外から見ると、普通のビルなのに、中に入って見上げると、五重塔の内部にいるようだ。
長崎県の壱岐島に立つビルは、日本初の無垢(むく)製材「現(あらわ)し」の木造4階建て。現しとは、通常は壁紙や天井板などによって隠されている柱や梁(はり)などがむき出しになっている建物のことだ。
「睦(むつみ)モクヨンビル」と名付けられた建物は、1階がカフェ、2階が宿泊施設、3、4階がコワーキングスペースになっている。まず感じるのは、スギやヒノキの香り。ほとんどが九州産だ。木目が美しく、手触りからも木のぬくもりを感じる。最上階まで吹き抜けで、窓から優しい日が差し込む。
建てたのは、地元の睦設計コンサルタント。社長で1級建築士の松本隆之さん(49)は「脱炭素に貢献し、日本初の無垢製材のビルを地域活性化の拠点にと思った」と語る。毎年のように豪雨などに見舞われる九州では、気候危機の脅威は身近だ。
貯蔵するCO₂は、森林「サッカーコート1面分」
木は光合成の際にCO₂を吸収し、木材として使われる間も炭素を貯蔵しつづける。このビルで使用した木材の炭素貯蔵量は、CO₂換算で78トン。サッカーコート1面分の森林に相当するという。
耐震性は、鉄筋コンクリート造りや鉄骨造りと変わらない。材料は地元の木材で鉄やコンクリートより軽いので、輸送や建設に伴うCO₂排出量も少ない。断熱性や調湿性にも優れ、冬は暖かく夏は涼しい。
聖心女子大学の永田佳之教授(教育学)は昨年末、3人の学生とともに滞在してワークショップなどをこなした。「東京の無機的な教室にいる時と違い、学生たちはリラックスしていました」
国内外で木造高層ビルが次々と登場している。
国際的なNPO「高層ビル・都市居住協議会」の2022年の調査では、世界で最も高い木造ビル(建設中を含む)は、米国ウィスコンシン州の25階建て86.6メートル。ノルウェーの18階建て85.4メートル、オーストリアの24階建て84メートルと続く。地震が少ない国では、より建てやすい。
世界の森林は、2020年までの30年間で日本の面積の約5倍にあたる1億7800万ヘクタールが減少した。ただ、主な原因は農地拡大や違法伐採、森林火災による天然林の減少で、適切な管理下での人工林の木材利用はCO₂を長期間固定するため、気候変動対策にもなる。
日本は、国土の7割が森林で、うち4割は人工林だが、伐採に適した樹齢50年超の木が半分以上を占める。木は若い時期に多くのCO₂を吸収し、年を取ると吸収量が減る。適齢期の木を切って森林を循環させることは、林業にも気候変動にも有効だ。
日本でも、高さ44メートルの純木造ビル
防火のために4階以上の木造建築は原則禁止だったが、2000年の建築基準法改正で耐火性能を満たせば可能になった。2019年の同法改正で無垢材にも広がり、モクヨンビルも建設できるようになった。
耐震性は、建材による建築基準に違いはないが、強度に優れたCLT(直交集成板)などの木材や燃えにくい木質耐火部材が開発され、技術的に木造の高層建築が可能になった。
CLTは、繊維方向が縦の板と横の板を交互に積み重ねて接着した木材製品で、強度が均一で安定している。木質耐火部材は木材を石膏(せっこう)ボードで覆ったり、鉄骨を木材で覆ったりして燃えにくくしている。
林野庁や建設会社などでつくるウッド・チェンジ協議会の事例集を見ると、10階建て以上の木造ビルは計画も目白押しだ。ただ、鉄筋コンクリート造りや鉄骨造りと木造の組み合わせや一部木造がほとんど。海外では、4割以上が木造100%であるのと対照的だ。
その中で、大林組は横浜市に純木造の11階建て44メートルの研修施設を建設した。
地方でも、木造技術開発に取り組むシェルター(本社・山形市)が、JR仙台駅前に7階建ての純木造ビルを建てた。
同社が開発した「KES構法」は、木材の接合部分にオリジナルの接合金具を使い、木造の強度を高めている。石膏ボードを使った木質耐火部材「COOL WOOD」は、木造の耐火性を飛躍的に高めたことで知られる。
「東日本大震災からの復興に貢献したい」と木材を宮城、岩手、福島などから調達した。「建築主の木造ビルを建てたいという希望に、最先端の木造技術で応えた結果、実現した」としている。