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「スター・ウォーズ」や「E.T.」……映画が描いてきた宇宙人の系譜と監督たちの思想

World Now 更新日: 公開日:
「E.T.」(1982年)の一場面
「E.T.」(1982年)の一場面=©2019 BANG Showbiz.

3月10日のアカデミー賞授賞式で、アジア映画初の視覚効果賞を受けた「ゴジラ-1.0」の山崎貴監督(59)は、壇上でこんなスピーチをし、ハリウッド映画への深い愛を語った。

「私のキャリアは40年前、『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』を見た衝撃から始まりました」

米アカデミー賞の授賞式から帰国し、記者会見をする「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」の山崎貴監督
米アカデミー賞の授賞式から帰国し、記者会見をする「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」の山崎貴監督=2024年3月12日、羽田空港、嶋田達也撮影

1977年に相次いで全米公開されたこの2本は、宇宙人が登場するSF映画に大きなジャンプをもたらした。そして、世界に山崎監督のような若者を生んだ。

「宇宙人映画」の歴史は古い。映画が誕生した1895年の7年後、フランスのジョルジュ・メリエスが「月世界旅行」を発表する。早くもそこには月世界人が登場している。映画は、現実にないものを見せて驚かせる手法にたけている。つまり宇宙人とは相性がいい。

1950年代の冷戦期にはハリウッドで数々の宇宙人映画が作られた。「遊星よりの物体X」「地球の静止する日」「宇宙戦争」「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」……。多くは宇宙から侵略者が来る物語だった。それは明らかに共産主義のメタファーだった。

1968年、フランクリン・J・シャフナー監督の「猿の惑星」とスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」が製作された。見ている方は分かると思うが、いずれも宇宙人が登場するとは言い切れない。

前者のあらすじはこうだ。ある惑星に、人間を乗せた宇宙船が不時着する。その星では支配者は猿であり、人間は奴隷だった。しかし実は……という物語。後者はモノリスという石板を巡る壮大な叙事詩。ラストに登場するスターチャイルドは宇宙人なのか。

1972年にはソ連に宇宙人映画かどうかが微妙な映画が誕生した。アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」。ソラリスという星に広がる海は宇宙の生命と言える。この頃のSF映画は哲学に接近していた。

そして、いよいよ1977年である。1970年代はアメリカン・ニューシネマの時代だった。カウンターカルチャーの台頭が映画にも波及し、若い映画人が低予算で反体制的な作品を量産した。

「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカス監督は「アメリカン・グラフィティ」で、「未知との遭遇」のスティーブン・スピルバーグ監督は「続・激突!/カージャック」でまず注目を集めた。いずれもアメリカン・ニューシネマ色の濃い作品だった。

ジョージ・ルーカス監督
ジョージ・ルーカス監督=1999年、東京・新宿、大北寛撮影

「スター・ウォーズ」「未知との遭遇」ともVFX(視覚効果)の新しさが高く評価されたわけだが、2人ともアメリカン・ニューシネマ出身なので、リベラルな思想を持っている。

「スター・ウォーズ」の世界では、様々な容姿の地球外生命体と人間とが平等に存在している。また「未知との遭遇」の宇宙人は地球を侵略しに来たのではなく、こちらも平和共存を探ろうとする。こうしたリベラルな思想と、見たこともないVFXとのマリアージュが、若い映画ファンを熱狂させたのだろう。

スティーブン・スピルバーグ監督
スティーブン・スピルバーグ監督=2023年2月21日、ベルリン国際映画祭、ロイター

スピルバーグ監督は「スター・ウォーズ」の5年後に「E.T.」を発表する。友好的な宇宙人と地球の少年たちの交流という「未知との遭遇」の系譜の物語だった。彼は常に現実世界の中でSFを語る。そこがルーカス監督とは大きく異なる。つまりスピルバーグ監督は宇宙人との遭遇を「ありうること」として映画を作ってきた。

しかし、現在の流行は、完全に虚構として構築されたアメリカン・コミック原作の荒唐無稽なヒーロー映画である。現代の映画ファンは宇宙人との遭遇に夢を抱かないのか。そういえばスピルバーグはアメコミ映画を一本も監督していない。