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PTA加入は当たり前?教員が起こした会費返還訴訟が問うたもの ドイツの学校では

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

先日、鹿児島市の県立高校に勤める男性教諭が、自分の同意のないまま長年自動的に給料からPTAの会費が引き去られていたとして、校長と元PTA会長を相手取り訴訟を起こしていることが報じられました

男性が教諭として着任した2017年から月々230円の会費が天引きされており、男性は計1万6560円の会費の返還を求めています。

加入は本来任意なのに、現場では参加を強制するようなやり方も見られるPTAは近年多くの批判にさらされてきました。本人の意思が尊重されず「やらなければいけないもの」「必ず参加しなければいけないもの」として圧力やプレッシャーをかけられたケースは少なくありません。今回は海外とも比べながらPTA問題について考えます。

PTA会費徴収に本人の同意なし

冒頭の鹿児島市の県立高校に勤める男性教諭は今年の5月に校長と当時のPTA会長に「今まで強制的に引き去られていた金額について全額の返還」を求めましたが、それ以降の引き去り停止は認められたものの、2017年から2022年度分の計6年分の会費の返還は拒否されました。

テレビ朝日の報道によると、「任意団体であるPTAが同意なく会費をとるのは違法だ」と主張する男性に対し、PTA側は「会費の天引きが明記された給与明細を受け取り、内容を認識しつつも異議がある旨の意思表示をしなかった」として訴えの棄却を求めているとのことです。

これに対して男性教諭は「会費を引き去った後で給与明細を渡したから、引き去りに同意したというような契約のあり方があるのか」と疑問を呈しています。

加入への圧力も存在

ところで学校の教諭はもちろん、児童の保護者がPTAに加入するのは任意です。つまり強制ではありません。ところが実際に保護者が「入らない」という意思を伝えると、様々な形で圧力がかかることが分かっています。

前述のテレビ朝日のニュースによると、ある学校では保護者に対して「PTAに入らない場合は子供が卒業式の記念品をもらえず行事にも参加できない」「PTAに入らない人の子供が学校で先生に「なぜ自分は卒業式の記念品がもらえないのか、なぜ行事に参加できないのか」などと先生に確認をしないよう家庭で子供に指導してください」と書かれたプリントが配られたといいます。

保護者はその後、学校から「協議の結果、記念品はすべての児童に配ることにした」と伝えられました。しかしPTAへの加入は任意であるにもかかわらず、「入らないと子供が不利益を被ることになりますよ」といった「圧力」は様々な場で何年も前から繰り返されてきました。

加入が「本当の意味で」任意のドイツ

筆者の母国のドイツでPTAに該当するのはElternbeiratです。子供の教育についてElternbeiratが学校側に提案をしたり、校長との面談の場を設けたりして、教育に積極的にかかわっていく役割があるのは日本と同じです。

日本と違うのはドイツのElternbeiratが「本当の意味での任意」だということです。だいたいは社交的で世話好きな性格の人が立候補します。日本の一部で見られがちな「子供が小学校のうちに保護者の誰もが一度は経験しなければならない」といった「暗黙の了解」はないため「本当にやりたい人」がElternbeiratの活動に携わります。

近年ドイツの公立校では「シリアの内戦から逃れてきたシリア人の生徒」、「ロシアによるウクライナ侵攻から逃れてきたウクライナ人の生徒」など外国籍の児童が増えています。そういった状況のなか、Elternbeiratが外国人への生徒へのサポートをしています。州によって違いはあるものの、例えば中部ヘッセン州ではその学校のクラスの10%を「外国人の生徒」が定める場合、Elternbeiratに「外国人の親の代表」を追加で選ぶことになっています。

ですから校長は随時「各クラスに何人の外国人の生徒がいるのかを把握しておく」必要があります。

そして外国人の生徒が10%またはそれ以上になるクラスに関しては、Elternbeiratの役員が選ばれると、その役員の中に外国人の保護者が含まれているかをチェックしなければなりません。

含まれていない場合は「外国人の保護者の役員を入れるために追加で選挙を行う」旨、学校側は10日以内に書面でElternbeiratの関係者に告げなければいけません。外国人の子供のニーズが見落とされることがないようなシステムになっています。

