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ホームステイ先を「出て行ってほしい」の通告 親子留学は正しかったのか

育休ママの挑戦~赤ちゃん連れ留学体験記~
いろいろな動物に餌付け出来ることがウリの「Whiti Farm Park」でドンキーにエサをあげる筆者とシンシン、ルールー兄弟=2019年2月、ニュージーランドのフィティアンガで、友人撮影

当時1歳11カ月の長男シンシンを押し倒してしまった翌日、いつものように英語学校に行った私は、午前中の授業が終わると校長先生に呼ばれた。指定された部屋に行くと校長のマクリーンえり子さんと、娘で教師兼カウンセラーのカースあつこさんが座っていた。

マクリーンさんは、27でも紹介したが、30年以上も前にたった1人で3児を抱えてフィティアンガに移ってきた、元祖「親子留学」経験者だ。年齢の割に早く白髪になっているものの、髪を染める気はないといい、NZの自然がそのままやどっているような自然体の女性だ。

普段はフレンドリーで柔和な笑顔が印象的なマクリーンさんの表情が、この日は厳しく見えた。私は、前日にシンシンを巡って起きた一件が、ホストマザーのエリーさんを通じて学校に伝わったのだろうと思った。「トラブルを起こした生徒」について、ホストファミリー側が学校に報告するのは当然だ。覚悟をしたが、マクリーンさんは、エリーさん宅で起きたできごとについて知っている様子はなかった。

しかし、私が学校が終わったあともきちんと2人の子どもの面倒をみることができておらず、エリーさんに負担をかけている、と指摘した。そのことについては、弁解のしようもなかったので、子どものイヤイヤ期が激しくて私自身も参っているということ、キャパオーバーになってしまい、1人でハンドリングできないことがある、と正直に打ち明けた。

3人の子育て経験があるマクリーンさんは、私の話を「わかるよ」というふうにうなずいてくれたが、厳しい顔を崩すことはなかった。

「それで、別の家に移ってもらいたいと考えているの」

一瞬、目の前の校長先生が何を言っているのか、飲み込むことが出来なかった。

「え、それは、私に家を出て行けということでしょうか」

私に、じゃない。私たち親子3人に、だ。

この時、私たちのNZ親子留学はひと月を迎え、折り返し地点もすぎて残り2週間だった。3人分の荷物は、大中サイズのトランクが各1個。大人1人ならともかく、乳幼児連れでの移動は大変。そもそも、せっかく慣れた環境に、子どももろとも再び慣れないといけないのか。頭がくらくらした。

そういうことになる、と言ったマクリーンさんの表情は、厳しいというよりも「かわいそうだけど仕方がない」というものに近かったと思う。学校側も、こちらの事情をわかったうえでの通告なのだろう。

筆者が通っていた英語学校Evakona Educationのマクリーンえり子校長=本人提供

それは、エリーさんが、望んでいることなのですよね。

聞くまでもなかったが、聞かないわけにもいかなかった。

「あなたが学校に行っている間、彼女はベビーシッターとして子どもたちの面倒をみている。その後は、本来ならあなたがしっかり子育てをするべきなのに、エリーに頼ってしまったでしょう。シッティングが終わったあとも子どもたちの面倒をみることで、公私の区別がついていないと感じちゃったのね」

私に、返す言葉はなかった。でも、昨日あんなに優しく「私たちはあなたの味方よ」と言ってくれたではないか。

「エリーさんは、メルトダウンする前に自分を頼れと言ってくれました」

「そのエリーが、メルトダウンしちゃったのよ」

私は改めて、自分の身勝手な行動が、二回り近く年上のエリーさんに精神的にも肉体的にもどんなに大きな負担をかけていたのか、思い知った。

だが、動転していた私は、ここでとんでもない提案をしてしまう。

「あと2週間なんです。3人一緒に新しい家に移るなんて大変過ぎます。これ以上エリーさんに負担をかけないと約束します。もし必要なら、これまで負担をかけてしまった分を、シッター代としてお支払いします」

