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「フェイクニュース」はこうして社会を蝕んでいく ノーベル平和賞受賞者の警告

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フィリピンのネットメディア「ラップラー」の創業者で最高経営責任者のマリア・レッサさん
フィリピンのネットメディア「ラップラー」の創業者で最高経営責任者のマリア・レッサさん=ラップラー提供

――今日(インタビュー日)は2月25日。フィリピンでマルコス独裁政権を打倒した「ピープルパワー革命」から36年の記念日ですね。

私が報道に携わって36年の年でもあります。(幼い頃に渡った米国の)プリンストン大4年生の時に、この革命を報道で見たことが、自分がフィリピン人であることの意味を考えるきっかけになった。ルーツをたどるため1年間フルブライト奨学生としてフィリピンに行き、そのまま政府系テレビ局を皮切りに、CNNの支局や、民放のABS-CBNなどで働き、2012年にネットメディア「ラップラー」を立ち上げました。

いま、歴史の繰り返しを感じています。皮肉なことに36年たってまた「マルコス」が大統領選に出馬している。5月の選挙が心配です。事実の完全性がないところに選挙の完全性などありえませんから。2月24日にはロシアがウクライナに侵攻し、ここでも歴史の巡りと情報の強い影響力を感じます。

――フィリピン大統領選を前に、1月の民間調査では、マルコス元大統領の息子であるボンボン・マルコス氏が60%もの支持率を得ています。人気の背景に何があると考えますか。

まず何より、マルコス家の歴史が何年にもわたって塗り替えられてきたことがあります。ラップラーでは2019年、マルコス家がネット上の情報操作によって歴史上の出来事を変更したり過大に見せたりし、大統領の座を狙ってきたことを3回にわたって報じました。

マルコス家やドゥテルテ大統領の支持者が集まるフェイスブックページなど、SNS上に「隠された事実」などとうたった情報が掲載され、インフルエンサーらが協力して組織的にシェアし、拡散してきたことがわかりました。あたかも歴史家や主流メディアが意図的に隠してきた事実であるかのように伝え、信頼を傷つけています。

マルコス元大統領の長男、ボンボン・マルコスを支援する日本在住のフィリピン出身の人たち
マルコス元大統領の出身地で、長男ボンボン氏(中央)、長女アイミー氏(右)が知事を務めた北イロコス州の庁舎にあるマルコス一家の写真パネル。左は妻イメルダ氏=2016年、鈴木暁子撮影

フィリピン最高裁は2003年、マルコス元大統領夫妻の公務員としての収入を超えた資産取得を正当化できないとして、押収できた分を没収しました。ですがSNSでシェアされる情報の中には、妻のイメルダ氏が資産に関連する「すべての訴えに勝訴した」だとか、マルコス家が保有すると言われる金は、「マハルリカ王国」という存在を証明できない国の王族から贈呈されたものだ、といった事実ではない内容が拡散しています。

こうしたうその情報ネットワークは少なくとも2014年にはでき上がっていました。ロシアによる情報操作があったウクライナ危機の年です。ソーシャルメディアが地政学的な力に利用されうることは当時からわかっていました。

フィリピンではこうした手法がマルコス家の悪いイメージを消し去り、(ドゥテルテ大統領の長女で副大統領候補の)サラ・ドゥテルテのキャンペーンにも使われている。狡猾(こうかつ)に、民主主義を殺そうとしています。

■うそが現実まで変える

――ボンボン・マルコス氏の支持はフェイクニュースが大きな役割を果たしたと見ているのですね。

(複数の悪いことが同時に起こる)パーフェクトストームといえると思います。

まずフィリピンでは正しい歴史が伝えられていない。またマルコス家が国から奪った隠し資産がいまだに返還されないことからもわかるように、司法制度が適切に機能していない。さらにそこへ情報操作がなされ、「マルコスは英雄だった、人々を殺すことも泥棒政治もしなかった」などとうその情報を伝えている。大統領候補のボンボン・マルコス氏は、父マルコスの偉功を前面に出した選挙キャンペーンを展開しています。すべてが情報をとりまくエコシステム(収益や拡散など全体の環境・構造)によってなりたっている。

こうしたことは現実まで変えていきます。人々は今や、マルコスは英雄で、戒厳令は素晴らしかったと信じている。マルコス家は政治の世界にカムバックし、マルコス元大統領の遺体はドゥテルテ大統領の承認を得て「英雄墓地」に埋葬されました。ウクライナでいま起きていることと同じです。ロシアとウクライナのどちらが攻撃したのか、それともフェイク映像なのか、何を信じていいのかわからない。これがフィリピンの人々がおかれている状況です。

