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安楽死制度が欧州で拡大 カトリックの影響強い国でも 自殺タブーのバチカンに危機感

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母をがんで亡くしたジョアナ・サンタナさん。ポルトガルでの安楽死の法制化を心待ちにしていた
母をがんで亡くしたジョアナ・サンタナさん。ポルトガルでの安楽死の法制化を心待ちにしていた=2023年7月、リスボン郊外、宋光祐撮影

「人の命が危険にさらされている。安易に死に至るような誤った救済策を提案して、欧州や西洋はどこへ向かうのか」

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇(86)は8月2日、カトリックの若者の祭典「世界青年の日」のために訪れたポルトガルの首都リスボンで、欧州で進む安楽死の制度化を批判した。

ポルトガルではその約3カ月前に、安楽死を認める法律が実現したばかり。ソウザ大統領ややコスタ首相ら要人並ぶなかでの発言は、危機感の表れだったとも言える。

自殺をタブー視するローマ・カトリック教会は、これまで一貫して安楽死に反対してきた。教皇庁は2020年に発表した公式声明の中で、安楽死について「人間の生命に対する犯罪だ」と指摘。「不治は、治療の終わりを意味しない。良心に照らして安楽死に反対する重大かつ明確な義務がある」と訴えた。

「人は生と死の支配者にはなれない。多くの場合、人々が求めるのは死ではなく苦しみをなくすことだ」。今年3月に取材したビンチェンツォ・パリア大司教も、あくまでも安楽死に慎重な立場は崩さず、緩和ケアの充実を訴えた。

ローマ・カトリック教会のビンチェンツォ・パイア大司教
ローマ・カトリック教会のビンチェンツォ・パイア大司教=2023年3月、ローマ、宋光祐撮影

しかし、痛みや苦しみを伴わずに安らかに死を迎えたいという思いや「死を含めて自分の人生は最後まで自分が決める」という個人主義的な考えが広がる現実を前に、バチカンは難しい立場に置かれているように見える。

欧州では2002年にオランダとベルギー、2009年にルクセンブルクで安楽死が認められた。しばらく法制化の動きはなかったが、ここ数年はポルトガルやスペイン、イタリアなど、カトリックの影響が強い国で相次いで容認への動きが広がっている。

スペインでは2021年3月、医師が致死薬を終末期の患者に投与する措置が認められた。イタリアでも昨年から、過去の判例をもとに自死幇助が安楽死の措置として容認されている。今年7月下旬には、末期がんを患っていた北部ベネト州の78歳の女性が措置を受けて亡くなった。

「宗教とは関係ない」 ポルトガルでも合法化

ポルトガルは今年5月、ソウザ大統領が安楽死に関する法律を公布した。

左派が多数派を占める議会は2020年以降、4度にわたって法案を可決。そのたびに、カトリック信者で保守派のソウザ大統領は安楽死の適用条件が「あいまいだ」などとして拒否権を行使してきた。

しかし、議会が5月に4度目と同じ法案を過半数で可決したことで、大統領は拒否権を使えなくなった。5度目の可決で安楽死の制度化が決まった。

与党の社会党などとともに法案の提案者になった左派政党PANのイニェス・デ・ソウザ・リャオ議員は「何よりも大事なのは宗教的な信条ではなく、個人の意思。安楽死を選ぶかどうかは個人の人生の決定権にかかわる問題であって、宗教とは関係ない」と話す。

ポルトガルで安楽死法案を提案した一人、左派政党PANのイニェス・デ・ソウザ・リャオ議員
ポルトガルで安楽死法案を提案した一人、左派政党PANのイニェス・デ・ソウザ・リャオ議員=2023年7月、宋光祐撮影

リスボン郊外に住むジョアナ・サンタナさん(50)は安楽死に関する法律が公布されたニュースをみて「尊厳を持って死ぬための法律がやっと実現した」と語った。

人生の終え方を自分で決めるのは、個人の権利だ――。サンタナさんは2021年6月に68歳の母をみとった時から、そう確信するようになった。

サンタナさんの父は2014年、弟は2019年にガンで亡くなっている。いずれも闘病は数年間続いたが、緩和ケアを受けながら最期を迎える2人の姿にサンタナさんは安らぎを感じた。しかし、母の最期は違った。

170センチ近いサンタナさんよりも背の高かった母だが、脳腫瘍(しゅよう)を患い、息を引き取る間際には27キロまでやせた。生命維持のための装置につながれてベッドで横になりながら、母はサンタナさんに「もう逝かせてほしい」と一日に何度も懇願した。

担当医は話を聞いてくれず、その頼みを断るのがつらくなった。警察に「母の命をつないでいる機械のプラグを抜いてもいいか」と電話するほど精神的に追い詰められた。

父や弟とは違って、やせ細った母の姿は今でも夢に出てくる。そのたびに何もできなかった自分を責め、「安楽死を認める制度があれば、母は違った死に方ができたかもしれない」と悔やむ。

「誰もが必ず死を迎える。『良き死』のために必要なのは、最期を自ら選ぶ権利だ」

ポルトガルでの施行は、なお波乱含みか

ポルトガルのカトリック系医師連盟会長のジョゼ・ディオゴ・フェレイラ・マルティンスさん。安楽死に反対の立場だ
ポルトガルのカトリック系医師連盟会長のジョゼ・ディオゴ・フェレイラ・マルティンスさん。安楽死に反対の立場だ=2023年7月、宋光祐撮影

法律が公布されたポルトガルだが、根強い反対は解消されていない。安楽死の制度が順調に始まるかは不透明になりつつある。

政府は、安楽死の適用の可否を判断するため法曹や医療関係者で構成する委員会を設置する必要がある。地元メディアによると、医師の団体は安楽死に反対の立場のため、この委員会に参加する医師の指名を拒否する可能性があるという。

カトリック医師連盟のジョゼ・ディオゴ・フェレイラ・マルティンス会長(53)は委員会への参加を拒否することで、安楽死制度の開始を阻止することに賛成の立場だ。

「医師は患者を治療するための存在だ。安楽死を実施することは医師の役割を根本的に変えてしまう」