「現代の高齢者を取り巻く状況は、伝統的社会とくらべて、悪化した部分の方が多い」とダイアモンドは言う。「高齢者が社会に提供できていた価値の大半が失われ、健康なのに哀れな老後を過ごす人が多くなった」からだ。
伝統的社会とは、何千年も前から存在してきた狩猟採集や農耕を生業にした小集団のこと。ダイアモンドは、南米やニューギニアに今も点在するこれらの社会の調査を続けてきた。
文字のなかった社会では高齢者は「生き字引」だったが、現代では文字が知識を蓄積してくれるため、高齢者の記憶や知恵に頼る必要がなくなったという。
また、技術の進化が遅かった時代は、高齢者の持つスキルに利用価値があったが、教育の充実や技術革新の加速で、いまや高齢者のスキルはあっという間に時代遅れになってしまう。健康状態が改善し寿命が伸びたことで、高齢者の数が急増し、希少価値も減ってしまった。
一方で、伝統的社会の一部では高齢者を支える余裕がなく、遺棄や自殺幇助(ほうじょ)をしていた面もある。ダイアモンドは「我々の世界もそうした社会に逆戻りしているのだろうか」「自殺の推奨や安楽死などの選択肢が与えられるのだろうか」とも危惧する。
厳しい状況を打破する第一歩として、ダイアモンドは「高齢者」の定義に疑問を投げかける。「何歳からは高齢者と一律な定義はできない。私自身も10代の頃は人生の頂点は20代だと思ったが、実際に自分の人生が頂点に達したのは60代から70代のはじめにかけてだ」
その上で、鍵は「働き続けられる社会」にある、とする。「高齢者の社会的地位の低下は、社会の対応で避けられる。日本政府や経済界は、決まった年齢で強制退職させるのではなく、望めば働き続けられるように奨励するべきだ」
加齢に伴い心身の状況は下降するが、「管理や監督」「助言」「教育」「戦略の立案、とりまとめ」など、若年者よりも高齢者の方が優位なスキルも数多くある。「社会全体としてなすべきは、高齢者が得意とし、かつ、やりたい仕事を高齢者に任せることだ」という。
少子高齢化に伴う人口減について聞くと「日本人は人口減を気にしすぎる。現代文明が危機にひんし、食糧や資源の確保が難しくなる状況下では、人口増より人口減の方がメリットが大きい」と明言した。「日本の経済力は、人口ではなく創造力によるもの。資源に乏しく輸入に依存する国だからこそ、人口が減り、必要な食糧や資源が減るのは強みになるはずだ」(聞き手・構成 高橋友佳理)
※インタビューはメールで複数回行い、構成しました。
ジャレド・ダイアモンド
Jared Diamond 1937年、米国生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めた後、進化生物学、鳥類学、人類生態学も研究。『銃・病原菌・鉄』で98年度ピュリツァー賞受賞。UCLA地理学科教授。