多くの研究が示すように、昨今、人々は「どう考えるか」ではなく「どう感じるか」にもとづいて投票をする。ソーシャルメディアは人の感情を操作するプラットフォームだからです。

米フェイスブック(現メタ)の内部告発者フランシス・ホーゲンさんが大量の資料を公開しましたが、アテンションエコノミー(人々の関心や注目が経済価値を持つという考え方)の時代に、ソーシャルメディアは何とか人々の関心を集めようと戦っている。画面をスクロールし続けるあなたには怒りやヘイトが供給される。今日の最大の問題だと思います。

フィリピンのドゥテルテ大統領
フィリピンのドゥテルテ大統領=2017年、マニラ、鈴木暁子撮影

――ドゥテルテ大統領がボンボン・マルコス氏の舞台の幕を開けたという人もいますが、ドゥテルテ氏はなぜあれほど国民に支持されたのでしょう。

やはりパーフェクトストームがありました。富が最貧者までまわらない中、世界各地でポピュリストが台頭しました。

同時期に米国大統領に就いたトランプ氏とドゥテルテ氏はよく似ています、性差別的で女性蔑視の極みであり、社会が必要とする制度構築とは逆の方向に進んでいった。フィリピンではエリート政治への批判も人気を支えました。ドゥテルテ氏はビールを一緒に飲むおじいちゃんといった感じで、話し方一つとってもこれまでの権力者とは違う印象がありました。ですが6年たって、支配層が富と権力を増やす新たな泥棒政治がなされてしまったと思います。ドゥテルテ政権のコロナ禍への対応もひどいものでした。

ここでも情報を取り巻く構造と、デジタル権威主義の台頭を切り離すことは出来ません。それがなければポピュリストは当選できたでしょうか? 当選したとしてももっと時間がかかったでしょう。フィリピンでは民主的な選挙で社会基盤を粉々にするリーダーが選ばれた。デジタル権威主義が政権を握ったブラジル、インド、そしてミャンマーにも同じことが言えると思います。

■「情報操作の実験場」

――フィリピンは世界的な「民主主義後退」の先頭を走っているように見えます。なぜフィリピンなのでしょう。

ケンブリッジ・アナリティカ(ロンドンにあった選挙コンサルティング会社)の内部告発をしたクリストファー・ワイリーさんに直接話を聞いたことがあります。ドゥテルテ政権前の2015年11月に社長がフィリピンを訪問し、ドゥテルテ氏の応援をする人たちと写真に写った記録があるそうです。ワイリーさんによると、フィリピンは彼らが集団情報操作の戦略をテストした国で、うまくいけばその手法を西側諸国に持ち込もうと考えたと話していました。つまりフィリピンはモルモットで、ターゲットは西洋の国々だったというのです。

なぜフィリピンだったのか。2016年に、フィリピンは最初に倒れたドミノでした。ドゥテルテ氏が大統領選に勝利し、その1カ月ほど後にイギリスの国民投票で欧州連合(EU)から抜ける「ブレグジット」が支持多数となり、そして11月にはトランプ氏が米国大統領に就いた。

今年は同じように重要な年になると思います。5月にフィリピン大統領選があり、その後ケニア、フランス、ブラジルで大統領選、米国で中間選挙がある。情報のエコシステムが是正されない限り、そして完全なる事実を手にすることができるようにならない限り、これらすべての選挙で操作がなされるでしょう、誰にも気づかれることなく。

ノーベル平和賞授賞式でのマリア・レッサさんと、ドミトリー・ムラトフさん
ノーベル平和賞授賞式での演説を終え、肩を寄せ合うフィリピンのネットメディア「ラップラー」代表マリア・レッサさん(中央)と、ロシアの独立系リベラル紙「ノーバヤ・ガゼータ」の編集長ドミトリー・ムラトフさん(右)=2021年12月10日、オスロ、金成隆一撮影

――ノーベル平和賞を受賞後、「マリア・レッサは実はインドネシア人だ」といったフェイクニュースがあると明かしていました。これまでどんな攻撃を受けてきたのですか。

国連教育科学文化機関(UNESCO)が私に対するおよそ50万件のソーシャルメディアの攻撃を調査分析したことがあります。6割は私のジャーナリストとしての信用を損ねる目的で流され、4割は私の人格を否定し傷つけるための内容でした。

