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俳優・田中道子さん 1級建築士試験に一発合格 二兎も三兎も追って描く建築への夢

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インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影

震災の「住のピンチ」に立ち上がる姿に憧れて

――1級建築士試験の受験生は、大多数が設計事務所などで数年の実務経験を積んだ人たち。「一発合格」となると「100人に1人」とも言われます。そのモチベーションはどこから出てきたのですか。

私は、家から通えた静岡文化芸術大学の空間造形学科(浜松市)を卒業しています。もともとゲームクリエーターになりたくて、ゲームとか仮想世界のデザインだと思って選んだら建築でした。受験もデッサンだったので気づかず、入学してからぶったまげました。周りは建築好きばかりで、落ちこぼれでした。

転機は、ミスユニバースを受けていた3年生のときでした。東日本大震災が起きて、ミスユニバースの同期と一緒に炊きだしの手伝いなどで宮城県女川町へ行きました。そこで、衣食住の住の部分でピンチの人の下に駆けつけて救える建築士って本当にヒーローに見えて、あっ、それって私が今勉強している都市計画や都市開発じゃんと改めて認識したんです。

それで、いつか建築士になろうと卒業直後に2級建築士を取得しました。先日、東北へ行って、あのとき本当に復興できるのだろうかと思った町がこんなにきれいになっていると、たくさんの建築士も携わった仕事に感動しました。

インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影
インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影

ミスユニバースで日本代表になれず不完全燃焼感があったので、大学卒業後、ミスワールドをめざしました。今しかない、挑戦しないと後悔すると思って。一方で将来街づくりなどに携わるために、一段落したら設計事務所に就職するつもりでいました。建築士は定年も関係なくできる一生ものの仕事ですし。ミスワールドで出会った人たちも、普段は医師で「ミスワールドになったら医療資源の不足をアピールして社会貢献したい」というように、プロフェッショナルとしての自分を持っている人が多くて、それにも影響されました。

――なるほど。そうすると建築士はずっと頭にあったわけですね。

はい。24歳でタレント事務所に入ってすぐに「1級の資格を取りたいので実務に行かせてください」と言って、「女優としての土台を作る方が先だろう!」と怒られましたが、いつかはと虎視眈々(こしたんたん)と狙っていました。

2020年に制度が変わって、実務経験がなくても1級を受験できることになりました。ちょうど、コロナ禍で少し時間に余裕ができていて、そんな時期が続くかも知れないと思ったこともあって「本業でベストを尽くしていないということは絶対ないようにしますから、やらせてください」と力説して、応援してもらえることになりました。

自分で自分を追い込んでいたわけですが、苦痛ではなかったですね。ずっとやりたいと思ってたことができるようになって、もやもやが晴れて自分の中で改めてエンジンがかかったというか。今考えると、絵を描く番組で結果が良かったり、セリフの覚えが早かったりして、すごくやりがいのある日々でした。

その結果、学科試験は2022年7月、2次の実技試験はその年の10月に受けて12月末に合格が発表されました。

インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影
インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影

8年ぶりの製図、周囲の「失敗」も糧に

――どうやって勉強したのですか。資格取得のための学校などに通ったのですか。

2級受験時にも通った総合資格学院(資格試験の予備校)に入りました。学科の勉強を始めたのは受験1年前の10月です。2級の時は週に1回通ったのですが、今度は時間がなくて、ほとんどウェブ受講でした。帰りの電車で、寝てるんだか起きてるんだか分からない状態で講義映像を見ていて、あっ寝ちゃったと思っては巻き戻すというような繰り返しでした。学科は1度合格すると5年間実技試験を受けられるので、まずは1年で必ず学科試験に合格することを目標にしました。1年以上勉強するのは無理と思っていました。

幸い、学科はそんな勉強で合格することができましたが、実技の製図は大学卒業以来8年ぶりですから、そうもいきません。製図試験は6時間半の一発勝負なんです。学科試験の直前に「図書館」や「集合住宅」といった課題だけが発表されて、実技試験当日に細かい要望や敷地条件、周辺環境、規制などが示されるんです。

いざ、学科試験通って、あと2カ月で製図を仕上げるぞと教室に放り込まれた時に、周りはみんな実務経験者で何年もやってきた人たちばかり。遅れたスタートとは感じていたものの、その差に驚き、ちょっと後悔しました。