福祉国家であり、市民にも福祉を中心とした考えが根付いているドイツでは基本的に「親がPTAに加入していない子供は学校のケアから排除されても仕方がない」というような日本の一部で見られる考え方とは無縁です。

教師への過重な負担、ドイツでは

日本では、残業代がつかず長い労働を強いられる教師の過長労働問題が度々話題になっています。学校からも保護者からも「教師はいかなる時も子供たちやその保護者に対応しなければいけない」という滅私奉公の精神が求められがちです。

ドイツの学校の場合、保護者が先生と面会できる時間帯はあらかじめ決められています。たとえば「数学の先生の面会時間は毎週、水曜日の夜18時~20時」だとすると、基本的に保護者はそれ以外の時間帯に先生と話すことはできません。

保護者は事前にその先生に予約を入れた上で、決められた時間帯に学校に出向き、先生と面会します。また先生のプライベートの電話などに連絡をすることが許されるのは死亡案件や災害などの緊急事態以外はご法度です。

ドイツの学校に卒業式の記念品はなく、また学校で贈り物をする習慣もないため日本ほど経費はかかりません。ドイツのPTA(Elternbeirat)は寄付やバザーの売り上げなどで成り立っています。会費は発生しませんので、当然ながら「ドイツの先生の給与から会費が天引きされる」というようなことはありません。そのような状況は発生したらきっと先生も黙っていないでしょう。

当初は「民主主義のかがみ」だった

第2次世界大戦後の占領期、GHQが設立と普及を促して日本に広まった当時のPTAは「会員なら誰でも発言ができ、何かを決定するまでに会議を重ねていく」という民主的な組織でした。

「ベルマーク運動」も元々は「財団法人教育設備助成会」という名前で当時の文部省が認可して設立されたもので「戦後の貧困の中、日本のへき地の教師が全国の新聞に学校の劣悪な状況を訴え、設備を整える費用の援助を呼びかける」という意義のあるものでした。「貧しい子供たちにも教育を」という理念のもと活動していたわけです。

「ベルマーク運動」は1960年代に朝日新聞の呼びかけで始まった取り組みです。

支援者から送られたベルマークを貼る児童数12人の三方小学校溝谷分校の児童たち。右上の生徒が手にしているのが、集まった1万8000点のベルマークで手に入った掃除機
支援者から送られたベルマークを貼る児童数12人の三方小学校溝谷分校の児童たち。右上の生徒が手にしているのが、集まった1万8000点のベルマークで手に入った掃除機=1963年ごろ、兵庫県宍粟郡一宮町(現・兵庫県宍粟市)、朝日新聞社

長年続いてきた「ベルマーク運動」がなぜ近年は問題視されるようになったのでしょうか。その背景には、PTAには「女性が参加しなければならない」という決まりはないのに、「暗黙の了解」で実際に平日の昼間にベルマーク活動のために参加を求められるのは「母親」だという問題があります。

働く女性が増えた今、「平日の昼間に仕事を休んでまでベルマーク活動をする意味があるのか」「仕事に支障をきたす」という声が上がっています。PTA全体において「男性よりも女性の負担が大きい」という日本社会の今の問題を凝縮した形になっていることから不満の声が上がっているのです。

「男女平等」の観点からいうと、筆者は「母親だったら、コスパの悪いことに付き合うことが当たり前」ということを子供たちに見せていくことが教育上良いことだとは思いません。

PTAについて保護者などから不満の声も多いものの、抜本的な改善が見られないのは、ヨーロッパのような大規模な反対運動やデモがないからだと筆者は考えます。

もしもドイツで教師の給与からPTAの会費が天引きされていたとしたら…教師たちは間違いなく連携して声をあげるでしょう。そして、もしもドイツで女性たちがPTAの活動のために仕事を休むことを余儀なくされたら、間違いなく大規模な反対運動やデモが行われることでしょう。

ところが日本では「PTAは面倒くさいけれど、子供が小学生の間だけだから」と我慢してしまう人が多いと聞きます。自分の子供への影響なども考えて、きっと今後も大規模な反対運動が起きることはないでしょう。

鹿児島市の男性教諭は裁判を起こした意図について「PTAに入るのが当たり前という現状に一石を投じたい」と語っています。欧米諸国と比べると日本では大規模な反対運動は起きにくいので、今回訴訟という形をとってPTA活動の問題点に光を当てた男性教諭に拍手を送りたいと思います。