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労組が生き残る唯一の方法「公共的に良いことをすること」アメリカの気づき 日本は?

World Now 更新日: 公開日:
色とりどりのタイルの形のピースと、白い枠のパズルの写真
世界140カ国の製造業で働く人たちの労働組合が加盟する国際組織「インダストリオール・グローバルユニオン」の会議で配られたパズル。自分の優先順位を順番に並べて会議の席において臨むのだという=2024年1月、藤崎麻里撮影

百貨店のストに応援の声「新たな時代の風」

昨年、東京・池袋の西武池袋本店でストライキがあった。そごう・西武の売却をめぐる動きで大手百貨店のストは64年ぶり。テレビのニュースで、利用者が「客は置いてけぼり」とこぼす場面が報じられると、X(旧ツイッター)では、この発言を取り上げることへの批判と、ストへの応援が飛び交った。直後に会った複数の労組OBらは「ストへの前向きな声に、新たな時代の風を感じた」と感慨深げに話した。

ストは労働者の権利を象徴するものの一つだが、半日以上のストは2022年は33件しかなかった。ピークは1974年には5197件あった。1980年代、政府・自民党が国鉄民営化を推し進め、反対する国鉄労働組合(国労)への圧力を強めた。その結果、国労解体につながり、日本の労働運動は勢いを失った。

デモ行進の写真
そごう・西武の売却決議の強行に反対し、デモ行進する労働組合の組合員ら。奥は西武池袋本店=2023年8月、東京都豊島区、柴田悠貴撮影

西武池袋本店のストから1カ月後、連合定期大会のあいさつで、芳野友子会長は「連合と労組の調査では、連合への社会の認知度は6割弱で、身近な存在として感じてもらえるのは、わずか2割程度だ」と危機感をにじませた。連合は傘下の組合員700万人だけでなく、「ナショナルセンター」と呼ばれる、日本の働き手6700万人を代表する最大規模の中央組織だ。

なぜこんなに社会との距離があるのか。ある連合幹部は「企業別組合が強いままだからだ」と話す。

フリーランスや非正規などの課題は深刻化しているが、企業別組合が強いとおのおのの勤め先の論理にしばられ内向き志向になり、産業別組合の機能強化につながらない。連合自身も外部から指摘を受ける仕組みが十分に整っているとは言いがたい。

ホテルの宴会場のような空間でたくさんの人が座っている写真。
2年に一度開かれる連合の定期大会で、芳野友子会長があいさつをした=2023年10月、東京都新宿区、藤崎麻里撮影

米国の労働運動の盛り上がり 今後は

今の米国の労働運動の復活の先駆けとなったとされるシカゴ教組SCSタスクフォースのモニーク・レドー・スミスさんは「公共的に良いことを追求することが、労働運動を前に進める。労組が生き残る唯一の方法だ」と社会とつながる必要性を語る。米国に比べて国内ではそうした動きは希薄だ。

もちろん米国の労働運動の盛り上がりが持続するかは見通せない面もある。現時点では米労働省によると、2022年の組合員数は5年ぶりに増え、1428万5000人。前年比27万3000人(1.9%)増だった。ただ分母となる雇用者も530万人(3.9%)増え、組織率自体は10.1%と過去最低だった。

プラカードを持ってアピールする人の写真
カジノで働く人たちのストライキには子どもも参加していた=2023年11月、米デトロイト、藤崎麻里撮影

だが、従業員投票を開くための申請件数は増えており、NLRBによると、2022年度は前年度より53.2%増の2511件、2023年度も2594件だった。ギャラップ社の世論調査(2022年)では、労組を支持する人の割合は1965年の水準である71%まで上昇した。2009年に48%まで落ち込んでから上向いてきているという。

全米自動車労働組合(UAW)のボブ・キング元会長は「いま労働組合ができることの大きさをみて、米国の労働運動は上昇気流に乗っている」という。労組に参加せずに働く、40代女性は「組合が抑圧的な権力構造を変える方法だという気づきが生まれているんだと思う」と話す。2024年11月には、米大統領選も控え、先行きは見通せない面もある。

壁にかけられた様々なポスターの写真
ジョージタウン大学の公益のための交渉を進めるカラマノビッツ・イニシアティブには、昔からの労働組合のポスターなどが貼られていた=2023年11月、米ワシントンDC、藤崎麻里撮影

海外の労組にも詳しい立教大の首藤若菜教授は「組合運動が盛り上がってきていることは期待したいが、花火のように打ち上がり、消えてしまうことは過去にも何度もあった。米国は日本よりはるかに敵対的な労使関係で、労組を結成した事業所を閉鎖することすらある。継続して運動として地道に積み上げていけるのかが重要だ。今後、米国の盛り上がりが地に足がついた活動になっていくかを注視しないといけない」としている。