お金の問題じゃないのよ。マクリーンさんにそう諭され、私は再び、自分の浅はかさと身勝手さを恥じた。ああ、穴があったら入りたい。

この連載を書くに当たり、先日マクリーンさんにあの時のことついて改めてSkypeで話を聞く機会をいただいた。

「こっちの人は終わったら終わったでさっぱりしているから、引きずってないわよ」と、画面の向こうで優雅な白髪をゆらして校長は笑った。

「エリーは、あなたが母親業をやりながらキャリアを積もうとしているのはよく理解していると思う。それを批判してはいないし、こっちの人は自分自身の考えを押しつけることはないの」

でもね。諭すような口調で彼女は続けた。

「キャリアに対する考えに引きずられて、子どもに足をひっぱられるのでは、と焦る気持ちはとても分かる。それでも、子育ては一時で、母親としてやらなければいけないことがあるのよ。人に預けるのは構わないけど、母親として接するときは、きちっと向き合わないと。赤ちゃんだって自分のものじゃない。可能性がいっぱいあって、大きく育とうとしているの。今は、腹くくって子どもと向きあうことが、なにより大事なのよ」

それからマクリーンさんは「子どもは3歳になるまでたくさんの『快』を与えなさい」と語った。

おしりが気持ち悪かったら、おしめを替える

お腹が空いたらミルクをあげる

抱いてほしいと泣いたら抱っこしてあげる

「単純なことだけど、生きているということは『快楽』であるということを教えてあげるの。小さいうちに『快』だけを教えてもらった子どもは、その後どんなに大変なことがあっても、人生は楽しいと本能でポジティブにとらえることができるんです」。見知らぬ土地で3人を育て上げた母であり教育者。6週間学んだ英語はすぐに忘れてしまっても、このお説教は一生忘れることはないだろう。

マクリーンさんの言葉はありがたかったが、さて、現実問題、私はどこへ「追い出される」のだろう。

「受け入れてくれるホストファミリーをいま急いで探しているところです。見つかり次第、引っ越しをしてもらいます」

公園のブランコにのるシンシン(右)とルールー(手前)=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉撮影

この日、学校が終わって帰宅した私は、エリーさんから子どもを引き取り、いつもと同じような簡単なあいさつを交わした。学校で言われたことを話そうと思ったが、気まずくなるのがいやだった。「散歩に行ってきます」というと「ええ、行ってらっしゃい。気をつけてね」といつもと同じように優しい笑顔で見送ってくれた。

外は、憎らしいほど晴れ渡っていた。夕方なのに、雲一つない、どこまでも青が続く空。いつもの散歩コースをとろとろと歩く。スーパーに寄り、子ども用のジュースと自分用の炭酸水を買うと、公園へ向かった。1人用なのか2人用なのかわからない形のブランコが、我が子たちのお気に入りだ。背中あわせに入れてゆらゆら押すと、15分は機嫌よく過ごしてくれる。いつもに増してキャッキャと喜ぶ2人に向かって「そんな可愛い顔したってダメだよ。No one loves usだよ」とぼやいていた。

No one loves us. みんな、私たちが嫌い。

いや、違う。子どもたちはみんなに愛されている。嫌われているのは私だ。いや、それもきっと違う。エリーさんは私のことが嫌いだから出て行けと言ったのではない。無邪気に笑う2人の息子が乗るブランコを、惰性で押しながら、私は、自分がホストファミリーを追い出されるに至った原因について必死に考えた。

私は、母親業を放棄したかったのではないだろうか。

子育てから離れたくて「英語を学ぶフリ」をしていただけではないだろうか。

半年前にフィリピン・セブ島から始まった赤ちゃん連れ留学。私は、初めて自分がしてきたことが正しいのか、分からなくなってきた。

ふと、日本に残してきた夫が恋しくなった。国際電話をかけ、手短に事情を話した。

「日本に帰りたい」。いままで思ったこともない言葉を発した。

弱気な私に夫は言った。

「帰ってこい、帰ってこい。楽しむためにいったんでしょ。楽しくないなら帰ってこい!」

***ホストファミリーを追い出された私たち親子3人。予定を早めて日本に帰ってしまおうかと意気消沈していた私に、校長先生がかけてくれた言葉とは。