――中国の全面禁輸措置をどうみていますか。
中国国内では今、中国恒大集団を代表とした不動産不況を契機に、これから起きるかもしれない経済危機への不安と不満が高まることが予想されます。全面禁輸は、中国国民の民族感情の矛先が共産党の現政権に向くことのないように、反日感情に転化させ、中国国内の関心を外に向けさせる狙いがあると思います。
国内で深刻な問題が起きたとき、日中関係の歴史の中で、中国はこうした政治手法を繰り返してきました。20世紀初めには、対華21カ条要求等に反発した民族感情の高まりにより、中国などで日本製品に対する不買・不売・不使用運動「日貨排斥運動」が起きました。
こうした国内の民族感情に基づく不満は、1911年の辛亥革命から国民党政権樹立に至るまで、常に中国政治を動かす最も大きな要因でした。1949年、中国共産党の政権が樹立した後も、この要因の重要性は変わりません。内政上の課題から湧き上がる国民の不満を共産党政権に対する不満とさせないために、台湾問題を民族感情の対象として活用してきた歴史があります。
毛沢東は、1958年から始めた大躍進政策の失敗で苦境に陥りました。中国軍は同年、金門島を砲撃して第2次台湾海峡危機を起こしました。
現在においては、中国の軍事力の均衡が有利になればなるほど、台湾海峡危機が起きる可能性も高くなるのではないかと憂慮しています。
――中国の動きは更に過激になるのでしょうか。
二つのポイントがあると思っています。第1に、来年1月に行われる台湾総統選挙です。与党民進党公認候補の頼清徳(ライチントー)副総統が当選すれば、軍事的均衡が中国に有利となることを背景に、中国内でより軍事力に頼る傾向が強まり、台湾海峡を巡る緊張が高まることが予想されます。
第2に恒大集団などを発端にした経済危機です。中国は最近、若年失業率(16~24歳)の統計値の発表を中止しました。直前の数値では若年失業率は20%を超えていました。都市に住む若者の不満が高まると政治への批判につながります。中国当局は、1989年の天安門事件のような事態が起きることを懸念しているでしょう。中国当局は国内に不満分子を作らないよう、情報管理を徹底すると思いますが、同時に金門島砲撃のように台湾海峡をスケープゴートにする確率も高くなっていきます。
――処理水の放流を巡っては、中国から大量の迷惑電話がかかる問題が発生しています。
中国市民の自発的行動だと仮定しても、中国当局が取り締まっていないことは明白です。中国はデジタル化を利用して市民の電話を監視できますが、現実には放置しています。裏では奨励している可能性もあります。中国外務省報道官が迷惑電話について「把握していない」と語ったことは重大です。通常では、あり得ない発言です。
中国は表と裏の行動の差が拡大する時に、周辺諸国への安全保障上のリスクが高まります。それが、国際社会の間で「中国は信頼できない脅威だ」と受け取られる原因になっています。中国が「米国に代わる世界のリーダー」を望むなら、もっと王道を歩いてアジアで責任ある政府として安定した秩序を維持する役割を果たすことを期待しています。
――日本の国内の一部には「中国に対する説明が足りなかった日本外交にも責任がある」という指摘があります。
的外れな指摘だと思います。どの世論調査をみても、半数前後が処理水の放出を評価し、「評価しない」とする回答を大きく上回っています。中国の今回の禁輸措置は、日本の外交力の欠如から起きた問題ではありません。むしろ、日本国内で混乱が起きれば、中国は「政治的な効果がある」と判断し、新しいバーゲニングチップとして使い続けるでしょう。
「禁輸措置が中国経済に悪影響を与える」という指摘にも同意しません。中国は東シナ海や太平洋で捕れた日本の水産物の輸入は禁じましたが、中国漁船が同様の海域で捕った水産物は消費するわけですから。
中国の対日外交の特徴は「対日政策を有利に展開するための材料作り」です。中国が「禁輸措置を続けても、対日外交を有利に展開できない」と判断するまで、この政策を続けるでしょう。禁輸措置は長期化します。こちらが外交でいくら解決しようとしても、止まりません。
――与党・自民党内の雰囲気はどうでしょうか。
困惑しているというより、「ますます中国が嫌いな国会議員が増えるだろうな」という印象です。せっかく、日本が中国との関係を改善しようと努力している時、中国が交渉のハードルを上げてしまい、残念としか言いようがありません。