男女平等の「優等生」として知られるスウェーデン。男女格差を測る「ジェンダーギャップ指数」でも5位を維持している。290の市議会で女性議員の比率は平均43%。50%以上の市議会も37ある。トップのレーケベリ市議会は64%だ。そんな「先進国」も、かつては日本とよく似た状況にあったという。
物事を決める場所は夜のサウナだった
国会議員や地方議員など政治家を40年務め、現在はカールスコーガ市議のウーラ・カールソンさん(62)が教えてくれた。「私が政治家になったばかりの頃は、よく年配の男性政治家たちが夜に集まって、ウイスキーを飲みながら、あるいはサウナに集まって物事を決めていました」。高級料亭やレストランの会合で政治家たちが意思決定をしている日本のような状況だったというのだ。サウナは男女別であり、そこで意思決定することが男性の権力の象徴になっていったという。
カールスコーガ市は、ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルが晩年を過ごした地で、武器製造で財をなしたノーベル由来の企業が今でもある。「私自身は林業農家で、このあたりの地域に多い武器産業出身ではないので、深入りしなかったんですけどね」
ただ、女性や若い世代が増えるに従って、そういうやり方は少なくなっていったという。現在、カールスコーガ市議は女性が49%を占める。今回スウェーデンで取材した16人の政治家全員に「レストランやバーで物事を決めることや、裏交渉はあるか」とたずねたが、「全くない。全て議場で決める」という返事が圧倒的に多かった。
しかし、ベテラン政治家のカールソンさんの他にもう一人、「サウナで物事を決めていたことは十数年前まであった」と教えてくれた男性がいた。女性比率がスウェーデンで最も高い64%のレーケベリ市議会の議員、バース・フォークさん(44)だ。といっても、政治家の話ではない。「私は2010年に、誘われて労働組合活動に参加したが、当時はサウナで意思決定することが多かった。でも自分はそういうやり方がおかしいと思ったし、最近では本当に少なくなりました」
質問中、議員の赤ちゃんは交代で抱っこ
他にも、スウェーデンと日本の「時差」を感じさせる話を聞いた。
女性比率が55%と、全自治体の中で3番目に多いバルムド市。今年の市議会に、女性市議が5カ月の赤ちゃんを連れてきた。議場では、彼女が質問をする間は、議員たちが交代で抱っこをしていたという。
日本では2017年、熊本市議会に女性市議が乳児を連れて入ろうとして問題になったことがあった。その後、熊本市議会は、議員以外の入場を原則認めないように会議規則を変更した。
スウェーデンも昔から乳児を連れて議場に入れたわけではない。「20年前にさんざん議論になりました。すごい数の問い合わせがあって、法的にどうなのかも検討しました」とスウェーデン地方自治体協会のレナ・リンドグレーンさん。「その結果、何の問題もないということになりました」。そしてバルムド市議会のように、今ではごく当たり前に乳児を連れて本会議場に入るようになったのだ。
男女半々が当たり前から次の段階へ
政治の世界に女性が増えて多様になる。スウェーデンも時間をかけて現在のような状況になった。
市議選の選挙制度は、基本的に政党に投票する比例代表。内規で名簿の記載順を男女交互にしている政党はあるが、特に法律などで男女平等に関する規定はない。だが、多くの政党で男女半々程度にしている。
男女交互にするというルールを持つ社会民主党も、「女性登用のためではなくて、男女同数というジェンダー平等のため」(バルムド市議のアンドリネ・ウィンターさん)だ。
今では、与党の市議のトップが務める市長も、34%が女性だ。市議会の女性比率が1位のレーケベリ市の女性市長、キャロリン・イェルフォーシュさん(44)は「男性・女性を意識することは全くない」。3位のバルムド市の前市長で、今も市議を務めるデシーラ・フランコルさん(44)は「私が女性だからという理由で投票してほしくない。それはある意味で女性に対する侮辱だと思う」とまで言う。
バルムド市議のアミー・クローンブラッドさん(58)は、「私の祖母も市議で、第2次世界大戦後に政治家になったが、『部屋にたった一人の女性で、孤独だった』とよく言っていました。今は男女半々が当たり前で、時代は変わったんです」と話す。
地方自治体協会では、政治家向けのリーダーシップ研修を行っている。2007年から10年にかけては、特に女性政治家向けに、市長や野党のリーダーとなることを念頭に置いた「トップ政治家」研修を開いた。「女性もトップ政治家をめざすことが必要だし、ネットワークを築くことが重要」(リンドグレーンさん)という問題意識からだった。
ただし、2010年以降は「特に女性に特化する段階は終えた」として、基本的に男女一緒にセミナーを行っている。
セミナーに参加した女性政治家に話を聞いた。ユングビー市長を経てクロノベリ県議を務めるカリーナ・ベングソンさん(62)。「グループでの議論などを繰り返すなかで、リーダーシップなど自分が女だから悩むのかと思っていた問題が、男女共通なのだということがわかって、発見だった。自信を取り戻すきっかけとなった」という。
一般的に、女性のリーダーシップ研修などは、女性だけで行われることが多い。スウェーデンはその段階から一歩進み、男女一緒に研修を受けることで、女性がさらなる自信をつける機会を提供しているようだ。
未だに残るハラスメント 真の男女平等には
とはいえ、女性政治家にまつわる問題が皆無になったわけではない。
「メディアは、男性政治家には、子育てや家庭生活と政治活動をどう両立しているのかとは聞かないのに、女性政治家には聞く」とベングソンさん。地方自治体協会の調べでは、政治家へのハラスメントやソーシャルメディアによる脅しも、女性のほうが男性に比べて20%さらされやすかった。
そこで、2021年から政治家への研修にその対策を盛り込んでいる。日本でも女性候補者や議員へのハラスメントが問題になり、男女平等をめざす法律に防止が盛り込まれ、内閣府は防止用の啓発ビデオを作っている。
日本から見ると数十年先を行っているように思えるスウェーデンだが、現状に満足していない。カールスコーガ市議のジョナス・サンドストロームさん(35)は、「ここでは与党と野党のリーダーはともに男性。それで真の男女平等といえるだろうか? それを常に自問する必要があると思う」という。