学校に通うのに重い製図板を抱えて電車に駆け込んだものの降りるのが嫌になったり、先生や周りの生徒が言っていることが分からずトイレでむせび泣いたりもしました。家族やマネジャーさんに背中を押してもらわなければ頑張れなかったと思います。

実技試験はすごくうまく作られていて、引っかけが多いんです。試験中に泣き声とか聞こえてくるんです。6時間半ぶっ通しの6時間ぐらい経ったところで引っかけに気づいて、もう時間を巻き戻せないという受験生ですね。精神的にも、脳の忙しさ的にもいっぱいの試験ですよ。

インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影
インタビューに答える田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影

――そんな試験に一発合格というのはすごいですね。

芸能のお仕事をしているからか、全く緊張しませんでした。落ちてもインタビューのネタにしちゃおうかなぐらいの気持ちで。もちろん、受かったら万々歳で、すごくうれしかったんですけど、頭がオーバーヒートすることもなく淡々とできたのが良かったですね。

あと、資格の学校に通っていると、ほかの生徒さんたちの製図回答も見ることができるんです。それがすごく参考になりました。「こういう間違いをしないようにね」といった注意が書かれているほかの人たちの答案をなめるように見て、模擬戦みたいに「あっ、こういう考え方をしちゃったから、このパターンに行っちゃったんだな」とか、考えました。自分だけだと失敗のパターンって10個か20個ですけど、100人集まると失敗を200も300も体験できます。それが学校で学ぶ一番のメリットだったように思います。

製図試験では毎年、それまで問われたことがない内容が必ず1個は出ます。先生は「パニックになるなよ」と言うんですが、実際パニックになった人が多かったようです。でも、製図試験で満点は必要なくて、上位30%に入ればいい。ならば、みんなが分からないだろう部分でパニックになるより、みんなができるだろう部分をちゃんとできるようにしようと、冷静に取り組めました。

――建築で、一番魅力を感じているのはどんなところですか。

街づくりは教育にもすごく影響を与えるという議論があります。学生の頃、発展途上国の地域発展の勉強とかもしたんですが、教育のレベルと、街づくり、建築のレベルって多分一緒に成長していくと思うんですよ。魅力的な街なら観光客も増えます。建築は道や建物を造っていくことで、日本という国を世界から見ても魅力的で美しい街にでき、日本の未来を変えられます。建築の魅力って、いっぱいあるんだよというのは伝えたいと思っています。

ファンタジーな街をつくりたい

サウジアラビアで計画されている大規模建造物「THE LINE」のイメージ図=NEOM提供

――どちらかというと、個別の建物というよりも都市計画、街づくりへの関心が強いのですね。

好きですね。いざやろうとすると、日本ではなかなか場所や機会がないのですが、静岡県裾野市にトヨタが実験都市「Woven City(ウーブン・シティ)」を造るという話が出たときは「わー、ゼロから、何もないところから街を造っていくのか。うらやましいな」って思いました。注目しています。

サウジアラビアでは「ミラーライン」という国家プロジェクトが進んでいます。長さ170kmもの板状の高層ビルを2棟平行して建てて、その間にスタジアムや公園などを造って街にしていこうという構想です。地震がないからできる建造物なんですが、絶対見に行きたいです。それぐらい魅力的な街には力があるので、日本でも海外の人に「日本ってこうなっているのか。見に行きたい」と思われるような街づくりをしてほしいし、いつか自分も参加したいなと思っています。

――昔、SimCity(シムシティ)という街づくりゲームにはまったことがあります。

街づくり系ゲームはすごく発展していて面白いですよ。「シティーズ:スカイライン」というゲームはすごくリアルで、引っ越しされて廃虚だけ増えたりとか、環境汚染でみんな病気になってお墓が足りなくなったりとか。税金も決められるんですけど、税金が高くなるのは仕方ないなと思う側になっちゃいました。本当に税金、足りないんですよ。もう学校建てられませんみたいな。道一つ造るにも、ものすごくお金がかかるんです。それまでは、税金にぶーぶー言ってたんですけど、最近はしっかり払おうって思っています。

