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米同時多発テロに出動した警官、がんに倒れ死去 懸命な訴え残し

ニューヨークタイムズ 世界の話題
2019年6月11日、米下院司法委員会の小委員会に証人として出席し、宣誓するルイス・グスタボ・アルバレス(左)と、その体を支えるかつての人気番組司会者ジョン・スチュワート=USA TODAY NETWORK/ロイター。アルバレスは翌日、ガンの化学療法を受けるはずだったが、もうそれに耐えるだけの健康状態にはなかった

2001年9月11日。ニューヨーク市警の警察官だったルイス・グスタボ・アルバレスは、米同時多発テロでマンハッタンの世界貿易センター(WTC)ビルに駆けつけた。それから3カ月間、がれきの山となったビルの崩落現場で生存者や遺体を捜し続けた。

それは、有害物質が充満する中での任務だった。健康がむしばまれるようになり、最後はがんを誘発した。そして、19年6月29日、ニューヨーク市近郊のロングアイランドのホスピスで亡くなった。53歳だった。

同じように緊急出動した人たちの間では、今も関連死が増え続けている。

亡くなる半月余り前の6月11日。アルバレスは、米下院・司法委員会の小委員会に出席していた。

やはり現場で激務をこなし、健康を損ねた仲間が大勢いる。ところが、その医療費を支援する「9・11被害者補償基金(VCF)」は、20年に打ち切られることになっていた。だから、なんとかこれを存続させてほしいと、小委員会の公聴会で訴えた。

小委員会には、時事問題を取り上げる人気番組「ザ・デイリー・ショー」の司会者をかつて務めたジョン・スチュワートとともに出た。その熱弁に呼応するように、アルバレスはかすれた声をふり絞った。

「このままでは、私のように出動してがんを患うようになった仲間が、働けなくなったとたんに必要な公的支援もなく、社会的に不当な扱いを受けるようになってしまう。これを傍観しているわけにはいかない。明日は69回目の化学療法が始まるが、こうしてここに来たのは、議員のみなさんに呼びつけられたようなものだ。9・11の現場で任務を果たした人のことを、みなさんが決して忘れることのないよう、身をもって示したい」

その翌日。アルバレスは、化学療法を受けられないほど意識が混濁していた。検査の結果、肝機能が悪化していることが判明。1週間もせずに、ロングアイランド・ロックビルセンターのホスピスに収容される容体となった。

VCFの存続法案そのものはアルバレスが証言した翌日に、下院の司法委員会で可決された。全会一致だった。上院院内総務のミッチ・マコネルも、8月に上院で採決することに同意した。

小委員会で証言してから1週間後。アルバレスは、米フォックスニュースのインタビューにも答えた。

「保険に入っていなければ、大変なことになる」と強調した。「自分の場合は、健康保険に加入していたからまだよかった。ところが、そうでない仲間だっているんだ。がんとの闘病ストレスに加えて、医療費をどうまかなうかというストレスとも闘わねばならなくなる」

「私だけが、何か特別なことをしたわけではない。みんなと同じようなことをしていたに過ぎない。そして、今、その『つけ』が回ってきている」と続けた。「私は16年もしてから、この病になった。『もう十分に時間がたったから、大丈夫』という仲間もいるけれど、何の発症もなく時間が通り過ぎてくれることなんてないんだ」

米下院司法委員会・小委員会での証言を前に話し合うアルバレス(左)と同行のスチュワート=USA TODAY NETWORK/ロイター

アルバレスは1965年10月、キューバ・ハバナに生まれた。米国に移住し、83年にニューヨーク・クイーンズ区のカトリック系高校を卒業。海兵隊員になった後、ニューヨーク市立大学シティーカレッジに学んだ。市警に入ったのは90年だった。

まず、クイーンズ区ロングアイランドシティーの第108署に配属された。93年に麻薬関連部門に移り、2年後には刑事に。1級刑事に昇進し、潜伏捜査に専従するようになった。その後、精神的負担がより少ない部門を希望し、04年に爆発物取り締まり部門に転身した(訳注=これも市警のエリート組織)。10年に退職するまで、5回の表彰を受けた。

それから、国土安全保障省にも勤めたが、健康状態が悪化して辞めた。16年に、大腸ガンと診断された。

この間に9・11テロが発生、VCFが設立された(訳注=01年から04年にかけて死傷者や遺族らに計70億ドルを支払い、活動を終えた)。そして、11年に73億ドルの基金で復活した。過酷で有害物質に満ちた現場に出動し、その後に発病した要員とその遺族に向けた措置だった(訳注=WTCビルの崩落現場で猛毒の粉塵(ふんじん)にさらされたのは6万~7万人ともいわれ、VCFの補償適用は他の現場と比べて圧倒的に多い)。しかし、VCFは20年末には基金を使い果たし、終了することになっていた。

これまでに、復活したVCFから2万1千人が計50億ドルを受け取っている。一方で、未処理の申請が1万9千件も残っている。

そこには、こんな現実がある。

「WTCビル崩落による直接の死者数(訳注=2700人超とされる)を、その後の関連死の人数が上回るようになるのは時間の問題だ。多分、年内にはそうなるだろう」。ニューヨーク州選出の上院議員チャック・シューマーは19年6月、こう語っている。

未処理の申請にきちんと応じ、処理済み案件を減額させないために、下院・司法委員会はVCFの存続を数十年延ばす法案を6月12日に可決した。下院本会議でも、7月に採決される見通しだ。

崩落現場のグラウンド・ゼロ。「いったん駆けつけると、もうそこから離れようとは思わなくなった」とアルバレスは小委員会で証言している。「出動要員の多くが病気にかかって亡くなった今、私たちがそうなったら、子供や伴侶を始めとする家族はどうなるのかと誰もが案じている」とも。

6月26日。9・11で出動した緊急医療隊の隊員たちが、上院院内総務のマコネルに会った。その一人、ジョン・フィールは、グラウンド・ゼロで活動中の事故で足の一部を失っている。 フィールが、マコネルの手を握り締めて離すと、その手にはアルバレスの市警記章が残っていた。

「記章は、自分の体の一部にも等しい。それをこうして贈呈することが、どれほど重いことか」とフィールはこの後でCNNテレビに話している。「ルイス(アルバレス)は、それを上院院内総務に分かって欲しかったんだ。そして、現場に駆けつけ、病んで、死と向き合っている人がいることを」

それから3日後、アルバレスはがんによる合併症で帰らぬ人となった。後には、母アイダ、妻レイニーと3人の息子のデービッド、タイラー、ベン(下の2人は10代)、さらに兄弟のフェルナンドとフィルらが残された。(抄訳)

(Sam Roberts)©2019 The New York Times

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