕石の経路に沿って引っ張っていく。

そして、6月21日、ローブ教授はブログで「恒星間天体が落下した経路で我々は小球を発見した」と発表した。

これら数多くの小球はほとんどが鉄で、マグネシウムとチタンが少し含まれていたが、ニッケルは含まれていなかった。この組成は、人類が作った合金や既知の小惑星、身近な天体物理学的天体と比べても異常だという。

この「発見」を米メディアは大々的に報じた。ローブ教授は米紙ニューヨーク・タイムズに仮説として「人工知能を搭載した端末のようなものの可能性」を語った。すでにNASAは太陽系外に探査機を飛ばし、イーロン・マスク氏は自動車のテスラ・ロードスターを宇宙に打ち上げ太陽の周り回っているのに、地球外の生命体が飛ばしたものがあるかもしれないという可能性を排除するのは間違っているという理屈だ。

引き起こされる論争

一方で、ローブの「発見」に批判的な科学者も多くいる。

もし火球が報告されているような速さだったら、大気圏で燃え尽きたはずだ。「発見」された物質の組成は海底でも起こりうり、地球由来でないとは言い切れないーー。

これらの批判はローブ教授の耳にも入っている。ハーバード大の教授室でのインタビューでは、記者が質問するよりも前に、これらの批判に対する反論を始めた。

ローブ教授らの研究チームは、物質の組成から考えて、太陽系ではない、溶けたマグマの海がある天体の由来である可能性があると考え、論文では太陽系外で物質が形成された場合のシナリオについて論じた。

だが、査読者の一人はもともとこの天体が太陽系外からやってきたという説に批判的な人物だった、という。「合理的に見える可能性を持ち出すと、多くの論争が引き起こされた」

オウムアムアのときも、可能性に一言言及しただけで、そこを切り取り、大きく報道されたのだという。

一方で、こうも付け加えた。

「科学者たちはすでに分かっていることから逸脱することを恐れている。科学にとって非常に良くないことだ。誰かがそれまで話題にならなかったことを提案するとその人が殺されてしまう」

ローブ教授はこれらの物質が宇宙人によってもたらされた可能性があるとの検証をあきらめていない。もっと大きな破片がみつかれば、その組成や目的が詳しく分析できる、という。

「これは非常に重要なテーマだと思う。(見つかった物体が)異常なものだという証拠はある。何でもない、忘れよう、と言うのではなく、前に進もう。批判的な科学者たちの方が、明らかに的外れな状況なのだ」

アリゾナ州立大のスティーブン・デッシュ教授=2024年2月、アリゾナ州、藤崎麻里撮影

ローブ教授の「発見」は、米科学界で論争を巻きおこしたままだ。

アリゾナ州立大学のスティーブン・デッシュ教授(天体物理学)は共同論文で、先行研究と比較検討し、今回の「発見」された小球は99.995%の確率で、太陽系由来で、世界中の海底で見つけうるものだと主張する。研究の不備も指摘し、学術界内の討議を経る前にプレスリリースを出して社会的に大きな注目を集めるなど、研究者としての姿勢も批判した。

「私もローブ氏と同じ天体物理学だ。ローブ氏は、ブラックホールなどが研究領域で、地球上にある物質や化学は専門外だ。『今まで接したことがないから、宇宙人の探査機の可能性がある』と言う前に、これが何かをわかるためにあらゆる可能性を検討するのが科学の責務だ」

今回の騒動は、宇宙をめぐる課題設定の難しさも示す。

「『我々は宇宙で孤独なのか』という地球外生命体をめぐる問いは非常に重要だと思っている。それは村で宇宙人にさらわれた人がいる、といった眉唾の話とは全く異なるものだ。ただ慎重に議論を進めないと、この二つの領域はつながってしまいやすいんだ」

そしてこう警鐘を鳴らした。「ただでさえITの進展で陰謀論的な視点が広がりやすい時期で、十分な検証を経ていない仮説が一人歩きすることで科学そのものが世論から信頼を失ってしまう」

アリゾナ大のダンテ・ローレッタ教授=2024年2月、アリゾナ州、藤崎麻里撮影

一方で、アリゾナ大のダンテ・ローレッタ教授(惑星科学)は「私は少数派だろうが」と前置きした上で、「彼はあくまでも地球外のものだという可能性を強調しただけだ。ハーバード大の天文学科長だったからこそ、地球外生命体のもつ技術的能力を探求する場がある。歴史的にタブー視されてきたテーマの議論は必要不可欠だ」と擁護する。