ただ、それまで好きだったファンタジーな街並みはできなくなってきちゃったんですよね。私は空飛ぶ車が作れるとか、そういうのが好きなので、よりリアリティーを求める人にお勧めです。

ニューヨーク・マンハッタンの高層ビルを背景にしたトーマス・ヘザウィックさんによる「リトル・アイランド」
ニューヨーク・マンハッタンの高層ビルを背景にしたトーマス・ヘザウィックさんによる「リトル・アイランド」=gettyimages

私は、トーマス・ヘザウィックさんという建築家の作品が好きなんです。米ニューヨークに「リトル・アイランド」という水上公園を造った方なんですけど、何かエノキが川にバーって生えて、その上が公園になっているんです。日本じゃ絶対無理だな、これすごいファンタジー感あるなと見ていたら、昨年完成した麻布台ヒルズ(東京都港区)でも設計していることを最近知りました。まだ行けてないんですけれど、前を通るたびに「かっこいいなあ」なんて言っていました。建物でもファンタジー感のあるものが好きですね。

ヘザウィック・スタジオが日本で初めて設計を手がけた麻布台ヒルズの低層部=東京都港区、内田光撮影

――海外に比べて、日本では同じような四角い建物が並んでいるような印象があります。

よく言われますね。法律が厳しい中で、スペースはたくさん下さいというクライアントの要望に応えようとすると、真四角のものが建つんです。製図試験の時に、みんな独自性を出すな、クライアントの言うことを忠実に守れって指示されると、全員真四角の箱のビルになりましたから。基本、日本人の考え方なんだと思います。

設計士が自分らしさを出す前に、クライアントの要望を守ったり、使いやすくて、スペースをちゃんと広く、最大限収益が上がるようにしようというのが大本にあって、プラス厳しい法律をかいくぐるとなると、そうなりがちなのも分かります。

日本には災害とかが多いから真四角になるのも理解できる。でも、もっと魅力的なものを見たい。その中間のところで、私は今せめぎ合っています。

命を守る住まい、DIYでできる気候危機対策も

――個別の建物の建築に携わるとしたら、どんな点を考えますか。

静岡出身で、東日本大震災が原点にあるので、自分が資格を生かして責任持って建物を造るとしたら、一番怖いのはやっぱり地震です。それを想定しないで建てるのはちょっとおかしいんじゃないかと思います。津波や火災なども含めて、一瞬で避難もできずに、というのは避けなければ。住居こそが人の命を守る最後のとりでですから。

新築でなくても、地下シェルターとか、庭先に置いておいて津波や水害のときに浮かぶポッドとかも開発されていて、自分で選べる時代です。私が設計するとなったら、そこを一番考慮したいかな。

俳優の田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影
俳優の田中道子さん=2023年12月20日、東京都港区、門間新弥撮影

――「地球沸騰の時代」とまで言われる気候危機に対しては、どんな対処があるでしょうか。

まず断熱ですね。電気代の高騰もあってでしょうが、建物の断熱性、気密性が注目されています。私ももし家を建てるとなったら全館空調で建てたいなと思っています。今は超高性能な窓枠のサッシも出ていて気密ができます。そうすると、熱が逃げるのを防げるので冷暖房のし過ぎ、エネルギーのむだ遣いをなくせます。

既存の住宅でも、そうした高性能な窓枠サッシに替える、熱を通さないシートを窓ガラスに貼る、床材や屋根材を替えるといった対策で改造がいくらでもできます。

夏は採光はできるけれど熱は防ぐ遮熱シートを窓に貼る。冬は床に黒い敷物を敷く。少しハードルが高いかも知れませんが、DIYの範囲でできることもあります。知ろうと思わないとなかなか知ることができない情報ですが、危機意識を高めてそういう情報を常に集め、対策していってほしいです。夏が近づくと「そろそろ窓にシート貼らなきゃ」みたいな会話が定番になるような、家との付き合い方ですね。

建設現場や解体現場では大量の廃材などが出ているように見えますが、リサイクル率が97、98%と最近知ってびっくりしました。自分を振り返ったときにそんな高率で分別できているか、リサイクルできているかと考えて、少し恥ずかしくなりました。CO₂削減とかいった時に、「自分はいいや」ではなく、声を掛け合って参加できるような空気づくりをしたいですね。