誤訳の責任は誰が 学生たちの英語学習にも変化
ーー世間にAI翻訳が広まることで、様々な問題も出てきているようですね。
そうですね。まず誤訳の問題ですね。AI翻訳の誤訳はだいぶ少なくなってきてはいるのですが、一つの誤訳が命取りになるケースもあります。そのとき誰が責任をとるのかという問題も出てきています。
例えば、米バージニア州の保健当局が2021年1月、新型コロナワクチン接種について、AI翻訳でスペイン語に翻訳し、誤った説明文をサイトに掲載して問題になりました。
「ワクチン接種は義務ではありません」という原文を、機械翻訳が「ワクチン接種は必要ではありません」と誤訳してしまったのです。こうした事例はますます増えていくでしょう。
外国人が多く暮らす地域で非常事態に避難情報をどう発信していくのか。AI翻訳をそのまま使って誤訳によって人命が失われる事態になったら、誰が責任を負うのか。そうしたことも今後、議論されていかなければいけないと思います。
ーーここまで精度が上がると、学生たちが真面目に外国語を勉強するのが、ばかばかしくなってしまわないかと心配してしまうのですが。
それは今一番ホットな話題として、世界中の教育現場で議論が起きています。AI翻訳の登場を英語教育の一大転換点と考え、積極的に導入する動きも出てきました。
カナダのオタワ大学では英語が母国語でない留学生が英文リポートを執筆する際にAI翻訳の使用を認めています。日本でも立命館大学が昨年秋、英語学習にAI翻訳を試験的に導入しました。
英語学習について言えば、AI翻訳は「お助けツール」になりうる、と私は考えています。現時点でリンガフランカ(世界言語)としても考えられている英語が使えるというのは、韓国語が使えるとか、フランス語が使えるとかいうのとはすこし次元が違います。
AI翻訳を正しく使いこなして英語で発信していくためには、英語と日本語の両方を正しく理解し、言語的知識を兼ね備えていなくてはなりません。その意味では、従来の学校で身につける英語の知識は重要になります。
私はこれからの英語学習のゴールは、AI翻訳を使いこなしながら、英語を話せる人材の育成だと考えています。そのためにAI翻訳をどう英語学習に採り入れていけばいいのか。AI翻訳を「グッドモデル」と捉えることです。
ーー「グッドモデル」ですか?
まずはメールや論文をAI翻訳で発信するところから始めましょう。日本語で書いた文章をAI翻訳にかけて出てきた英文の表現を採り入れ、自分のものにしてしまう。
たとえば、環境問題に関するリポートを書く際、まず原文を日本語でつくって、自力で英文でもつくってみる。さらに、こんどは日本語の文をAI翻訳にかけて出てきた英文と比べて見る。
そうすると、絶対にAI翻訳の方が出来が良いわけです。その良い部分を採り入れ、最終の英語のバージョンに近づけていくことで、ライティングの勉強にもなる。これを先生や学生同士で評価するのが良いやり方の一つなのかなと思います。
AIの精度向上、音声通訳も それでも翻訳の仕事は増えている
ーーAI翻訳は、これからさらに進化していくのでしょうか?
それは間違いありません。AIはこうしている今も学習を続け、その精度を高めていっています。
最近話題のChat GPT(チャットGPT)にみられるような、大量のデータで学習をしたモデルは、翻訳だけでなく人間の言葉(自然言語)の理解が関わるタスクもこなせます。翻訳することに関しても、目的や聞き手に合わせた訳を生成できます。
他にもマンガ専用のAI翻訳ソフトなんかもあります。マンガの中の「ふき出し」を認識して翻訳してくれるのですが、文字だけでなく、キャラクターの顔の性別や年齢まで認識し、若い女性ならそれらしい英文に訳してくれたりします。
ーーそんなところまで来ているんですね。今のところテキストのAI翻訳が主流ですが、音声通訳もブレークスルーが期待できるのでしょうか?
音声の同時通訳技術は注目を集めていて、音声を文字おこしするツールはすでにあります。これをAI翻訳と組み合わせれば、音声を同時並行で翻訳して字幕で表示できます。
そして、それを音声で読み上げるようになれば、会議で相手が英語で話した内容が日本語の音声で聞こえてくるわけです。今年後半あたりから、そうした技術が急速に進むと私は見ています。
ーーそれって、ドラえもんの秘密道具「ほんやくコンニャク」じゃないですか?!
そうですね。ほんやくコンニャクは実現するかも……最近そう思うようになってきました。
ーーでも、そうなると、人間の通訳者はいらなくなってしまうのでしょうか?
ゼロにはならないと思いますが、用途は変わってくるかも知れません。じつは私の家族や職場の仲間も翻訳業に携わっていますが、翻訳の仕事そのものは減っていない。むしろ増えています。
翻訳というのはただ言語を訳せばいいというものではありません。そこに裏打ちされた知識や正確性を担保できるスキルが重視されます。
現在、1日1400億ワード以上が翻訳されているといわれています。このうち人間による翻訳は0.2%程度とされ、根本的に人間の翻訳者が足りないのです。
でも、だれでもAI翻訳が使える時代になってきたからこそ、お金はかかるけれど人間による翻訳が見直されてきているのではないでしょうか。
すし店に例えるなら、回転ずしのチェーン店がはやることによって、むしろ銀座の本当においしいおすし屋さんはなくならない。そういうことなのかもしれません。