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韓国演歌「トロット」が熱い あどけない小学生までもが人生の悲哀を歌う

一期一会 更新日: 公開日:
CDコーナーに並ぶ「ミス・トロット」「ミスター・トロット」のアルバム=2020年2月13日、ソウル、李聖鎮撮影

私が小学生のころ、家族と車で外出すると、父は決まってカセットテープを取り出した。

「あ~~~新羅の夜。仏国寺の鐘の音が聞こえてくる」

スピーカーから流れてくるのは、いつも「トロット」、つまり韓国の演歌だった。「新羅の月夜」という大好きな曲を口ずさみながら運転する父の姿は、今でも目に鮮やかに浮かんでくる。父以外の家族が曲を選ぶ自由はなく、私はいつも「早く目的地に着かないかなあ」と思ったものだ。私にとって演歌といえば、あまり楽しい思い出ではなかった。

トロットの定義について調べてみると、こんな説明だった。「韓国の音楽のジャンル。日本の演歌から派生したもので、日本では韓国演歌と呼ばれる。韓国では、成人歌謡、ポンチャックともいわれる」。日本が朝鮮半島を植民地支配したころ、演歌もいっしょに入ってきて、伝統的な民謡などと組み合わさり、独特の歌謡として発達したようだ。

CDのほかにも、トロットの曲を入れたUSBのアルバムも売られている=2020年2月13日、ソウル、李聖鎮撮影

このような時代背景からだろうか、トロットには「倭色」というレッテルがつきまとった時期もあった。倭色とは日本的なものを批判するときに使われる言葉。朴正熙政権は1965年、韓国で初めてレコード販売が100万枚を超えた李美子の「つばき娘」を倭色との理由で放送やレコード販売を禁じた。当時、朴大統領は世論の激しい反発を押し切って日韓国交正常化を進めていた。高まる反日感情をなだめるための政治的な理由があったとのうわさが広まったという。

長く演歌は年配の人たちが聴くもので、ちょっと田舎くさく、「B級文化」の扱いを受けてきた。そんな演歌がいま、韓国では音楽業界の主流を占め、大きな反響を呼ぶ存在になっている。そのきっかけが、「明日はミス・トロット」というテレビ番組だった。

「ミス・トロット」は昨年2月から約3カ月間、ケーブルテレビ局「TV朝鮮」で放送された、女性トロット歌手のためのオーディション番組だ。当の制作者たちも放送前は「成功するだろうか」と疑問に思っていたというこの番組は、ふたを開けてみると、優勝者が決まった最終回の視聴率が18.1%を記録する大ヒットとなった。

「ミス・トロット」で優勝したソン・ガインさん=TV朝鮮のホームページから

「ミス・トロット」がトロット復活の火種になったとしたら、その火をさらに熱く燃やしたのが、同じテレビ局で今年1月から始まった後続番組「明日はミスター・トロット」だ。視聴者を飽きさせないよう、さらに工夫をした。トロット歌手といえばギンギラギンの衣装に白い靴というのがお決まりだったが、それをやめた。

オーディションに申し込んだ約1万5000人を約100人に絞って始まった予選から放送を始め、9歳の小学生から、軍人、ケニアの留学生、解散したアイドルグループのメンバー、テコンドーの元国家代表選手など、実に多様な人たちが歌唱力を披露した。6週間連続で視聴率は上がり続け(2月中旬時点)、ケーブル放送では最高となる視聴率27.5%を記録する「お化け番組」となった。

「ミスター・トロット」の最年少の出演者ホン・チャムオンくん=TV朝鮮のホームページから

父は、放送時はもちろんテレビの前に釘付け。再放送も、さらにはインターネットテレビでも繰り返し見る。家族がチャンネルを変えないようリモコンを握りしめながら、流れてくる歌に拍子を合わせる姿は、幼いころ車のなかで見た父の姿と重なる。「記憶のなかで消えようとしていた思い出が浮かんできて、まるで若いころに戻ったようだ」と父は語る。

トロット人気は、父のような年配の人たちに限らない。有名なコメディアンがトロット歌手としてデビューして人気を集め、若い人たちの間にも広がった。ミスター・トロットはテレビ画面の外にも飛び出し、全国ツアーを予定する。制作費を数十億ウォン(数億円)かけた「トロット・ミュージカル」なるものも企画されている。もちろん、トロットによるミュージカルは韓国で初めての試みだ。

ミュージカル「トロット恋歌」のポスター=「考えを見せてくれるエンターテイメント」社提供

さまざまな世代に楽しまれるようになったトロットだが、正直、私はまだトロットの「味」が、よく分からない。二次会や三次会でカラオケに行っても、トロットを熱唱するのは先輩たちで、私はといえば付き合いでタンバリンを鳴らすぐらいだ。

日本の演歌も似ているかもしれないが、韓国のトロットも人生の悲哀と重みを歌い込むのだという。70年以上にわたって家族のために前だけをみて走り続けてきた父やその世代の人たちの心を少しでも理解するために、私も今度、カラオケで歌ってみようかと思っている。