1. HOME
  2. World Now
  3. 世界が注目する「最前線」インド太平洋、自衛隊が担う役割とは 元陸自総監の提言

世界が注目する「最前線」インド太平洋、自衛隊が担う役割とは 元陸自総監の提言

World Now 更新日: 公開日:
米インド太平洋軍のジョン・アクイリノ司令官の表敬を受ける岸田文雄首相=2021年11月11日、首相官邸、上田幸一撮影

番匠幸一郎・元陸上自衛隊西部方面総監インタビュー(後編) 中国の台頭を受け、欧米の安全保障の関心は、中東を舞台にしたテロとの戦いから、インド太平洋に移りつつある。各国が艦艇や軍用機を集結させて中国を牽制(けんせい)する「国際安保の最前線」となったこの地域で、自衛隊は今後どのような構想を描き、役割を担うべきなのか。自衛隊幹部として、米同時多発テロ以降のテロとの戦い、イラクへの派遣を経て、自衛隊の「南西シフト」に一貫して関わった番匠幸一郎・元陸上自衛隊西部方面総監に聞いた。(全2回の後編。土居貴輝)

ばんしょう・こういちろう 1980年、防衛大卒、陸上自衛隊入隊。第3普通科連隊長、第1次イラク復興支援群長、陸上幕僚監部防衛部長、第3師団長、陸上幕僚副長などを経て、2013年から九州、沖縄の防衛を統括する陸自西部方面総監を務め、15年に退官。米国陸軍戦略大学へ留学するなど各国の軍隊に知己が多く、11年の東日本大震災の際の米軍による『トモダチ作戦』では、米軍横田基地に派遣されて調整にあたった。商社や外務省への出向経験もある。

■今後の陸自の国際貢献

――今後の自衛隊の国際貢献について伺います。1990年代以降、PKOは伝統的な停戦監視などの任務に加え、任務達成のために積極的に武器を使ったり、文民の保護を含んだりする任務が主流となっています。安保法制でPKOの際の武器の使用権限が広がり、駆けつけ警護もできるようになりましたが、現実として海外へ出て行く任務は増えていません。

2017年に南スーダンPKOの部隊派遣が終わってから、PKOとして部隊派遣はありません。現在、南スーダンPKOは司令部の要員だけ。海賊対処行動の一環としてアフリカのジブチに部隊は出していますが、PKOではありません。シナイ半島の多国籍部隊・監視団(MFO)も2人だけです。

日本は国家安全保障戦略で「積極的平和主義」を掲げている。個人的な意見だが、国際平和協力活動、国際貢献をもっと積極的に推進してもいいのではと思います。掲げている国家戦略と、現実の派遣規模、派遣実績が低調であることにギャップがある理由を分析する必要があります。

国連のPKOの位置づけそのものが変わってきているのは間違いありません。大がかりなPKOはかなり減っているし、多国籍軍のような形、(国連の枠組みと別に)有志連合(コアリッション)を編成する手法も出ています。部隊を大規模に派遣するのは途上国が多く、先進国からの派遣は指揮官ポストや司令部要員だけというケースも多い。

日本のPKO参加五原則との関係で言えば、国連は今、(日本が五原則に掲げている)中立原則より、公平原則を重視しています。(日本のPKOの枠組みを定めた)PKO協力法が制定された90年代前半のPKOをめぐる環境と変わってきており、その辺の事情を踏まえて知恵を出す必要があります。

私の持論は、600人の部隊を1カ所に出すよりも、60人の部隊を10カ所に出したほうがいいのではないかということです。いろんなところに日本の得意分野である施設整備や輸送、衛生(医療)、能力構築支援など高度な技術、能力を示して、できるだけ多くの機会に国際貢献を果たしていくべきだと思います。最後は政治がお決めになることだが、現場にいた者として、積極的に進めて欲しい。私の経験でも、PKOの世界で日本への期待は大きい。継続して国際社会に人材を輩出し続けていくことは、自衛隊の練度の向上、世界で通用する人材育成、国際性の観点からも大切です。

■最前線になったインド太平洋

――米国が中東でのテロとの戦いに一区切りをつけた2020年代の現在、米国が日本に求める役割というのは変わってきたと考えますか。

時期によって段階的に変わってきたのだと思う。9・11テロまでの自衛隊と米軍の関係は、実際のオペレーションというより、訓練を通じて、お互いの同盟の信頼性をあげていこうとする時期が中心でした。冷戦後の90年代になり、朝鮮半島情勢が緊迫し、(東アジアの軍事的な緊張が高まる)事態があっても、自衛隊は米軍の後方支援をするのが主で、(1999年に成立した)周辺事態法もそういう考え方でした。国内は災害派遣、ゲリコマ対応や弾道ミサイル防衛の任務が重視された時期でした。

9・11テロ以降、海自のインド洋での給油支援、陸自のイラク派遣など、米軍と実任務で一緒にオペレーションをすることで、認識の共有が進み、「戦友」のようになりました。

これからは、現在の国際安全保障の焦点となった、世界で最も重要なインド太平洋で、日本と米国が中心になってこの地域の平和と安定をどう保っていくのかが問われています。米国の日本に対する期待は、今までのように周辺事態における後方支援に限定されたものでもなく、中東の砂漠の上で一緒に作戦をすることでもない。

お互いに支えたり支えられたりしながら、この地域で一緒に取り組む構えを示すことが求められている。特に軍事力を質・量とも急速に強化し、活動を加速している中国に対する抑止力、対処力を強化することが重要です。その意味で、日本の任務、役割は大きく進化しています。

