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蛇料理の名店、閉鎖に追い込まれた 新型コロナでテーブルから消えた野生動物

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蛇肉料理店の入り口にあった名物料理「水蛇粥」の看板。「蛇」が「福」と書かれた紙で覆い隠されていた=2020年5月15日、広州

「食在広州(食は広州に在り)」という言葉をご存じだろうか。世界に誇る中華料理の一つ、「広東料理」の魅力をわかりやすく伝える名言だ。4年前、広州支局に赴任したが、正直、私は薄味の広東料理よりも、辛い四川料理の方が好きである。広東料理の探求を怠っていたら、帰任の辞令が出てしまった。これは、まずい。「食在広州」の意味を確かめずして、日本には帰れない。広州料理を食べ歩きながらこの地の食文化を探っていると、新型コロナウイルスが中国の食文化に及ぼしたある影響に行き当たった。それは「野味」だ。(朝日新聞広州支局長・益満雄一郎、写真も)

【前編を読む】「食は広州にあり」は本当か 食べ歩いたら、この地の人柄が見えてきた

広東料理が育んできた伝統にも、新型コロナウイルスは影を落とす。

「広州ナンバーワンの蛇肉料理」とインターネット上で称賛されたレストランが今年早々、閉鎖に追い込まれた。

5月、今はもう営業していない店を訪れて、驚いた。入り口にはもともと、蛇肉を煮込んだ名物のおかゆ「水蛇粥」という文字が目立つように書かれていた。ところが、その後、「蛇」の文字の上に「福」と書かれた縁起物の赤い紙が貼られ、「水福粥」に変わっていたのだ。

何も「蛇」という文字を覆い隠さなくても……と思わないではないけれど、野生動物が新型コロナの感染拡大に関係したとみて、中国の「国会」の常設機関が「野生動物をみだりに食べる悪習の廃止」を決定した。店の経営者が閉鎖後に、お上の反応や社会の冷ややかな雰囲気を忖度し、紙で隠したのかもしれない。

店のメニューには、から揚げや炒め物、スープから、なんとスイーツまで数多くの蛇肉料理があった。近くで談笑していた高齢の男性は「肉厚でおいしかったのだけど残念だ」と話した。

何でも食べると揶揄される広東省では、古くから野生動物を食べる「野味」という習慣がある。とりわけ蛇はセンザンコウ、ハクビシンと並ぶ人気の動物だ。牛や豚、鶏といった食肉が簡単に手に入るのに、なぜ野味が続けられてきたのか。中国では、「野生動物の肉は人間の身体に良い」と広く信じられている。実際は養殖が少なくないのだが、自然の中で育ち、人工飼料や薬品を体内に取り込んでいないというイメージが先行しているのだ。市場の周辺にある専門料理店は、ビジネスの接待の場として利用されることも少なくなかった。

広州の市場ではかつて、野生動物が堂々と販売されていたが、2002~03年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が拡大した後、ほぼ消えていた。売買されていたハクビシンが感染源とされたからだ。だが、一部の市場ではまだ残っていたとされる。

食用ネズミを養殖していた業者は、コロナ禍で「今度こそ野味は一掃されるだろう」と話す。

でも私自身は懐疑的だ。中国は野生動物の食用の取り締まりに乗り出したが、規制をくぐり抜ける人はいるだろう。長い年月をかけて定着した食習慣は簡単になくならない。これまでの中国経験から、そう思うのだ。

■広州でも高まる四川料理人気

新型コロナよりも、広東料理を揺るがすかもしれないのが、世代の壁だ。中国では今、刺激的な味を求める若者を中心に四川料理の人気が高まっているのだ。

地元で「オシャレ」とうわさになっている、四川料理店「宋」を訪れた。

高層ビルが立ち並ぶ広州中心部の商業施設。客席からガラス張りの大きな厨房が見える。シェフが振り上げる中華鍋から大きな炎があがる。最も目を引くのは、約4000万元(約6億円)をかけた派手な内装だ。鳥の翼をイメージした装飾が施され、ガラス製の40万枚もの羽毛が見る人を魅了する。

鳥の翼をイメージした現代的な装飾が話題の四川料理店「宋」

18年7月にオープンし、わずか1年後にミシュランの一つ星を獲得した。経営者の宋海洋さん(33)は「開店以来、行列ができなかった日はありません」と胸をはる。

広東省は中国で最も早く改革開放の波に乗り、経済発展をとげた。裕福な市場に新鮮な食材が集まり、高給を得ようと腕利きの料理人が省都の広州をめざした。「味にうるさい人が多い広州は、最も難しい市場だ」。負けん気の強い宋は逆張りの四川料理で勝負を挑んだ。

広州で四川料理店「宋」を経営する宋海洋さん

唐辛子など香辛料をふんだんに使った独特の辛さやしびれる味覚にこだわり、「最も正統派の四川料理の味を提供している」と宋さん。一方、フォアグラ入りの麻婆豆腐など斬新なメニューも用意し、四川料理の新たな境地を開いている。

どれどれ、エビのピリ辛あんかけや、ネギやニンニクを辛口のタレと絡めた豚肉の料理などを試食してみる。うーん、参った。四川好きを自称しながら、広東もいいなと浮気しつつあった私の舌は、もはや、行き先を見失った迷子状態だ。

「いったん辛い味に慣れてしまった人は、薄味に戻ってこない」──。広東料理の業界でそんな危機感が高まっているのも、うなずける。

広州の四川料理店「宋」の厨房で調理するシェフ

しかし、そこは広州の料理人。敵地へ果敢に攻め込む広東料理店もある。

老舗チェーンの「点都徳」は、上海や南京に計8店舗を構え、四川省にも出店計画がある。スローガンに「昔ながらの広州の飲茶文化の伝承」を掲げ、本場の味で新たな市場の開拓をめざす。

広州の街を歩くと、庶民的な広東料理の食堂がたくさんある。わずか10元(150円)余りでお腹いっぱいになる。安くておいしい店を見つけると、お得感が倍増する。

■広東料理のDNAとは

百花煎醸鴨掌=広州の広州酒家

今回、「食在広州」の意味をたどって、本場の広東料理の魅力をたっぷりと味わった。伝統料理がその地域が育んできた文化を反映するとすれば、広東料理には、開放的な「DNA」が凝縮されている気がする。

広東省は古くから、日本を含め外国に多くの人材を送り出すなど海外志向が強く、隣の福建省と並び、「華僑の故郷」とも称される。横浜の中華街に広東料理の店が多い背景にはこうしたルーツがある。

最近は中央政府の統制が強まっているが、中央の政治権力から微妙に距離を置くリベラルな気質もある。4年近く生活し、遠く離れた北京とはまた異なる多様な中国の一面を見た気がする。

任期中、楽しいことばかりではなかった。何度も文化や習慣の違いなどの困難にぶつかったし、民主化や人権問題の取材では当局の妨害を受け、不愉快な思いもした。しかし、支局の同僚や地元の取材先、友人らに支えられ、なんとか無事に任期を終えられそうだ。最後に伝えたいことがある。広州は美味だけでなく、人情味もあふれる街だということだ。謝謝!