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ASMRで脳がゾクゾク たき火、スライム、咀嚼音……耳元に音の快感、メカニズムは

World Now 更新日: 公開日:
水色の四角いスライムを両手で持っているアップ。スライムの中には白いつぶつぶが見える
わんこそばさんの一番人気のYouTube ASMR動画「最強ゴリゴリスライム」

特殊な録音技術を使って収録された音をイヤホンで聴くと首筋あたりがゾクゾクッとする。そんな感覚ASMR(自律感覚絶頂反応)になるコンテンツが人気だ。人気のひけつをさぐった。

まるでその場にいるかのようなリアル体験

「サクッ、サクッ、サクッ」。イヤホン越しに聞こえるリズミカルな音で、首筋がゾワゾワッとする。右耳のイヤホンから聞こえたかと思うと、今度は左耳からと、自分の耳元で実際に音が鳴っているかのようだ。しばらくすると、今度は「ブーン」という音が鳴った。こそばゆいような不思議な感覚に包まれる。 

文化放送ASMR特番の番組宣伝ホームページ
文化放送ASMR特番の番組宣伝ホームページ

10月16日未明に放送された、文化放送の深夜ラジオの人気番組「ASMR特番」を聴いた。今回は「美容院特番~ディレクターが普段背伸びして通っているおしゃれ美容室によさげな音が転がっていたので、もしかしたらいらないかもしれない細かすぎる音までとりあえず全部録ってみた編」。

特殊な録音技術を使って集音された音をイヤホンやヘッドホンを使ってステレオ放送で聴くと、あたかも録音された空間に自分がいるかのような臨場感が味わえる。すると、何ともいえない心地よい気分になる。

どのように収録しているのか。現場に同行した。場所は、東京都世田谷区の美容室「LUPO」。番組で聞いた「サクッ、サクッ」というリズミカルな音は、美容師の佐野光仁さん(41)が妻の七美さん(33)の髪をはさみで切る音、「ブーン」という音は襟足をそるバリカンの音だ。

人の耳で直接聞いているような音が再現できる「バイノーラルマイク」を七美の耳にかけ、鏡の前にも特定方向だけの音を集音するマイクを2台置く。さらに、パソコンで音の聞こえる方向や距離などを綿密に計算して調整することで、立体感が生まれる。

文化放送「美容院特番」収録のようす。佐野光仁さんが妻七美さんの髪を切る音を、耳元につけたバイノーラルマイクと鏡の前に置かれたガンマイクで収録している
文化放送「美容院特番」収録のようす。佐野光仁さんが妻七美さんの髪を切る音を、耳元につけたバイノーラルマイクと鏡の前に置かれたガンマイクで収録している=2023年10月、東京都世田谷区の美容院「LUPO」

七美さんは「私ってショートカットなので、切った髪がサラサラ音をたてて落ちていく音が耳元で聞こえるんですよ。身も心もリセットされる感じがして、失恋した人が髪を切る気持ちがわかるような気がします」

この回を企画した、文化放送制作部ディレクターの神谷友里杏さん(25)は「髪をカットしてもらうのって気持ちいいですよね。それを番組で再現できないかと。実際に髪を切る時は、美容師さんと会話をしているので音を意識していませんが、はさみでカットする音に集中すると面白いのではないかと思いました」と話す。

特番は2019年12月に始まった。たき火の炎がゆらゆらしている映像をひたすら流し続けるノルウェーのテレビ番組が国民的人気になっているのにヒントを得て、たき火の音だけを流す番組をつくった。放送したところ、深夜にもかかわらず好評でレギュラー番組に昇格した。

番組ではその後も、アイドルがとんかつを揚げる音や、アナウンサーの寝息、お笑い芸人2人を仰向けに寝かせてドラマーが腹をたたく音などを次々に放送している。番組の「X」(旧ツイッター)でリスナーが次はどんな音かを予想し合って盛り上がる。

これらの音を聴いて覚える感覚をASMRという。YouTubeで「ASMR」と検索すると、無数の動画がヒットする。中でも人気なのは食事をする動画で、咀嚼音を心地良いと感じる人が多いという。ASMR専用のイヤホンも発売されるほどの人気だ。

「ゴリ」「ゴリ」「ジュワー」で癒やし、安眠

関西在住の動画クリエーター「わんこそば」さんがYouTubeで配信する玩具や文房具などを使った動画も人気の一つだ。メインチャンネルの登録者は78万4000人(11月末現在)。動画の総再生回数は7億6300万回を超える。

最も再生回数が多い動画が6年前に公開された「最強ゴリゴリスライム」で807万回。100円ショップに行った時に商品をみてひらめいてつくったという。ジェルとインテリアストーンを手でこね、「ゴリ、ゴリ、ジュワー」という音を作り出している。

視聴者から寄せられたコメントは8100件以上に上る。「マジで寝れるこれ。私だけかもしれないけど」「音が神すぎてやばい。(いい意味で)」「毎日聞いてるけど癒やしですよね」。

視聴者の7割が女性で小中高生が多く、なかには韓国や米国などの視聴者もいるという。わんこそばさんは「ASMRはストレスを解消してくれる。嫌なことがあっても、動画を見たら忘れてしまっているような心を元気にするような、癒やしと笑いの動画を提供したい」という。

わんこそばさんのYouTubeのページ。それぞれの動画で使っている文具や玩具もパステル調の色がきれいだ

聴覚と触覚が結びつきから生まれる快感

人はなぜこうした音に快感を覚えるのか。「脳がゾクゾクする不思議ASMRを科学する」(岩波科学ライブラリー)の共著者で触覚研究が専門の仲谷正史・慶応大学准教授によると、音を聴くとゾクゾクするASMRがなぜ起きるのかはわかっておらず、科学的に解明するのが難しいという。仲谷さんは「音によってゾクゾクする人としない人がおり、理由は複数あるのでは」と話す。

「聴覚と触覚には生物学的なメカニズムに類似点が多く、解明の手がかりの一つになるかもしれない」という。

聴覚と触覚は同じ遺伝子を介して、感覚機能を発揮している。また、聴覚と触覚で得られた情報はともに脳の側頭葉で処理されている。こうしたことから聴覚と触覚が密接に結びついているのではないかとみる。

音を聴く際、映像を一緒に見ることによってASMRの効果が高められることが知られており、ASMRのコンテンツが過去の心地良い体験と結びついているのではないかとも指摘する。仲谷さんは「耳元でささやいたり、はさみで髪を切ったりする行為は親密さの象徴で、ASMRの音源の多くがとても近くにある。その親密さが安心感につながり、心地良さにつながっているのではないか」と話す。