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ワンシーン、ワンカット、ナレーションなし。韓国で人気、深夜の「ぼんやりTV」

一期一会
写真はイメージ

パチパチ、パチッ……。

映画館の暗い通路を抜けて席に座ると、すぐにスクリーンいっぱいにたき火の映像が映し出され、スピーカーからは薪を燃やす音が流れてきた。

韓国では最近、キャンプが大流行しており、たき火を眺めてぼんやり(韓国語で「モンテリギ」)することを楽しむ人たちが増えている。私が見たわずか31分間の「映画」は、この「火を眺めてぼんやり」を映画館で再現した作品だ。当然、俳優は1人も出演しない。ネットでは、「これが映画なの?」「コロナ禍で映画館も経営が厳しいのだろうけど、まさかこんなアイデアを?」などなど反応は様々だ。ただ、まずは人々の関心をつかんだという点では成功しているようだ。

映画「火を眺めてぼんやり」のポスター(メガボックスのホームページから)

何事も忙しすぎる現代。最近、日常のなかの「癒やし」を求める人たちが増えている。そこに新型コロナウイルスの流行。人と対面しなくても楽しめるキャンプやトレッキングなどが韓国では流行している。キャンプが大好きという知人によると、「コロナが長期化してうつに陥る人が多い。だから難しいことは忘れて自分に集中できる『火を眺めてぼんやり』が流行しているんだ」という。森の中できれいな空気を吸ってぼんやりすることも、どうやら人気になっているらしい。

「ぼんやり」は、テレビ画面でも見つけることができる。

午前零時を過ぎたころ。テレビをつけると、コチュジャンソースで味付けされた野菜と鶏肉を入れた大きな丸い鉄板が画面に出てきた。焦げないようにフライ返しを使って丁寧に炒める。いつの間にか食べごろの「タッカルビ」のできあがり。この約7分間の番組では、フライ返しが鉄板に当たる「チャッ、チャッ、チャッ」という音や、「ジュ~」という材料が焼ける音だけが続き、そして終わる。

「静かに10分ぼんやりTV」に登場したタッカルビ(EBSホームページから)

韓国のテレビ局EBS(韓国教育放送)が昨年8月末から放送している「静かに10分ぼんやりTV」だ。日本人にもなじみがあるソウルや釜山などの都市の風景から、「チヂミ」のような食べ物、さらには「滝」「竹の森」「月」などといった自然の姿を映し出し、そこに音を重ねて、ゆっくり静かに見入ることができる10分間を視聴者に届ける。

「静かに10分ぼんやりTV」に登場した京畿道漣川郡の「才人の滝」(EBSのホームページから)

この番組の決まり事は、一つだけだという。「一つのシーン、一つのカット、ナレーションなし」。ちょっと退屈ではあるが、面白いと思う。EBSの関係者に話を聞くと、「当初は本当に放送していいものか自分たちも迷った。放送中、『放送事故なのか?』という話まで寄せられたほど。でも、今では『目が離せず、次の放送を心待ちにしています』というマニアたちが約1万から2万人ほどはいる」と言う。「皆さん、最近の騒がしいだけのテレビ番組が自分には合わないと感じ、飽き飽きしていた人たちです」

「静かに10分ぼんやりTV」に登場したソウル駅(EBSのホームページから)

そうかもしれない。韓国のドラマは、視聴率のためならば財閥など上流層を舞台にした突き抜けたストーリーだとか、衝撃的な出生の秘密を抱えた人物が頻繁に登場し、息もつかせない展開が続く。バラエティー番組にしても同じだ。誰かを責め立てたり、苦しい立場に追い込んだりするほど、視聴者は拍手を送り、視聴率も上がっていく。さらにテレビ画面には、毎日毎日、さまざまなニュースが休みなくあふれる。そこにSNSによる情報も加わるだろう。私たちは一日中、目と耳から刺激が注入され、これでは頭が混乱しない方がおかしい。

どれほどつらければ、どれほど忙しければ、どれほど周りが騒がしければ、そして、どれほど休みたいと思ったら、映画館やテレビ番組で「何もしないぼんやり状態」を人工的につくり、現実から抜けだそうとするだろうか? 「ぼんやり」は、せわしい現実の暮らしの中で、短い間でも憩いの時間を持ちたいという現代人たちの思いを代弁しているといっていいのではないだろうか。

何を隠そう、この10分間の番組を見るだけで癒やされる私自身も、実はものすごく疲れているのかもしれない。自分の心と体を休ませるのには、何もたいそうなものはいらない。単に、「休もう」という気持ちだけがあればいい。時々はこの「ぼんやり」を、自分へのごほうびにしてあげないと。