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ISAKジャパン・小林りん氏が語る 「次の時代に求められる力とは」

グローバル教育考 更新日: 公開日:
UWC ISAKジャパンの小林りん代表理事 Photo: Yamawaki Takeshi

今回は、前回のコラムで取り上げた軽井沢の全寮制国際高校、ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)ISAKジャパンの代表理事を務める小林りん氏のインタビューをお届けする。なぜ国際バカロレア(IB)教育を採用したのか、日本の教育プログラムとどう両立させるか、また学校が目指す方向などさまざまなテーマについて聞いた。(朝日新聞編集委員・山脇岳志)

2014年に開校したISAKジャパンは、「すべての生徒が社会を変革できる可能性を秘めている」として、海外から多くの生徒や教師を集め、多様性を重視しながらリーダーシップ教育に力を入れている。

2017年には世界各国から選抜された高校生を受け入れ、教育を通じて国際感覚豊かな人材を養成することを目的とする国際的な民間教育機関「ユナイテッド・ワールド・カレッジ」(UWC)に加盟して日本初の認定校となった。

生徒は今年5月時点で、170人。世界58カ国から集まる。日本人生徒は45人で、生徒全員が寮生活を送る。学費は寮費も含めると年間430万円ほどかかるが、あらゆる社会階層出身の生徒にもチャンスを与えるため、約7割の生徒に奨学金を給付している。奨学金の総額は毎年4億円近くにのぼり、企業や篤志家からのほか、軽井沢町の「ふるさと納税」制度を通じて、全国の個人から多くの寄付が寄せられる。

 国際バカロレアとは

インタビューに入る前に、国際バカロレア(IB)とは何か、簡単に触れておきたい。

スイスの財団法人である国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)が認定する教育プログラムで、半世紀前の1968年にスタートした。国際機関が多いジュネーブの学校には、各国から生徒が集まっていたが、各国ごとに大学の入試制度は異なるという問題があった。そのため、世界共通の成績証明書のようなものをつくろうという動きが生まれた。16歳から19歳を対象とする「ディプロマ・プログラム(DP)」(2年間)を修了し、試験に合格すれば、国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)が得られる。現在、150以上の国・地域の約5000校が認定校となっている。

個人研究に取り組んで課題論文をまとめたり、「知識の本質」について考え、批判的な思考を培うための「知の理論」と呼ばれるプログラムを最低100時間学習したり、また芸術やスポーツ、奉仕などの体験的な学習も求められる。

 国際バカロレアについて(文部科学省)

必要なのは、いろんな個性にこたえる「ニッチな学校」

――日本の教育の課題をどう考えていますか。

一番の問題点は、多様性が足りないことだと思っています。いろいろな個性の子がいるし、発達障害の子もいる。その子どもたちの個性にこたえられるような多様な学校の選択肢がほとんどないのが問題です。

本校もニッチな学校ですが、いろいろな意味で、ニッチな学校がたくさんできてくると、生徒の個性や特色を生かせる世界になると思います。

特に、初等中等教育の分野では、学習指導要領や教員免許の制度をもっと柔軟に運用し、学校設置基準も大幅に緩めることが必要だと考えます。実は、国のレベルでは、例外が認められています。都道府県の決断次第で変更できるのですが、実際には決断できていないケースが多いので、根本的な改革がないと現状は変わらない気がしています。もっと簡単に新しい学校ができるとか、既存の学校が新しいことをできるとか、個性ある学校が増えることが大事で、それが、『一億総活躍社会』につながると思います。

 ――ISAKジャパンは、なぜ国際バカロレア(IB)を採用したのでしょうか?

世界の大学への進学という点でよく知られているのは、アメリカのSAT試験やAP(アドバンスプレイスメント)、イギリスのGCEなどがあります。しかし、それぞれの国の大学にしか行けません。IBを取得すれば、世界中の大学に進路が開けます。

UWC ISAKジャパンの授業風景。ちょうど日本文化に関するイベントがあった日で、着物姿の女子生徒も Photo: Yamawaki Takeshi

また、コースの中身のバランスが良いと思いました。高校生対象のIBディプロマ(DP)プログラムの場合、母国語、外国語、数学、理科、社会、芸術の6つの柱があります。自分の考えを表現する卒業論文(Extended Essay)、物事を多角的にとらえて情報をうのみにしないためにクリティカルシンキングを学ぶ哲学入門(Theory of Knowledge)、社会貢献や創造活動(Creativity, Activity, Service)も必須です。学科にとどまらない思想が、私たちの目指している教育と近いと思ったので、開校と同時に認定プロセスに入りました。

例えば理系科目の場合、日本ではみんなで同じ実験をするのが一般的だと思いますが、ここでは一人ひとりの生徒が実験方法から考えていく。このやり方は、IBのトレーニングを受けた教師でないと教えられないと思います。物理にしても化学にしても、理論を学んだ後で、それを証明するような実験を教師や時には生徒が自ら作り出します。

いま教師を一人募集すると、100人ぐらいの応募があります。2017年にUWCに加盟してから、教師の応募者数が急増しました。IBのトップレベルの先生が世界中から来てくれるのはありがたいことです。

 「問いをたてる力」を求めて

――IBも含めてですが、ISAKではどのような教育をめざしていますか?

