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あなたの祖先にもネアンデルタール人が ノーベル賞ぺーボ教授と長谷川のんのさん対談

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ノーベル賞を受賞したスバンテ・ぺーボ教授(右)と長谷川のんのさん=ジャン松元撮影

進化人類学分野でのノーベル賞「予想していなかった」

長谷川 ペーボ先生がノーベル賞を受賞したことで、科学者ではない多くの人が、ネアンデルタール人やデニソワ人などについての新しい発見を知るようになりました。このことがどれほどすごいことなのか、科学者でない一般の人たちに伝わっているでしょうか。

ぺーボ とても幸運なことに、一般の人々も私たちの研究成果に非常に興味を持ってくれていると思います。私たちがしている研究は、比較的人々に説明しやすいタイプの科学だと思います。

「自分のルーツがアジアやヨーロッパなら、あなたの祖先の一部が、実はネアンデルタール人で、彼らは現代人と多少なりとも交雑してきた」「たとえばウイルスに感染したときに、病原体にどう対処するか。あるいは、痛みをどう感じるか。そういうものに古代人の遺伝子が影響している」という考えに、多くの人々が非常に魅了されていると思うのです。

長谷川 確かにそうですね。物理学者である夫も研究のあらましを知っていましたし、とても興味を持っていました。必ずしも生物学者や人間を研究する人たちではない人たちが、とても興味を持っているのが分かりました。

ぺーボ そのあたりはこの分野の特権だと思います。科学の世界には、がんや病気を治すことなど、より重要だと主張できる研究分野がたくさんありますが、一般の人にその研究内容を伝えるのは難しいですからね。

スバンテ・ペーボ教授

長谷川 ノーベル賞受賞の知らせを受けたときは、何をされていたんですか?

ぺーボ その時ですか?友達の家に泊まりに行った娘を迎えに行こうと家を出たところでした。

長谷川 受賞の予想はされていました?それとも驚きましたか?

ぺーボ いや、まったく驚きました。とても意外でした。なんとなく、私たちがやっている分野は、ノーベル賞とは相性が悪い気がしていたんです。発表があることも意識していませんでした。

長谷川  本当に驚かれたんですね。期待して待っていたというわけではないんですね。

ぺーボ ええ、 電話のそばで待っていたわけではありません(笑)

長谷川 私は毎年ノーベル賞を追っているわけではありませんが、改めて見てみると、このような分野では過去の受賞は全然ないんですね。

ぺーボ そうですね。社会人類進化論でほぼ初のノーベル賞だと思います。

長谷川 とても重要な分野なのに、いままでなかったということが驚きでした。

ぺーボ ノーベル賞が設定するカテゴリーがありますから。彼らの好みに従わなければならないので(笑)

現代人に残る古代人の遺伝子変異の影響

長谷川 ネアンデルタール人の遺伝子の研究成果で、 私たち現代人にとって最も重要で有意義なものは何でしょう?

ぺーボ 私たちは、洞窟を発掘して、誰が住んでいたのか、何が起こったのかを調べる考古学者のようなものだと言うこともあります。私たちはゲノムを発掘して、私たち現代人がネアンデルタール人と非常に近い関係にあることを突き止めたのです。

そしてその遺伝子が、少ない酸素のなかでもよく動けるとか、痛みに対する感覚や流産のリスク、感染症への対処の仕方などにも影響を及ぼしていることが分かったのです。

長谷川 ネアンデルタール人の遺伝子に関連する形質のうちいくつかは、いまの私たちも持っていると。新型コロナウイルスにかかるリスクなどにも影響があるとのことでした。

ぺーボ ネアンデルタール人に由来する遺伝子の変異に注目すると、いろいろな特徴がありますね。おっしゃるとおり、新型コロナウイルスに感染した場合に、重症化する可能性が高くなるネアンデルタール人由来の変異があります。別の遺伝子の変異には、逆に症状を軽くするものもあります。

他にも、例えばプロゲステロン受容体の変異があります。このホルモンは、子宮を妊娠のために準備するのに重要なホルモンです。そのホルモン受容体のネアンデルタール人由来の変異が、早期流産から身を守ってくれるのです。

このように、現在でも非常に大きな影響力を持つ変異がいくつもあります。

長谷川 ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子が残っている割合が、地域によって違うとか?

ぺーボ アフリカ以外の人のDNAの2.5%は ネアンデルタール人に由来します。 ニューギニアのオーストラリア先住民の人はこれに加え 約5%のDNAを デニソワ人から受け継いでいます。

長谷川 現代人は、ネアンデルタール人とデニソワ人のどちらが近いんでしょうか? 

