熊がプール侵入、網戸破壊、ごみ散らす…それでも住民から愛される理由　共存のまち

米フロリダ州の住宅の中庭を、3本脚のクロクマがさまよっていた。トボトボとプールへ。次に魚を飼っている水槽へブラブラと行くと、グッピーのエサが入っている容器をかみ切った。さらに冷蔵庫へ。中にあった人気の炭酸アルコール飲料「ホワイトクロー」の缶を2本つかみ、3本目はポイッと投げ捨てた。

ここは州中央部オーランド大都市圏の北に位置するレーク・メアリー市内の高級分譲地マグノリア・プランテーション（約500戸）。この3本脚のオスグマは、すみ着いているかのようによく出没し、住民から愛称すらもらっている。「三脚君」だ。

「何しろ、彼なんだから、最悪の客なんていいたくはない」とジョサリー・ファナイト・ディリオは首を振った。2023年9月初めの日曜日。自宅の庭は、三脚君が巻き散らしたごみが一面に広がっていた。まるで、招かれざる酔っ払い客たちがバカ騒ぎをした後のよう。それでも、「マグノリア・プランテーションの住民にとっては、特別な存在なのだから」とクマをかばった。

フロリダ州中央部を始めとする州内の各地域では、クマやシカといったあたりを移動する野生生物との出会いに住民は慣れている（それがヘビであっても、おかしくはない）。何しろ相手は、人間が保護区や森林に隣接した土地にしるした所有地の線引きなんてまったくお構いなしなのだ。

「クマは、ここの地域社会に出入りしており、私たちも共存することを学んでいる」とマーガレット・サマーズはこともなげに話す。マグノリア・プランテーションの不動産業者だ。

ほかのクマも、フェンスで囲まれたこの分譲地に侵入してくる。でも、三脚君ほど「悪名」高くはない。後ろ脚2本と前脚1本で、いささか重い足どりで歩く姿は、すぐに分かる。だから、覚えやすくもある。

この分譲地の住民は三脚君を見かけると、何をあさったかも含めて、フェイスブックの自分たちのページで情報を共有することにしている。車庫に侵入したり、バナナの葉を試食したり。みんな心配しているのは、その体重が増え過ぎてしまうことだ。中には、自分の通りに来てくれるのを待っている女性もいる。クマに対する住民側の適応も進んでおり、虫よけの網戸は強度にすぐれたアクリルガラスで補強されるようになった。

「クマがうちのプールに侵入してくるので、網戸の修理材のストックをなるべくたくさん買っておかないと」と書き込む住民もいた。

ファナイト・ディリオ宅に三脚君が現れたとテレビのニュースが伝えると、「お前さんは本物のセレブだね」とうらやむ投稿もあった。

そのファナイト・ディリオ宅に三脚君が来たのは、日曜日の午後5時ごろだった。ジョセフ・ディリオ（13）がテレビを見ていると、飼っているテリア犬のブルーノがクマを見つけてほえだした。ジョセフは、思わず跳び上がった。クマが、ガラス戸を破って入ってくるのではないかとパニック状態になってビデオカメラを回した。それが広く出回った。

「おいおい、そんなところに食べ物はないよ」。三脚君が中庭のクーラーまで来た場面では、ジョセフがこう語る声が録音されている。

ちょうどそのころ、ファナイト・ディリオが食料品店の買い物から息せき切って帰ってきた。敷地内に不審な動きがあることを防犯カメラがとらえ、通知してきたのだった。中庭では三脚君がグッピーのエサ用のエビが入った容器をしっかりとくわえていた。それから、屋外バーへと移動した。

「バーの戸棚はすべて開けられた。小さな冷蔵庫も」とファナイト・ディリオ。「ホワイトクローが3缶地面に落ちていた。冷蔵庫を開けて、マンゴー味とイチゴ味の缶を取り出していた」

