コンペティション部門にノミネートされるのは制作から18カ月以内の新作で、大作からインディペンデントまでさまざま。今年は180本ほどある作品から9本がノミネートされ、この中から審査員が選ぶグランプリと、観客が選ぶ「ソレイユ・ドール」(金の太陽)賞が決まる。映画祭名の「キノタヨ」とは、日本語の「金の太陽」に由来する。
今年のノミネート作品9本には、宮沢賢治とその家族愛を描いた「銀河鉄道の父」、画期的なファイル共有ソフト開発者が逮捕された実際の事件を扱った「Winny(ウィニー)」、高齢者売春クラブを扱ったこれも実際の事件に基づく「茶飲友達」、江戸期の下肥集めの若者たちの青春と愛を描いた時代劇「せかいのおきく」などが入った。
他にコンペティション外部門もあり、こちらは主演の役所広司が今年のカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞したヴィム・ヴェンダース監督「PERFECT DAYS」や、小津安二郎監督の「早春」、戦時下の広島・呉を舞台に日常を生きる人々を描き、日本でも多くの観客を動員したアニメーション「この世界の片隅に」など12本が選ばれた。今年は小津監督生誕120周年にあたり、また「この世界の片隅に」は2017年にも上映しているが、再上映してほしいという声が根強くあった。
映画祭が始まったのは、2006年。NEC系の企業の幹部を務め、若い頃には短編映画の監督で、当時バルドワーズ県にある大学の総長だったミッシェル・モトロ氏が発案して同県に構想を持ち込んだことに始まる。
モトロ氏は、パリ在住の俳優・笈田(おいだ)ヨシ氏と、在仏日本商工会議所の会頭を務め総合商社トーメンの欧州・中東アフリカ総支配人だった片川喜代治氏に相談。同県の支援を受け、日本企業にスポンサーとなってもらい、日本の国際交流基金の後援なども得て映画祭を開催。2011年からは片川氏が会長を務めている。
今でこそ多くの作品が寄せられ、観客も詰めかけるが、開催当初は閑古鳥がなき、財政的に苦労したこともあった。しかし、熱心なファンの「やめないで」という声に支えられて継続。コロナ禍の2020年はオンラインのみでの開催だったが、翌2021年からはリアルで再開した。
最近では映画祭での上映がその後のフランスでの興行にも影響を与えている。たとえば、2022年のソレイユ・ドール賞「浅田家!」(二宮和也主演)は映画祭後に一般公開され、25万人を動員した大ヒットとなった。
また、2018年のソレイユ・ドール賞を受賞した「カメラを止めるな!」は、「上映開始直後に席を立ってしまった人もいて……もう、お願いだからもうちょっと見て、と祈りながら見ていました」(片川氏)。しかし、最終的には大喝采となり、その後、フランスでリメイク作品が作られ、日本でも上映された(邦題「キャメラを止めるな!」)。
キノタヨ映画祭でいち早く紹介し、その後、国際的に注目を集めるようになった監督も多い。
たとえば、深田晃司監督は、キノタヨ映画祭で海外映画祭に初出品し、2008年にアニメーション作品「ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より」で新人賞を受賞した。その後、「淵に立つ」で2016年のカンヌ映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞した。
2022年に「ドライブ・マイ・カー」で米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した濱口竜介監督も2016年に「ハッピーアワー」をキノタヨ映画祭に出品している。「素晴らしい作品だけれど、長さが5時間を超える。心配もあったが、満員で誰も席を立たなかった。その後、フランスでの配給が決定しました」(モトロ氏)
映画祭には毎回監督たちが招待される。ドキュメンタリー作家の想田和弘監督は、2016年に「牡蠣工場」がソレイユ・ドール賞を受賞、2022年には特集として7作品が上映された。
「かなり地味な『牡蠣工場』が観客からの最高の支持を受けて受賞でき、感激しました。フランスで日本映画が劇場公開されるハードルは非常に高い。そんななかでキノタヨは日本映画好きが集まる場であり、作り手にとっては、作品や自分たちが認知される重要な場です。新作『精神0』がフランス全土で劇場公開できたのも、キノタヨで過去作の上映の積み重ねがあったからだと思います」と語る。
昨年の特集上映では、「マスタークラス」と題して観客と交流した。満員御礼の会場では、想田監督と柏木規与子プロデューサーが自らの撮影哲学や方法論、実践などについて解説した後、観客からさまざまな質問が寄せられた。
「フランスの質疑応答は“ディベート”と呼ばれ、観客は理詰めで質問してくる人が多い。『エンディングはああでなくてもよかったのでは』なんていうのもあって、刺激的で面白い。そもそも映画とは、自分とは違う文化、違う人生に身を置いて追体験できるメディアですが、映画祭は他者同士がお互いを知るコミュニケーションの場にもなっています」
今年のコンペティション部門にノミネートされている作品は、上記に加え、東京でホームレス女性が殴り殺された事件をモチーフにした「夜明けまでバス停で」など実話に題材をとったものが多い。
フランスの観客たちは何を感じるのだろうか。