ぺーボ ネアンデルタール人とデニソワ人は姉妹グループなんですね。つまり現代人、ネアンデルタール人、デニソワ人の共通の祖先がいたのです。

それが約5、60万年前のことですね。そして、約40万年前にネアンデルタール人とデニソワ人が枝分かれしました。

そしてこのグループは互いに出会ったときに交雑します。シベリア南部の山中にある洞窟では、父親がデニソワ人で、母親がネアンデルタール人の女の子を見つけたんです。

OISTで行われた対談

始まりはミイラ 古代のDNA抽出はコンタミとの戦い

長谷川 最初の興味はエジプトのミイラだったとか。ミイラに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

ぺーボ よくある、多くの子供がそうだと思うのですが、遺跡や発掘物に興味を持っていたんです。そして10代の前半に母に連れられてエジプトに行きました。それが私に大きな影響を与えたんです。

長谷川 そこから、古人類やネアンデルタール人の研究をすることになったんですね。

ぺーボ 最初は、人類の歴史や古代のことを研究できないかと考えていました。しかし、現代人のDNAのコンタミ(混入)を取り除くのが非常に難しいことが分かったんです。

それで長い間、古代の絶滅した動物を使って混入を除去する方法を研究しました。シベリアマンモスなどの組織を得るのは(古代人より)簡単でしたので。

そして、その後ドイツで仕事をすることになり、改めて目指していた古代の人骨の研究をするようになったのです。ネアンデルタール人というのはとても大きな存在ですから、やはりそれを研究したかった。

長谷川 ネアンデルタール人のゲノムを最初に発表したけれど、実はコンタミだったというお話があったと思いますが、そのとおりでしょうか?

ぺーボ いえ、それはネアンデルタール人のDNAではないですね。私が最初にDNAがあらゆる組織で生き残れるかどうかを調べたのは、古代エジプトのミイラでした。たった3000年ほど前のもので、とても良い状態で保存されていました。

顕微鏡の切片を染色して、その細胞核に保存されている古代のDNAがあることを示すことができたのです。そのDNAを抽出し、バクテリアの中からヒトのDNAを取り出し、それを発表しました。

しかし、これらの最初に発見した配列は、今にして思えば、明らかに汚染されたものでした。おそらく私自身のDNAか、キュレーターの物が混じったんでしょう。

長谷川 少し専門的な話になりますが、DNAの抽出方法をどのように最適化したのですか?あらゆる種類のコンタミを防ぐ方法は?

ぺーボ 紫外線を当てたり、すべてを漂白剤で洗ったり、クリーンルームのように空気をろ過したり、検査して汚染しているDNAがないかを調べたりするんです。

スバンテ・ペーボ教授

長谷川 そのような最適化した方法にたどり着くまで、どれくらいの時間がかかりましたか?

ぺーボ 実際は、現在も進行中と言えますね。この30年間は、この技術を向上させるための継続的なプロセスですから。

長谷川 研究者として成功するための重要なターニングポイントのようなものはなんだったのでしょうか。

ぺーボ (ドイツの大学で)正教授の職を得たことで、初めて自分自身で研究プロジェクトを立ち上げることができたことでしょうか。そして、ネアンデルタール人の骨を入手できたことですね。ネアンデル谷、ネアンデルタール人の名前の由来になった場所から出土したものです。

長谷川 研究職以外のキャリアを考えたことはありますか?

ぺーボ 医学を勉強していました。医学の勉強を始めたのは、多少なりとも医学の研究に興味があったからです。でも、自分が思っていた以上に患者さんを診るのが好きだということに気づいたんです。そこで、臨床医になるべきか、研究をするべきか、ちょっとしたミニ・クライシスがあったんです。そして、研究をして博士号を取得し、また戻ってくることができるのではないかと考えたんですが……まだ医学に戻ってはいませんね。

長谷川 これまでのキャリアで一番悔しかったことは何ですか?

ぺーボ 私はとてもラッキーでした。あまり悔しい思いをしたことがないので、本当に、何が一番悔しいかと言われると難しいのですが......。
そうですね。もちろん、うまくいかないこと、うまくいってほしいことはたくさんありますが、それはゲームの一部であり、ほとんどの実験は失敗します。 それは、経験を積んでいくうちに、それが好きになり、イライラしなくなるのかもしれませんね。

長谷川 お書きになった本(2014年、ペーボ博士が自身の科学的発見と研究生活のエピソードを交えながら、ネアンデルタール人のDNA研究について執筆した 『ネアンデルタール人は私たちと交配した』)では、とても率直に悔しい思いをしたと書いてましたが。

ぺーボ ああ、そうでしたか?自分のキャリアをどう振り返るかどうかによりますが、私は大きなフラストレーションはなかったと言っていいと思います。

確かにその瞬間には大きなフラストレーションがありました。でも、人間は自分の人生について美化しますよね。そして、私はたぶん、ポジティブなことを記憶する傾向がある人間なんだと思います。

楽しいと思うことを追求 科学の敵はヒエラルキー

長谷川 シニア研究者としてのペーボ先生に、 ひよっこ研究員としてお聞きしたいのですが、 どうしてそんなに長く情熱を持ち続けることができるのでしょうか?研究がとにかく好きだからでしょうか?

ぺーボ ある意味ではそうですね。自分一人の好奇心もですが、実は非常に集団的なものでもあるのです。学生やポスドク、技術者たちがチームを組んで取り組んでいますよね。そのチームが生み出す熱狂に、私も乗せられているような気がします。

長谷川 大学院生にするアドバイスで、一番大事なもの、あるいは経験則のようなものは何でしょうか?また、学生たちに伝えていることはありますか?

