最初にヤスデ(millipede)と名付けた人が誰かはともかく、この名前が少し大げさであったことは、昆虫学者の間でよく知られている。millipedeは千脚を意味するが、千本の脚を持つヤスデはいなかった。
少なくとも、これまではそれが正しかった。
オーストラリアの地中深くでの発見は、millipedeの名が必ずしも間違った呼び名ではなかったことを示している。研究者たちが1300本以上の脚を持つ新種を見つけたのだ。その研究結果は2021年12月16日に学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
「ものすごく興奮した」。米バージニア工科大学の昆虫学者ポール・マレクは言う。
この生物を彼が初めて知ったのは、メールが届いた2020年の9月のこと。西オーストラリア州の環境コンサルティング会社「Bennelongia Environmental Consultants」の生物学者ブルーノ・ブザットが、目が無く、脚がたくさんある青白い生き物の写真をメールに添付して送ってきた。長さが数センチで、幅は1ミリに満たない極細パスタに似ていた。
ブザットは、地中深くに生息する細長い生き物を見つけた。そこは西オーストラリア州にある狭い掘削孔で、深さ60メートルにもなる地中だ。複数の鉱業会社が金やニッケルなどを探してそうした穴を掘っており、鉱業が野生生物に及ぼす影響を調べるために環境コンサルタントを雇っている。その一人がブザットで、彼は湿った落ち葉を掘削孔に落とし、それに食いついた青白い「細麺」8本を引き上げた。
「実は、その生き物を最初に見たとき、すぐに血が騒いだ」とブザットは言う。カリフォルニアにいる非常に長尺のヤスデと関連があると思ったからだ。そのヤスデも地中に生息していて、クリーム色で目が無く、脚は最大750本あり、暫定的なレコードホルダーだった。マレクが長い脚を持つカリフォルニアのヤスデを研究していたことがあるので、ブザットは彼に奇妙なオーストラリアの標本を送って意見を知ろうと思ったのだ。
写真でざっと数えてみると、800本以上の脚がある個体がいた。ヤスデは種類によって、成長過程で脚が増えていく可能性があるので、決定的なことは言えない。数週間後、複雑な手続きを経て、オーストラリアのヤスデの死骸がバージニアに郵送されてきた。顕微鏡を使って丹念に数えると、1306脚のメスがいた。
「びっくりした。というのは、従来のヤスデの脚数のほぼ倍だったから」とマレクは言う。「750本あれば、動物としては多脚だろう。1306というのは、かなり驚異的だ」
科学者たちは、この新種を「Eumillipes persephone(ユーミリペス・ペルセポネ)」と命名した。ユーミリペスとは「真正の千本脚」という意味で、ペルセポネはギリシャ神話に出てくる(冥界の王)ハデスに地下の世界に引き込まれた女神のことだ。
このヤスデの祖先は、ペルセポネのように最初は地表で生活していたはずである。進化の過程で、そのヤスデは地中に深く潜り始めた。オーストラリアの地表が乾燥していき、すみにくくなったからだ。
遺伝子の解析によると、ユーミリペスはカリフォルニアの超長脚のヤスデと非常に似ているが近い関係にはない。それは、地中の生環境が両方の種を同じように進化させたことを示唆している。どちらも、洞窟に生息する動物の多くのように、青白くなり、目が無くなる。両方とも大きな触覚がある。非常にたくさんの脚は、地中を螺旋(らせん)状に突き進みやすくしているのかもしれないとマレクは言っている。
やたらに長い消化管は、乏しいエサから多くの栄養分を搾り取るのに役立つのかもしれないとマレクはみている。
「すばらしい発見だ」とハーバード大学の無脊椎(せきつい)生物学者ゴンザロ・ジリベットは言う。科学者がふだんは近寄れない生息地をのぞき込んで新種を見つけるのは珍しいことではないと言い、今回の発見は未発見の多様な生き物がまだ存在する可能性を示唆していると指摘する。「我々にはそのきっかけがないだけだ」
マレクは、地中深くに生息する生き物の多様性に注目が集まってほしいと思っている。それは価値のある金属類のそばに潜む貴重な資産だ。彼はまた、ヤスデにどれだけ多くの脚があるかの記録を塗り替えることにも心を躍らせている。
「これまでの教科書はすべて書き直される必要があるだろう」とマレク。「少なくともヤスデに関する段落は、そうだ」と言っている。
マレクは、(今回オーストラリアで見つかった)8匹のヤスデが同種のすべてのサイズを代表しているわけではないことにも留意している。「もっと多くの脚をもつ個体がいる可能性がある」とみているのだ。(抄訳)
(Elizabeth Preston)©2022 The New York Times
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