知人は元外交官。韓国では地方大学を活性化するため、中央政府の元高級官僚に地方の大学での講義を依頼している。ソウルに住む知人は月に300万ウォン(約34万円)の報酬と引き換えに、月曜日から木曜日までを地方で過ごしている。
知人は会うなり、ため息をついてこう言った。「日本には『Fラン大学』(入学する難易度の低い大学)という言葉があるんだろ。韓国ではそれを、チバンテハッキョ(地方大学)というんだ」
知人が教える地方大学は1学年500人で計2000人。この大学では1年生の学費は無料だ。減収分を、韓国政府からの補助金やモンゴルやベトナムなどからの留学生が支払う授業料でまかなっている。中国関係の学科だけは、中国の姉妹大学との間で2年間、無料で交換留学ができる。様々な特典を与えて、なんとか定員を保っている。
知人に言わせると、在学生の勉強への意欲は著しく低い。昼食後の講義ともなると、ほとんどの学生が寝ている。学習意欲がないので、論文形式の試験はできず、選択式にしている。試験当日の1時限目に復習、2時限目に試験の予想問題を教える。3時限目に試験をするが、それでも答えられない。
就職は厳しい。韓国では大学4年の春から就職活動をするが、皆苦戦している。就職が決まると、学内に「慶祝」と書かれた記念プレートが掲示されるほどだ。中国関係の学科の卒業生の場合、ソウルや済州島など中国人観光客が多い場所のホテルや中国関係の貿易をしている中小企業などに潜り込むのがやっとだという。
これはすべて、韓国の激烈な学歴競争社会が生み出した弊害だ。
例えば、知人が韓国外務省に入った1980年代、キャリア外交官の出身校は、半分が名門国立のソウル大、3割がソウル大に並ぶ難関大学の延世大と高麗大、残りが韓国外国語大などだったという。
ソウルの「3国大」と呼ばれる建国大、東国大、国民大といった中堅校ですら、希望の職種に就くことは容易ではない。知人は「あまりに厳しい競争なので、修能(大学入試)の結果が一生、レッテルとしてついて回ることになる」と語る。韓国では敗者復活はあり得ない。
だから、地方大の大半の学生はやる気をなくす。日本のように、あえて生まれ育った故郷で暮らしたいと考える大学生もほとんどいない。幕藩体制で地方が発達した日本に比べ、朝鮮王朝時代から中央集権が続いた韓国は、地方に特色が少なく、インフラもソウルよりも格段に落ちる。地方大に進まざるを得なかった学生は、そこでやる気をなくす。
それでも、もがく学生もいる。知人は「みな、元々やる気がなかったわけではない。ソウルの難関大を目指して必死に勉強してきた子ばかりだ」と語る。願いが叶わず、やむを得ず、地方の大学に入学する子がほとんどだという。
知人はあるとき、教え子の4年生から就職の相談を受けた。この男子学生は思い詰めた表情でこう語った。「中国にある韓国大使館のローカルスタッフになりたいと思うのですが、どうでしょうか」。地方大からはキャリア外交官はおろか、特定の国や地域を担当する専門職の外交官になる可能性もほぼ閉ざされている。男子学生は、大使館職員の秘書や運転手などを務めるローカルスタッフなら、自分でもなれるのではないかと考えたという。
知人は「ローカルスタッフは、一生をかけて働く仕事ではない。昇進もないし、自分で考えて工夫できる仕事でもない」と説明し、学生に思いとどまるよう諭したという。そのうえで、知人は学生にこう勧めた。「敗者復活のない世界から抜け出すためには、韓国のシステムから離れるしかない。外国で就職しなさい。学歴に関係なく、語学や営業力などで評価してくれるはずだ」
知人の助言を、この男子学生は、憂いを含んだ複雑な表情で聞いていたという。
尹大統領が掲げた「均衡ある発展」が実現する日が本当にやってくるのだろうか。