私が攻撃されたのは政府の責任を問うたからです。「麻薬戦争」で多くの人が警察によって目の前で殺されました。私たちを止めようとターゲットにされたのです。ブラジルのボルソナーロ政権を批判した記者はユーチューブで攻撃されましたが、フィリピンでは米国と同じようにソーシャルメディアで攻撃されます。

うそも100万回いうと事実になってしまう。ドゥテルテ大統領は2017年の施政方針演説でもラップラーを批判しました。ジャーナリストはイコール犯罪者であるかのように、それがうそであってもダメージを受けます。

私は若い頃から、すべての人を満足させることは決してできないと学んでいました。自分の価値判断を信じることが大事です。ジャーナリストとしてミッションを続けること。私たちがいなければ状況はもっと悪かったと思います。

――フェイクニュースにどう対抗しようとしていますか。

私たちが対応を始めて6年になります。ラップラーがユニークなのはデータを重視する点です。2016年から「インターネットの武器化」のシリーズ記事を始めました。その中の一つは、いかにフェイスブックのアルゴリズムが民主主義に影響を及ぼすかという記事でした。

このほか三つの柱でフェイクに対抗してきました。

一つ目はテクノロジーです。私は各地でアルゴリズムの拡大を規制するよう呼びかけてきました。問題は私たちのプライベートな経験が抽出され、行動予測に使われることです。個人が企業や政府のターゲットになる監視資本主義は、データプライバシーや安全性、独占禁止など現代の大きな問題のすべてに関わっている。ソーシャルメディアプラットフォームがお金を稼げることがわかります。

ラップラーでは自分たちのテックとしてライトハウスという名の独自のプラットフォームを作り、ウェブサイトを運営しています。ソーシャルメディア上ではもはや事実に基づいた議論をすることは不可能です。そこで証拠や事実に基づいた議論ができるスペースを作ったのです。今後、ウェブサイトを訪れる利用者に様々な活動の呼びかけもできるようにしようとしています。

二つ目はジャーナリズムです。その存続のために私は独立系メディアを支援する「International Fund For Public Interest Media」という基金の共同代表になりました。立 ち上げたばかりで活動はこれからですが、日本の皆さんにもぜひ資金支援で協力していただきたいです。

三つ目はコミュニティーです。選挙を前に、ソーシャルメディアはうその情報の拡散を許しています。そこで信頼のもとに集まり行動するコミュニティーをつくれないかと考えたのです。150以上の報道機関や市民団体、企業団体、協会、人権団体などとパートナーシップを組んだほか、研究者といかにデマが私たちに影響を及ぼすかを研究し、弁護士らとも手を組んでいます。暫定的な取り組みではありますが、指をくわえて見ているわけにはいかないからです。

いかに権力が腐敗し、ソーシャルメディア上で刑事罰を受けることもなく情報操作がなされているかということは大きな問題です。アジアのジャーナリストはまだ十分にこの問題と格闘できていないのではないかと思います。

オンラインでインタビューに応じるマリア・レッサさん
オンラインでインタビューに応じるマリア・レッサさん=鈴木暁子撮影

――ノーベル平和賞はロシアのドミトリー・ムラトフさんとともに受賞しました。ロシアとフィリピンの記者が受賞したことの意味をどう考えますか。

いかに世界が不安定かということを示していると思います。前回ジャーナリストが平和賞を受賞したのは1936年、彼はナチスの収容所にいて授賞式に出ることはかなわなかった。ノーベル委員会は、ナチスが台頭した当時のような危機的状況に世界があると認識しているのです。

1986年のフィリピンの「ピープルパワー革命」は韓国の民主化をはじめ、平和を目指す世界的な動きのはじまりだった。ですがまるで歴史が巻き戻されたように、私たちは歴史のサイクルをもう一回繰り返そうとしている。今日の最大の問題は、情報をめぐる構造が腐っていることです。実社会でもコロナのウイルスと闘ういま、うそのウイルスに人々が感染して世界を見る目を変え、怒りとヘイトをばらまいて、世界を悪い方向に向けてしまっている。

第2次世界大戦後、国連や北大西洋条約機構(NATO)をつくって原爆が二度と落とされないよう取り組んできたように、うそを事実よりも早く拡散させるソーシャルメディアの腐敗に国際機関とともに対応すべきときです。