ニューヨーク市ブルックリンの大きな公園プロスペクトパークで2023年2月、やせて弱った一匹のワニが見つかった。市内では、これまであちこちでワニが発見されている。当然ながら、「エッ、また?」「どうやって?」と首をかしげたくもなる。何よりも、「どうしてこんなに続くの?」という疑問が残ることだろう。
あまりにひんぱんなお出ましに、1世紀近くもささやかれてきたうわさが真実味を帯びてくる。「あいつらは、この街の下水道にすみついて跋扈(ばっこ)してるんだ」というものだ。1935年に市内のマンハッタンにあるイーストハーレムの雨水管で見つかった約8フィート(約2.4メートル)のワニが、この話の生みの親のようだ。その後も、(訳注=下水道で巨大化したワニを題材とした)米ホラー映画「アリゲーター」(1980年公開)のヒットなどで、何やら陰謀めいた趣さえ加わるようになった。
市内でのワニ発見の報は、1、2年間隔があくこともある。しかし、2018年から翌年にかけては計5匹もが市内のブルックリンとスタテンアイランドで見つかるという「当たり年」だった。
その流れでいうと、この3年間は非常に静かな「日照りの期間」だった。目撃情報があると呼ばれることの多いニューヨーク市の動物愛護センター(Animal Care Centers=以下ACC)には、2019年の報告を最後に情報は1件も寄せられていなかった、とその広報責任者ケイティ・ハンセンはいう(ACCは市内五つの各区にあり、捨てられたり、すみかを失ったりした動物に新しいすまいを探している)。
そこに、今回の捕獲のニュースが舞い込み、街中がこの話で持ちきりになった。市公園当局の保守作業員がプロスペクトパークの湖から引き揚げたメスのワニは、その後「ゴジラ」と名付けられた。
体長約5フィート(1.5メートル強)のアメリカアリゲーター(訳注=主に温暖な米南東部に生息、別名「ミシシッピワニ」)で、市内のブロンクス動物園に運ばれて健康状態をチェックされた。直径4インチ(10センチ強)もあるバスタブの栓をのみ込んでおり、「寒さで弱っていた」と動物園の声明は検査結果を伝えた。普通なら30~35ポンド(14キロ弱~16キロ弱)あるはずの体重は、15ポンド(7キロ弱)しかなかった。
ハンセンによれば、ゴジラは2018年から数えると、ACCが救済した6匹目のワニだった。
■ニューヨークのワニたち
ACCの調べでは、市内でワニの発見が続いた直近の事例は、2018年のボビーにさかのぼる。スタテンアイランドで1月にニューヨーク市警のギャング担当班が見つけた。
その年の4月には、ブルックリンに捨てられていたトビーが保護された。
翌年には、3匹が相次いで見つかった。まず5歳のアメリカアリゲーター、ポーランドが7月にACCに連れてこられた。スタテンアイランドの公園に放置されていた。9月には、ブルックリンでティックトックを警察が保護した。捜索令状を執行した上でのことだった。
翌月には、スタテンアイランドで公園の作業員がウォリーを見つけた。
最近ワニが発見された各区とACCが付けた名前は、たどることができる。しかし、それ以外の、どうACCに持ち込まれ、今はどこにいるかといった情報を探るのは難しい、とハンセンはいう。市警には、動物虐待を扱う専従班や緊急出動隊がある。しかし、ワニに特化したデータはない、と当局者の一人は首を振る。市公園当局の広報担当は、最近の記録としては2015年にクイーンズの公園と2019年にスタテンアイランドで保護した記録があるだけだと話す。
ここで頼りになるのは地元紙だ。ワニ発見の報は、なんと1815年8月までさかのぼることができる。ブルックリンとクイーンズとの境界の一部でもある小川ニュータウンクリークで、狩りをしていたジョン・T・ブラウワーが発見したという記事がある、とかつてマンハッタンの公式歴史専門員をしていたマイケル・ミショーネは指摘する。
「端的にいってしまえば、持っていたライフル銃をワニの口に突っ込んでぶっ放した」とミショーネは語る。この記事を掲載したロングアイランド・スター紙によると、仕留めたワニはその後、(訳注=珍しい)コレクションとしてマンハッタンで展示されたという。
時は移り、クイーンズの公園では日光浴をするワニが見かけられるようになった。ブルックリンでも、共同住宅の裏庭などで同じような姿が目撃された。2015年のある日の夕方には、ラッシュアワーのマンハッタンの道路を横切って運試しをする体長3フィート(91センチ余)のつわものもいた。
有名な「事件」も、20年前にあった。現場は、マンハッタンのセントラルパーク北東部にあるハーレムミーア湖。「ワニみたいだ」との目撃情報が続き、市の当局者は何日間も必死に追った。
目撃者は二十数人にものぼった。日光浴をしたり、水面からじっと目を出していたり……。広報業界の企業まで乗り出し、捕獲するためにワニを扱う専門家を南部フロリダ州から送り込んだ。
数日後、2フィート(60センチ強)近いワニがようやく捕まった。もともとは中南米にいるワニの一種、メガネカイマンであることが判明した。
■ワニはニューヨークにどうやって来るのか
ワニは、ニューヨークを生息域とはしていない。暖かな南の気候を好み、米南東部のノースカロライナ州あたりを北限としている。そのずっと北にあるニューヨークに来る一つのルートは郵便だ。でなければ、飼いたいと思う人が、しかるべく迎えにいかねばならない。
「ニューヨークでは、ワニを買うことはできない」とACCのハンセン。市内の個体数は、コロナ禍で移動が制限されていたため、減っている可能性があるともいう。
先のミショーネによると、雑誌にはワニの通信販売の広告がかなり長いこと掲載されており、古くは1930年代までさかのぼることができる。「1匹1.5ドルで注文できた。ゴムのワニが届くようなインチキではない。ちゃんと生きたのが来た」
2001年8月のことだった。配送中の米貨物大手UPSの運転手が、箱の一つが水漏れしていることに気づいた。米南東部のジョージア州からブルックリンの個人宅あてに発送されていた。
ブルックリンのUPS配送センターで箱を開けてみると、体長5フィート(1.5メートル強)もあるワニが出てきた。口と手足を粘着テープで縛られ、必死にもがいていた。
「生き物が中に入った荷物は、受け付けないことにしていた」とUPSの広報担当ノーマン・ブラックは当時の決まりを説明し、「ワニだったら、なおさらのことだっただろう」と付け加えた。
■捨てられたワニはどうなる
郵送されたワニは、届いたときはかわいいかもしれない。しかし、あっという間に成長し、飼う場所に困るようになる。郵送自体は、少なくとも赤ちゃんワニについては適法だ。ただし、ニューヨーク市当局によると、市内ではペットとして飼うことは禁じられている。
捨てられているのが見つかったり、警察が押収したりすると、動物園かワニなどの爬虫類(はちゅうるい)を保護する団体のもとに送られる、とハンセンは話す。ただし、それからどうなるのかについてのはっきりとした情報は持ち合わせていない。ブロンクス動物園の広報担当は、今回のゴジラの事例を踏まえ、ワニに関する警察の対応についてこう説明した。「ニューヨーク市のポータルサイトNYC311にあるように、違法なペットの飼い主は市内各区にあるACCにそれを持っていく決まりになっている」
そして、「そうしさえすれば、違法行為の責任を問われることもない」といい添えた。(抄訳)
(Hurubie Meko)Ⓒ2023 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから