『世界の涯ての鼓動』は、男女2人の出会いを軸に展開する。1人は、テロ阻止のための南ソマリア潜入を控えた英情報機関・対外情報部(MI6)の諜報員ジェームズ・モア(ジェームズ・マカヴォイ、40)。もう1人は、生命の起源を求めてグリーンランドでの深海探査に挑む生物数学者ダニー・フリンダーズ(アリシア・ヴィキャンデル、30)。つかの間の休日を過ごした仏ノルマンディーで2人は恋に落ちるが、使命感とともにそれぞれ危険な任務へ。ジェームズはまもなくイスラム過激派に拘束され、監禁。今や深海にいるダニーに思いをはせながら、自爆テロに臨んだサイーフ(レダ・カテブ、42)、イスラム改宗を迫るアミール・ユスフ・アルアフガニ(アキームシェイディ・モハメド、40)、彼らと働く医師シャディッド(アレクサンダー・シティグ、53)らと対峙する。J・M・レッドガードの小説『Submergence』が原作だ。
ヴェンダース監督は『パリ、テキサス』(1984年)でカンヌ国際映画祭パルムドール、『ベルリン・天使の詩』(1987年)で同映画祭監督賞を受賞した名匠。ドキュメンタリーの名手としても知られ、キューバの日常を描いた『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)や『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)などでアカデミー長編ドキュメンタリー賞に計3度ノミネートされている。
今作では、前人未到の深海探査と、イスラム過激派との「戦い」が交差して描かれる。ヴェンダース監督は「この2つはとても現代的な問題」と、ベルリンからのスカイプ動画の画面越しに語った。ヴェンダース監督が感じる共通項は、「間違った形でお金やエネルギーを注いでいる」点だ。
「人間は空や宇宙の惑星に取りつかれているが、地球上の水、大海原は、生命の源。深海には、環境問題を解決するものが多く眠っているかもしれない。なのに、よくわかっていない。その一方で宇宙開発にお金を費やしているが、それはすべて、ばかげた投資に思える」
この構図は、西側諸国のイスラム過激派に対する態度と相通じる、とヴェンダース監督は感じている。「イスラム過激派への政治の取り組みは、対話ではなく戦争だった。私たちは人間として、対話で解決する多大な可能性を秘めていると思うが、西側諸国は対話や理解への努力が十分でない。9.11の米同時多発テロ以来、『テロとの戦い』を続け、それによってさらにテロリストを生んできた」
「私たちはお金を使うほど地球をダメにし、多くの人たちが置き去りにされ、成長の恩恵を受けない。そうした人たちが反乱を起こし、過激化する。(イスラム過激派の)若者の多くは基本的に、他に選択肢がないままジハードに従ったりして、悪い方向へと導かれている。西側諸国がイラク戦争に費やしたお金がもしインフラ構築に使われていたら、イスラム過激派もついえていたのではないか。仕事も作り出せただろうし、病院や学校などを作ることもできただろう」
そのうえで、ヴェンダース監督はキング牧師の言葉「闇を闇で追い払うことはできない」を引いて言った。「闇は、光でもって戦わなければならない。もしジハードを闇と見なし、さらなる闇でもって戦っても、成し得ない。それが私の考えだ」
今作を撮ったのは2016年。ヴェンダース監督は製作準備に取りかかった頃、イスラム過激派の手で首をはねられる人たちの映像を見た。「人類史上、真剣に考えるべき極めて重大なことで、しっかり目を向けるべきだと思った。敵意を持ってではなくね」
だからこそ、今作で「すべての登場人物を先入観なく見つめ、ダークサイドにも人間性があるのだと考えるようにした」とヴェンダース監督は言う。「映画には、『敵』にも人間性があるのだと示す責任が大いにあると思う」からだ。
「例えば今作の医師シャディッドは、いわば悲劇的な人物。彼は患者を抱え、人間の命を気遣い世話をする人物だが、同時にジハードも大事だと考えている。見ている側は、それが何を意味するのか理解しようとする。ジハード主義者とは何かが見えてくる。結果的に彼らに語りかけることになり、あいつらを爆撃しろ!とは言わなくなることと思う」
ユスフ役のアキームシェイディ・モハメドはソマリアの首都モガディシュで生まれ育ち、ケニアに逃れて難民キャンプでしばらく過ごした後、米国に亡命した経歴がある。ヴェンダース監督は「彼を見いだせてとてもうれしかった。この役を演じてもらっただけでなく、私の大事なアドバイザーとなり、多くの場面で手助けし、背景の理解にも役立ってくれた。この映画の多くは私がじかに経験したものではないが、彼を通して知ることができた。彼の経験はとても悲劇的。彼の表情にはなお、その跡が見てとれる」。
物語は全体としては、ラブストーリーが軸になっている。「愛こそが世界で語られる唯一の言語、かつ唯一の解決法で、いろんな手助けになるものだと私は思っている。ラブストーリーがなければ、深海の問題やイスラム過激派の状況について取り組もうとはしなかっただろう。愛の物語が核になければ、この映画を作れなかっただろう」
今作を終えた後、まさにイスラム教との対話や連帯を唱え、暴力とを結びつける風潮を戒めてきたローマ・カトリック教会のフランシスコ法王を描いたドキュメンタリー『Pope Francis: A Man of His Word』(2018年)を撮った。「私はフランシスコ法王や、彼のしてきたこと、そして勇気がとても好きだ」とヴェンダース監督。「他の人たちがリムジンで現れる中、フィアットの小型車を運転し、質素さを旨とする人物。だから映画もできるだけ最小限の手段で撮り、非常に低予算とした」と言う。
ヴェンダース監督の代表作の一つに、『ベルリン・天使の詩』がある。冷戦下のベルリンが舞台で、劇中、東西を隔てた壁が象徴的にも登場する。その壁は公開から2年後の1989年に崩壊。今年はあれから30年だ。
「壁崩壊によって、ベルリンという街が急激に変わっただけでなく、旧ソ連が終わりを告げ、冷戦が幕を閉じ、世界全体が変わった。私たちは思った――地球全体が黄金時代を迎え、戦争などない理性の時代へと進むのだと。ところが今、至るところに新たな壁が立ち上がり、なお分断されている。ベルリンの壁崩壊という前向きなできごとが歴史の中で整理されず、まるでなかったかのようになっている。壁の教訓から、私たちは十分に学んでいないのだと思う」
そのうえで、ヴェンダース監督はこう締めくくった。「映画は人を結びつける、力強く普遍的で、予断や偏見のない言語だ。少なくともそうなるべく、私は仕事している」。目下、2本のドキュメンタリーを準備中だという。