ヘビのようにニョロニョロ進んだり、ドスンドスンと重々しく進んだり、腹ばいで動く動物といった予期せぬ訪問者は、フロリダでは暮らしの一部となっている。ビルマニシキヘビ（訳注＝ヘビの中では最大級の一つ）やアルゼンチン原産のオオトカゲ、ワニ、クジャク、アマガエル、トゲオイグアナなどが庭に侵入し、プールに飛び込み、ごみ箱を押しのけて進む。クマやシカは家のポーチまで寄ってくるし、ぶらつきついでに車庫にも入る。ファナイト・ディリオ宅にはクマが少なくとも3回押し入り、そのうちの1頭はクッキーの生地のかたまりを失敬していった。

フロリダ州魚類野生生物保護委員会の推定によると、州内には約4千頭のクロクマがおり、そのほとんどが州中央部に集中している。2100万を数える州の人口は増え続けており、居住地が拡大する中でクマの生息域が侵害されたり、寸断されたりしているという。

「クマは、食べ物を探しに森から出てくる。それを非難するのは難しい」。この委員会のクマ部門担当マイク・オーランドはこう話し、「こちらが相手の領域に割り込む。それをクマが押し返す」と両者のせめぎ合いの様子を簡潔に例える。

レーク・メアリー市では、車庫でクマに襲われた女性が出たため、人間に危害を加えることが習性になっていると見られた何頭かの危険なクマを2014年に殺処分にしたことがあった、と地元では報じられている。翌年には生息数を抑えるためのクマ狩りが、批判の対象にもなった。

州の委員会は、どうしたらクマと調和のとれた（少なくとも対立はしない）暮らしを送ることができるのか、定期的に勧告書を出している。まず、クマにエサをやるのは違法だ。ゴミ容器は、クマに開けられないしっかりしたタイプが推奨されている。ペットのエサを家の中に置くのも、おびき寄せるようなものだとしてやめるように勧めている。

それだけではない。ペットを外に連れ出すときは、ドアを強くたたいて大きな音を出したり、明かりを点滅させたりする方がよい。バーベキューをするところは、常にきれいにしておくべきだ。それに、秋という季節も考慮せねばならない。クマは食べ物が少なくなる冬に備えて、1日で2万キロカロリー分も食べるようになる、とオーランドは警告する。

クマを見かけると、委員会にはよく住民から通報が入る。でも、木に登っているとか、エサを求めてうろついているといったことがほとんどで、そのぐらいでは通報する必要はないとオーランドはいう。

三脚君は明らかにマンゴーとイチゴ味のアルコール飲料が好きなようだが、まるっきり突拍子もないということでもないようだ。「クマは何でも試そうとする」とオーランド。「彼は多分、前に缶をかんで中に何かあることを覚えたのだろう。今回はホワイトクローが入った冷蔵庫を目指しており、その風味が好きで中身を飲んだに違いない」

ちなみに3本脚のクマはほかでも見かけられている、とオーランドは指摘する。車とぶつかってひどいけがを脚に負うと、それが失われてしまうことがある。

でも、マグノリア・プランテーションの三脚君についていえば、脚が1本なくなったからといって、クマとしての行動様式を変えたわけではないとオーランドは語る。体重が300ポンド（約136キロ）にもなるこのクマを、もう10年近く前から知っている。

「繁殖期にはメスと過ごしている」とオーランド。「ほかのクマと比べれば、動作は少し遅いかもしれないが、クマはクマだ。この間のほとんどは、（まあほかに適当な言葉がないので）いわせてもらえれば『よいクマ』だった」

三脚君がファナイト・ディリオ宅に現れた4日後の木曜日に、先の不動産業者のサマーズはマグノリア・プランテーションの家を買ってくれるかもしれない顧客を現場に案内した。すると、袋小路の反対側にクマが1頭ぶらついていた。でも、客は平静だった。

「このあたりの人たちは慣れているから」とサマーズも落ち着いていた。「別に、珍しい光景ってわけでもなんでもないんだから」（抄訳）

（Christine Hauser）©2023 The New York Times

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