海自護衛艦いずもに垂直着艦する米海兵隊のF35B=2021年10月3日、四国沖で、防衛省提供

――米国がインド太平洋を重視しているからこそ、日本の自衛隊に求められる役割がより大きくなっているということですね。

冷戦期、ヨーロッパが最前線で、インド太平洋はどちらかというと第二正面でした。冷戦後、最前線が中東に移りました。9・11テロからの20年間も、インド太平洋は第二正面でした。9・11のショック、テロとの戦いは、戦争、脅威の概念も一変させました。日本も直接、間接に影響を受けました。

その間に世界がどうなっていたか。中国が力をつけ、北朝鮮の核開発、ミサイル開発のように核の拡散も進み、より不安定な状況が増しています。ついにインド太平洋が世界の安全保障の最前線、メインシアターになり、日本は主役として登場することになりました。その中で、日本が今まで通りの自衛隊の任務、役割、態勢、法制でいいのかが問われていると思います。

私が自衛隊に入ったのは1980年。冷戦の末期です。約10年間は北日本の防衛を中心とした時代でした。90年代に入って冷戦が終わると、ポスト冷戦期の自衛隊のあり方が問われました。90年代以降は北朝鮮、テロとの戦いや国際貢献も含めて防衛が担う役割がかなり変わり、国内外の災害対応も増えました。

――そうした変化は、冷戦時代の「存在する自衛隊」から、「機能する自衛隊」への変質、と指摘されました。

国防が一軸、災害対応や民生支援が二軸、海外での活動や国際貢献などの任務を三軸だとすれば、二軸、三軸が浮き彫りになったのが90年代からの30年間です。私の自衛官としての最後の仕事は、九州、沖縄、南西諸島の防衛を統括する西方総監(13~15年)でしたが、国の防衛という一軸に焦点が戻ってきました。変わったのは、注視する向きが北から南西になり、相手がロシアから中国になりました。より正確に言えば、中国、北朝鮮、ロシアの3正面を相手にしないといけない状況です。

番匠幸一郎・元陸自西方総監=土居貴輝撮影

――対応の難しさはむしろ増している印象があります。

このような状況で、自衛隊が担わなければならない役割は非常に大きいと思います。ただ、自衛隊がやることは変わりません。中東の任務に関わって、国を守るための一軸の仕事をしていれば、二軸、三軸のことはできると実感しました。逆に、国内外で二軸、三軸の任務をやるなかで、国防における兵站や後方支援、情報の重要性を改めて痛感しました。

――どういうことでしょうか。

陸自がイラクで任務を遂行するためには、食糧、水、燃料、弾薬など補給品がないと作戦できないが、国内にいる限り、あまり意識しませんでした。ところが、8千キロ、1万キロも離れたところに派遣された際の補給線を考えると、それがいかに重要かが身に染みます。それはそのまま、今の本土から南西諸島へ展開する作戦につながります。

車両の上に機関銃を備え付けて周囲を警戒しながら進む陸自の輸送防護車の車列=2015年12月、群馬県の相馬原演習場、福井悠介撮影

情報もそうです。情報がないと作戦できない。言葉では分かっているし、教範にも情報の重要性は書いてあるが、イラクのあの治安情勢のなかで、いかに質の高い、信頼できる情報を獲得するか。そのためにどんな努力をしなければならないか。痛切に感じ、学んだことが、今につながっています。PKO、人道支援、災害救援、イラク派遣など海外で外国の軍隊と一緒に行動することで学んできた経験が、国防という一軸に役に立つことを学びました。

――米国が最重視するインド太平洋で、日本はどんな役割を果たしていくべきでしょうか。

日本としての主体性ではないでしょうか。今までは「対応」という言葉が多かった。対応から、主体性へ。現状の枠組みの中で「何ができるか」ではなくて、日本として「何をすべきなのか」という発想が非常に重要です。「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)も「日米豪印戦略対話」(QUAD)もそうですが、世界のなかで、極めて重要な地位にある日本としての主体性と責任が問われています。

自衛隊は国家における軍事・安全保障という分野の大事なツールです。今回の邦人輸送でみられたように、やれと言われたら、自衛隊は全力で任務を遂行する集団です。ただ、言われるまで、待っているだけなのか。安全保障を担う主要な役割、機能としての意見具申も、より求められると思います。安全保障は経済も含めて非常に幅広い分野になってきていますが、それでも軍事は安全保障の主要な部分。責任が大きくなっています。

オンラインで開かれた日米豪印4カ国による初の首脳協議。菅義偉首相(当時、手前右)と茂木敏充外相(同左)。画面内は(右下から時計回りに)モディ印首相、モリソン豪首相、バイデン米大統領=2021年3月12日、首相官邸、恵原弘太郎撮影

――主体性を持ってインド太平洋の安全保障に関わる具体策は何でしょうか。

対中国を念頭においた米国のインド太平洋における戦略は、日本と一致する方向にあります。だからこそ、日米で常に戦略を整合させ、お互いの役割分担を確認し、隙間を作らないようにやっていくことが大切です。

日本の領土である南西諸島を守るのは自衛隊の仕事ですが、九州・沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」の南半分、台湾より南は、(南シナ海の)西沙諸島、南沙諸島も含めて日本周辺とは状況が違います。そうした地域における米国のプレゼンスはますます重要になるから、第1列島線のなかで日米の役割分担をどうしたらいいのかを考えるべきでしょう。

2000年代のはじめにやったように、機能的、地域的なものも含めて日米の共通戦略目標を作り、その目標に基づく日米それぞれの任務・役割・能力のあり方を明確にしていく。バイデン政権の戦略が明確になり、日米間でこれから具体的な計画づくりが出てきます。日本も一緒になって、世界で最も重要な安全保障上の焦点であるインド太平洋で米国と緊密に協力していかなければならない。米国の期待は大きいと思います。