――軍には「上官の命令は絶対」という文化があります。
自衛隊は軍隊なので、「命令する」「命令される」が当たり前の世界です。「やってもらえますか」ではなく「○○せよ」という言い方が通常です。自衛官は「○○せよ」という言葉を一般的な記号として認識していますが、外部の人が聞くと、非常にきつい言い方に聞こえるでしょう。場合によっては「ハラスメントだ」という受け止めをされるかもしれません。
ハラスメントで難しい問題は、被害者が「ハラスメントを受けた」と思えば、加害者側にその意識がなくても、ハラスメントになる可能性が高い点です。
また、自衛隊では集団生活が当たり前ですから、人間関係もその分、濃密になります。プライバシーと公の空間がかなりあいまいな状況も生まれます。その環境が、ハラスメントを起こしやすくするということは言えるかもしれません。
――五ノ井さんに対する性暴力事件をどう見ていますか。
あの事件は、言い訳がきかないとんでもない事件だと思います。通常、男性自衛官が寝泊まりする宿泊用天幕の中には、女性隊員を入れません。閉鎖された場所では、男女を一対一にしませんし、男性隊員ばかりのところに女性を入れることもしません。どうしても対面が必要な場合、外部にオープンな場所か、大勢の隊員がいる場所を選びます。今回の事件では小隊長や中隊長の管理責任が問われると思います。
自衛隊には今、男女を問わず全隊員を対象にした、様々なハラスメントを訴える窓口があります。外部からハラスメントの相談員も招聘しています。民間企業と比較しても、ハラスメントを起こさないようにする努力が劣っているとは思いません。
――防衛省が五ノ井さんの事件を契機に、全自衛隊を対象に実施した特別防衛監察の結果、1325件にわたる被害を確認し、相談窓口を利用していないケースも6割を超えました。もみ消しなどを恐れる声も上がりました。
自衛隊に、不祥事をもみ消そうとする素地がないとは個人的には言えません。確かに、問題が起きた部隊のなかで解決しようとする傾向はあります。「部隊の外に漏らして、責任を問われたくない」という思いももちろんあるでしょう。同時に、「自分は部隊に責任があるから、部隊だけで解決したい」という考えも働くのだと思います。
ただ、ハラスメントは被害を受けた自衛官だけの問題にとどまりません。一度発生すると、部隊の信頼関係がバラバラになります。部隊の中でお互いが信頼できなくなれば、団結を失い、戦えません。その部隊は2、3年は立ち直れないと思います。
――自衛隊は団結を重視しますが、どのような努力をしているのですか。
昔は、部隊を疑似家族化することで、信頼関係を作ることが、部隊のパフォーマンスを上げると信じられていました。例えば、「隊長はお父さん、先任曹長はお母さん、隊員は兄弟」に例えたりしました。軍歌「同期の桜」も同じ発想です。
しかし、この考え方では、その部隊は団結しても、他の部隊との間に壁をつくってしまい、連携の障害になるという指摘が出るようになりました。例えば、イスラエル軍の場合、(パレスチナ人による組織的な抵抗運動の)インティファーダがいつ起きるのかわからない状態に置かれています。インティファーダが起きると、その近くにいる複数の部隊が急行して対応するため、どんな部隊でもすぐに一緒に連携が取れるよう、団結心を育てる取り組みが進んでいると聞いたことがあります。
部隊を疑似家族化する考え方は近年取られず、「隊員の一人ひとりに目的意識を持たせることが、団結につながる」という考え方が主流になっています。一人ひとりが明確な目的意識を持てば、男性隊員や女性隊員など、色々な人がいても団結できます。
逆に、「なぜこの訓練をするのか」「自分は何を求められているのか」といった目標がしっかりしていないと、人間関係に摩擦が起きる隙ができて、ハラスメントが起きやすくなると思います。