日本では、薬などで死期を早める「安楽死」についても、本人の意思を尊重して延命治療を中断する「尊厳死」についても、認める法律はない。
「楽にしてほしい」と患者や家族が医師に頼み、薬を使って「安楽死」した事件は戦後、複数あった。
医師による初の「安楽死」とされるのが、1991年の東海大学病院事件だ。医師が末期がん患者の家族に要請され、治療を中止した後に薬物を注射。患者は亡くなった。横浜地裁は95年、殺人罪に問われた医師を有罪とし、判決の中で安楽死が許容されるとしても(1)耐え難い肉体的苦痛(2)死期が迫っている(3)苦痛を取り除く方法を尽くしほかに手段がない(4)患者本人の安楽死を望む意思が明らか――の要件があると示した。
2002年には、1998年に患者の気管内チューブを抜き、筋弛緩(しかん)剤を投与したとして、川崎協同病院(川崎市)の医師が殺人容疑で逮捕された。東京高裁は2007年、「(いわゆる尊厳死についての)法律の制定やガイドラインの策定が必要」と指摘した。
2006年には、富山県の射水市民病院で医師が人工呼吸器を外し、患者が死亡していたことが表面化した。川崎と射水の事例が延命治療の中止についての議論を加速させたとされる。
厚生労働省は2007年5月、初の指針となる「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」をまとめた。適切な説明と同意に基づき、患者本人が意思決定することを原則に掲げた。ただ、治療を中止できる具体的な条件には踏み込まなかった。
学会の指針も相次いで出た。日本救急医学会は同年、救急医療現場で終末期の延命治療を中止する手順を、日本老年医学会は2012年、人工栄養の中断を含む指針をまとめた。
法的な根拠がない中、判断は医療現場に委ねられているのが現状だ。
厚労省は2018年、終末期医療の指針を改定し、患者が医師や家族らと繰り返し話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)※の重要性を強調した。国は普及をはかるが、厚労省が2022年度に実施した調査では、医師や看護師、介護職ではない国民のうち「ACPをよく知っている」と答えたのは約6%だった。
法整備の動きもある。超党派の議員連盟は2012年、終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(尊厳死法案)を公表した。死期が間近な患者が書面などで希望を示せば、延命措置を中止しても医師の責任は問われないといった内容だ。
議員立法による法制化を目指してきたが、障害者団体などからの「終末期の定義があいまい」「尊厳ある生を保障すべきだ」といった反対も根強く、法案の提出には至っていない。
今年6月、議連は総会を開き、議論の再開を確認した。議連幹事長に就いた衆院議員の三ツ林裕巳氏は「様々な意見を聞きながら、法整備をめざす」と話す。