IBは、物事の本質を考えていくのが特徴だと思います。まず重要なのは、問いをたてる力です。自分は何が得意なのかという自分に対する問いと、周りの人は何が困っているのか、コミュニティは何を欲しているのか、という外への問い。そういう内向きと外向きの答えがピタッと合致した時に、人は大きな山を動かすと思います。上から降ってきたもの、強制されるものを飲み込むのではなく、いろいろな情報を問いかけながら自分はどう生きたいのか、何に情熱を感じるのか。どこの分野が面白いのかを問い続ける人になってほしい。

UWC ISAKジャパンの授業風景 Photo: Yamawaki Takeshi

2点目は多様性を生かす力です。IBは、それぞれの教科において、さまざまな視点でみます。国際政治も、どのパースペクティブ(視点)で見るかで、とらえ方がまったく違ってきます。多数の国から生徒がきて、それぞれの国の価値観がうずまいている中で、多くの教科を学ぶことで、多様性の大切さを身につけてほしい。3つ目に困難に挑む力です。これはIBというより、私たちのリーダーシップ教育の思想ですが、全寮制のなかで、いろいろなプロジェクトを経験してもらうことを重視しています。

 ――IBのディプロマ(DP)プログラムはもともとフランス語、英語、スペイン語での実施でしたが、6教科のうち4教科を日本語で履修できるようになりました。ISAKでは、英語で実施していますが、その理由は何でしょうか。

日本語でも他の言語でも、どれか一つの言語で深く考えられればよいという考え方はあると思います。うちの場合、目指している理念の教育ができて、生徒の多様性を確保する中で、共通言語を見つけるとしたら英語になったということです。英語での教育を『売り』にしているわけではありません。ノンネイティブの外国人教師や生徒もたくさんいて、多様な価値観、考え方、表現力を磨くことが最も大切だと思います。

グローバルにみて、英語での教育のメリットは、卒業後の選択肢の広さです。日本語だけで行ける大学、英語ができる場合に選択できる大学の幅が全然違います。一人一人の子供に本当にマッチする大学の種類は違いますが、英語圏の学校に比べると、日本国内の大学は教育内容の独自性や多様性がまだ乏しいように見えます。

UWC ISAKジャパンでの物理の実験。長い廊下を使って、波の振動を自分の目で確認する Photo: Yamawaki Takeshi

 進学実績よりも「将来何を成し遂げるか」

――ISAKの卒業生たちは、どのような進路を選ぶのでしょうか。

うちの卒業生の進路先はバラバラです。生徒に合った大学に行けば良いという考え方です。ブラウン大学やタフツ大学などいわゆるアイビーリーグ校にも行っていますが、アイビーリーグに何人行ったというのを『売り』にすると、日本の受験戦争の海外版の焼き直しになってしまう。私たちの学校の真価が問われるのは、この学校を出た人が5年、10年後に何を成し遂げるかだと考えます。そのために彼らがベストだと思うところに行ければ良い。私の実感として、これから学歴社会ではなくなると思います。何か革命的なことを起こす起業家が、いわゆるブランド大学を出ているかというと必ずしも、そうでもない。海外では大学を中退した人だけを対象としたベンチャーキャピタルがあるくらいですから(笑)。

 ――ISAK入学の競争率を教えてください。そのうち日本人の割合はどのぐらいですか。

願書を作成した志願者数でみると、昨年の場合、倍率は12倍でした。願書を出したあと、論文や推薦状などの書類が必要になりますが、それらをすべて提出できた受験者に対する倍率(最終倍率)は5倍でした。日本人は、毎年、定員の3割、10名あまりとっていますが、最終倍率は7倍でした。

 ――ISAKは、学校教育法1条に基づくいわゆる「1条校」で、日本の高校卒業の資格も得られます。すなわち、日本の学習指導要領に従った授業も受けないといけないわけで、その日本の教育とIB教育の両方を履修するのは生徒にとって負担が大きいのではないでしょうか。

確かに生徒は大変です。高校は通常、74単位で卒業できます。ただ、私たちより前にIB教育を導入した1条校は、IBとの両立のために、100単位以上とっていたと聞きました。そうなると、『自分たちへの問い』どころではないですよね。IBは何十年も前から、日本でも高校卒業資格と同等なものとして認められてきました。学習指導要領のもともとの目的は、国内の教育の水準を担保することにあるので、IBをやっていることでこの水準をある程度満たしていることを鑑みて、カリキュラムの自由度をあげてほしいと考えていました。文部科学省は、最近になって、IBに読み替えられる単位を倍増し、本校の場合は、86単位から88単位で卒業できるようになりました。ただ、もう一段の緩和があれば一層独創的なカリキュラムを実現できると思っています。もちろん、日本語など、はずせないものもあると思いますが。特に、単位修得が分単位で管理されているというような仕組みは、もっと柔軟にしてもらいたいと願っています。 

バカロレア認定校増やすには

――政府は、2018年にIBの認定校を200校に増やす目標を掲げていましたが、まだ候補を入れても6割程度にとどまっています。なぜだと思いますか。

DPを取得するためには、卒業時に6教科の総まとめの試験を、1教科あたり何時間もかけて受けなければなりません。すべての教科の試験に合格しなければならず、合格点は大学側に通知される仕組みで、海外ではこの点数が入試の代わりを果たしています。

IBDPプログラムの6教科中4教科が日本語で履修できるようになったのは良いことだと思いますが、日本語で履修した人は、大半は日本の大学に行くことを想定していると思います。しかし、日本の国立大学に入学しようとすれば、センター試験をあわせて受験しなければいけないところがあったり、最終試験で高い点数を求めたりしています。DPと書類選考だけで入れるのは、岡山大学などごくわずかです。逆に英語のみのDPとなると、今度は教える人材が確保できません。教員免許が取得できないとか、取得できたとしても臨時教員として雇われるため、給与が低いなどの問題があるようです。日本語のIBを進めるのなら、日本語のDP取得だけで入れるよう日本の大学入試を変えないといけない。英語でのIBを進めるのなら、教員免許などの基準をもっと柔軟にしないといけない。今はどちらも不十分だと思います。