ぺーボ 相手がどのレベルかによりますが……。一般的に、人々は何をすべきかについて悩んでいます。私は、自分が楽しいと思うこと、面白いと思うことをやるべきだ、と言うことが多いです。

興味があること、楽しいと思うことは、だいたい自動的に割と得意になるものです。苦手なことは嫌いになりがちですが、そうすれば少なくとも、それをやっている間は楽しい時間を過ごすことができるはずです。

長谷川 ペーボ先生の指導教官、博士課程の指導教官はどのような方でしたか?自分がやりたいこと、学生がやりたいことは何でもやらせるような人でしたか?

ぺーボ 密接に指導するスタイルで、彼のマネジメント方法のようなものをいくつか受け継いでいます。週に一度、進捗状況や今後の予定について話し合うウィークリーミーティングは、とても有効だと思います。

指導教官としては、平等にしようと務めますが、成績の悪い学生よりも成績の良い学生と話をしたいと思いがちなんです。もっとも、良い結果を出しているときは、相談する必要はないんです。そのときはとにかくハッピーで、次のステップもわりとはっきりしている。

結果が出ない、悪い結果が出たときこそ、助けが必要なのです。でも、教官も人間です。悲しい人よりも楽しい人と話したい。だから、週に1回、みんなに会って、ある程度平等に、みんなが自分のことを話し合う機会を作っています。それがアドバイスの一つになっているのかもしれませんね。

長谷川のんのさん

長谷川 科学研究者の間での男女の割合の変化について、お気づきになったことはありますか?例えば、今は女性の研究者の方が多く、キャリアステップも違うというようなことですが。

ぺーボ 女性の教授が増えましたね、今は。私がスウェーデンにいた80年代には、すでに女性の大学院生がかなり多かったと思います。

長谷川 日本の女性研究者の数の話をすると、日本では女性も男性も、女性は科学的なキャリアを追求しない方がいいという意見があります。実際学士号以上の学位を取得する女子学生はそれほど多くはありませんし、そうすべきではないという意見もあります。それについてどう思われますか?

ぺーボ もちろん、誰もが自分のやりたいこと、得意なことをやればいいのです。

日本には著名な女性科学者と呼ばれる人たちがたくさんいます。ですから、参考になるようなロールモデルがありますし、私は皆さんに、自分が選んだ道を進むことをお勧めします。自分の天職を見つけるのです。

長谷川 日本人の場合、社会的な圧力や同調圧力が本当に強いので、より大変だと思います。無意識のうちにそういう考えがあるので。そして、お気づきかも知れませんが、日本人は目立つこと、人と違うことをすることをとても恐れます。

ぺーボ 一般的に、科学は非常に反権威主義的な営みであると言えるでしょう。

上司が間違っていること、みんなが思っていることや、教科書に書いてあることが間違っていることを、少しでも示したいと思うのは、ほとんど科学者の習慣です。私が言うところの刺激というか、良い意味でそうしようとするものなので、非常にヒエラルキーのある構造は科学にとって良くないと思います。

(日本については)ある国について一般化するのはいつも躊躇してしまいますが…。そうですね。しかし、上司を恐れるような非常にヒエラルキー性の高い構造であれば問題です。例えば、バカなことを言うのを恐れているような場合です。

それに対抗する良い方法は、逆に上司が自分からおかしな質問をすることです。私はあなたよりずっと知らないし、わからないことがあれば聞く、それはみんながすべきことです。男も女も関係なく。

そういうことは、地位が高くなりがちな人間にありがちな問題だと思うのですが、それに対して対抗しないと。

その意味で、ノーベル賞というのはとても良くない物ですね。なぜなら、それは何らかの形で「地位」になるので。このノーベル賞を受賞したことによって、何かを恐れるとすれば、私が間違ったことを言っても、もう誰も指摘しないということですね。

長谷川 博士のワークライフバランスはどのようなものでしたか?例えば、博士課程にいた頃、研究室を立ち上げた頃、そして現在の研究者として確立されたキャリアを築くまで。

ぺーボ んん…それは本当は妻に聞くべきことなんでしょうね。

長谷川 彼女に聞いた方が良いかもしれませんね(笑)。

ぺーボ 独身の頃は、大学院生やポスドク初期の教員として良く働いたと思います。その後、本当に大きく変わったのは、子供ができたことです。

最初の子供が生まれたのは、私が50歳のときでした。ある意味では、仕事ができて、週末も休めるというのは、とてもいいことだったと思います。

長谷川 お子さんはおいくつですか?

ぺーボ 10歳と17歳です。

長谷川 子育てでポリシーはありますか?子供たちにもっと生物学に関連したことをさせたいのか、それともただ好きにさせているんでしょうか。

ぺーボ 自分の興味は自分で見つけるべきですね。何に興味を持つべきか、親が意見を持つべきだというのは非常に危険なことだと思います。逆効果になるかもしれないので。

長谷川 まさに私が経験したことです。親が私があまりやりたくなかった課外活動をさせようとしたこともありました。確かに逆効果になりがちなんでしょうね。

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