大学や出版 労組と手をつなぐ草の根の動き

米国が日本と違うのは、労組の奮闘だけでなく、それを支える社会の仕組みの手厚さだ。米国では社会課題について声を上げる人を尊び、草の根も含めて改革する動きを評価する姿勢がある。 

大学も労組が他団体とつながる際に介在し、存在感を示す。その一つが、ワシントンDCにあるジョージタウン大学だ。労組が他の団体と手を結び、公益のために交渉する「公共のための交渉」と呼ばれる運動をすすめている。

具体的には、労組と他団体の中間団体カラマノビッツ・イニシアチブという組織が戦略を考えるなどの助言をしている。

本棚の前に座って話す西洋人男性の写真
ジョージタウン大学フェローのスティーブン・ラーナー氏は、長く米国の労働組合で働いてきた。「労組と地域団体の間に中立的な立場の大学が入ることで、連携を進めやすくなるときがある」と話した=2023年11月、米ワシントンDC、藤崎麻里撮影

大学生の多くは、返済義務を負う奨学金をかかえて決して良いとは言えない労働環境で働き出す。若い人の間では労組への関心も高まっており、大学にとっても労組支援が重要という側面もある。

「公共のための交渉」は世界からも注目されており、オンラインセミナーにはナイジェリアや英国からも参加したという。またNPOと労組の間では人材交流も生まれている。労組側にも新たな考え方や動きを取り入れる土壌がある。

また、出版社「レイバ―ノート」の存在も大きい。労組改革を促し、支えている。1979年にでき、出版物やワークショップなどを通じて、現場の組合員の意識を高めてきた。

米国で労働運動に長く取り組んできた男性は「かれらの活動は長年、米国の労組の中でも非主流にあった」と振り返る。だが、今回の全米自動車労働組合(UAW)の改革でも、重要な地位にレイバーノートの出身者が登用されている。

人々の前で何か女性が話している写真
レイバーノートのワークショップ=2023年11月、米デトロイト、藤崎麻里撮影

レイバ―ノートが昨年11月中旬の週末、デトロイトで組合員向けに開いたワークショップがあった。邦訳もされている「職場を変える秘密のレシピ47」の著者のほか、全米自動車労働組合(UAW)、トラック運転手らが入る産業別組合の全米運輸労組「チームスターズ」、航空会社の組合や、大学院生のつくる労組など、業種や年齢、人種も越えた人たち数十人が集まった。

職場の「ボス」と向き合うとき、どんな感情になるか。恐れなのか、無力感なのか、怒りなのか。それぞれが感じるところに近いところに集まり、職場や労組で感じていることを話し合い、共通項を見いだし、初めて会った者同士が解決策を発表する。

また、労組に勧誘する際に職場での課題を尋ね、実際にどうかかわっていくかを考えることで、仲間を増やすきっかけになるようにすることなどを講師が助言する。8時間に及ぶワークショップの間に、産業や業種を超えた参加者らの仲間作りの場にもなっていた。

部屋に集まって話をする人々の写真
レイバーノートのワークショップにはさまざまな業種の人たちが参加していた=2023年11月、米デトロイト、藤崎麻里撮影

「春闘と選挙」の連合 労組の社会的な位置づけは

連合は1989年、政治力を増すことも念頭に設立され、OBは「春闘で高めた機運を選挙で高めていくといった、この二つを中心に組合員の結束力を高めてきた」と振り返る。だが、いまの政治状況はそうした動きを高めるのが難しい。

一方で、行政面も心もとない。「厚生労働省になった時、労働省にあった組合行政の機能が弱まった」(法政大の山田久教授)との指摘もある。

連合のまわりで、社会運動をもっとやるべきだという声がなかったわけではない。連合が結成された時の経緯にも詳しく、長く連合の労組リーダーの育成などにも携わった日本女子大の高木郁朗名誉教授(故人)は、「やっぱり労働者の現実を直視して大衆運動を組織する側面もないと、何かを大きく推進できない」と話していた。

黒い椅子に座った高齢男性の写真
日本女子大学の高木郁朗名誉教授(故人)=2022年9月、東京都、藤崎麻里撮影

報道機関で働く私自身、自戒をこめて言えば、連合や労組を春闘の担い手としてや政治的な文脈で報じることが多かった。

しかし格差が広がり、セーフティーネットの必要性がさらに高まる今こそ、労組の社会的機能がもっと注目されてもいい。

労組が社会とどのようにつながり、どのような役割を担うのか、改めてその位置づけを考えるべき時に来ている。