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AIもいずれ「発明者」に?国際競争力の将来にも影響 特許による法的保護の行方は

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
生成AIは、「発明」というもう一つの人間固有の分野に押し入ろうとしている=Paul Windle/©The New York Times
生成AIは、「発明」というもう一つの人間固有の分野に押し入ろうとしている=Paul Windle/©The New York Times

人気のチャットボットChatGPTを動かす技術エンジン・生成AI(人工知能)は、無限になんでも取り出せる手品の袋のようだ。料理のレシピや休暇の計画からコンピューターコードや新薬の分子まで、コマンドを打ち込めばあらゆるものを作り出すことができる。

では、AIは発明もできるのだろうか。

この問題には、法学者や特許当局ばかりか立法機関も加わって頭を悩ませてきた。「できる」というのは少数派だが、増えつつある。だが、「発明できるのは(訳注=自然人としての)人間だけ」という根強い信念を抱く否定派との厳しい闘いを迫られている。

発明といえば、トーマス・エジソンのような巨人や、ピンときた瞬間を連想することだろう。「創造的天才のひらめき」――かつて米連邦最高裁判事ウィリアム・ダグラス(訳注=在職1939~75年)は、それをこう表現した。

しかし、そこには「人間対機械の知能」という哲学論争をはるかに超える問題が含まれている。発明にAIが果たす役割をどう認め、その法律上の扱いをどうするかは、技術革新と国際競争力の将来のあり方にもかかわってくる、と専門家たちは指摘する。

米特許商標庁は2023年、「AI Inventorship Listening Sessions(AIの発明者としての地位にかかわる聴聞会)」と銘打った公開の会合を2回開いた。

米議会上院も、2023年6月に「AIと特許」についての公聴会を開催した。証人として大手のテクノロジー、薬品企業の代表が呼ばれる中で、証人席には英サリー大学法科大学院の博士ライアン・アボットの姿もあった。知的財産専門の法律家とAI科学者1人が参加する組織「Artificial Inventor Project(人工的な発明者についてのプロジェクト、以下AIP)」の創始者だ。

米上院司法委員会の知的財産小委員会が開いたAIと知的財産についての公聴会で発言する委員長のクリス・クーンズ
米上院司法委員会の知的財産小委員会が開いたAIと知的財産についての公聴会で発言する委員長のクリス・クーンズ=ワシントン、2023年7月12日、ロイター

AIPは、AIが生成した発明の法的保護を求め、米国など十数カ国で先駆的な訴えを無償で起こしている。

「これは、新しいテクノロジーの時代にふさわしい利益を確保するためのものだ」とアボットはその意義を強調する。医師でもあり、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の医学部でも教えている。

急速に進歩するAIは、発明で使われてきたこれまでの手法(例えば鉛筆や顕微鏡)とは大幅に異なる、とアボットは主張する。生成AIは、コンピューターのプログラムとしても新種になる。あらかじめ組まれた特定のプログラムに限定されて機能するのではなく、台本なしの結果を出してくるからだ。創造性という点では、まるで「人間の後釜」になりつつあるかのようだ、とアボットは例える。

AIPの主要な目的は、AIと発明についての議論を巻き起こし、活発化させることにある。特許という公的な制度に守られない限り、AIによる技術革新は公開のデータとして開示されることなく、企業秘密というよどみに埋もれてしまう。そして、この分野の進歩を遅らせてしまうだろう、とアボットは懸念する。

AIPは「この難問に私たちが向き合うように仕向け、制度に不備があることも浮き彫りにしてくれた」と米スタンフォード大学法科大学院の教授マーク・レムリーは評する。

一方で、特許の裁定者たちが、一般論として合意していることが一つある。「少なくとも現在の基準では、発明者は自然人でなければならない」ということだ。

AIPがこれまでに世界中の特許当局に出願した結果はというと、判断が分かれている。AIが生成した熱拡散性飲料容器について、南アフリカは特許を認めた。しかし、中国を含むほとんどの国ではまだ結論が出ていない。米国とオーストラリア、台湾では却下された。

米特許商標庁がAIPの特許申請を却下し、連邦巡回控訴裁判所がその判断を支持する判決を出すと、AIP側は2023年に最高裁に上訴した。提出した趣意書には、ハーバード大学法科大学院の教授ローレンス・レッシグも名を連ねた。

AIPの特許に関する主張を支持する書面で、レッシグと共同執筆者たちはこう訴えた――控訴裁の判決は「特許があれば保護されるはずの重要で人命を救う可能性があるあらゆる発明から、いかなる保護をも奪い去るもの」で、特許がもたらすであろう利益を損なうことにより「現在及び将来の巨額な投資を危うくしてしまう」と。

しかし、最高裁は審理すること自体を拒んだ。

ただ、こういう場合はどうだろう。多くの特許には、発明者として複数人が名を連ねる。それが社員で、企業が特許の持ち主になることも多い。そこには、特許の発明にかかわったAIシステムが単独の発明者ではなく、共同発明者の一人、つまりパートナーとして開示される余地があることが示されている。

「その辺が、この問題の落としどころかもしれない。ただし、その線だって、越えるのは生やさしいことではない」と米上院議員クリス・クーンズ(デラウェア州選出、民主党)は語る。上院司法委員会の知的財産小委員会の委員長だ。

AIそのものに発明者としての地位を与えることが現在は無理だとしても、急速に発展するこの技術により強い知的財産上の保護を与えることは、それほどは難しくはない。

クーンズと上院議員トム・ティリス(ノースカロライナ州選出、共和党)は2023年6月、特許の対象になる技術革新の種類を明確にする法案を提出した。それは、最高裁の一連の決定によって生じた不確かな部分を、立法で修正しようという試みである。これが成立すれば、AIに対する特許は、医療診断や生命工学の分野に関する特許と並んで、取得しやすくなる可能性が高い、と法律の専門家は見ている。

この法案は、AIに特化したものではない。それでも、特許による法的保護の強化に向けた「AI関連の動向を確認するものだ」とデイビット・カッポスは語る。特許商標庁の元長官で、今は法律事務所クラバス・スウェイン・アンド・ムーアの共同経営者をしている。

2023年6月の上院公聴会で証人となった先のアボットは、奇妙な形をした飲料容器を持ち上げながらAIによる発明を説明した。それは一般的な知識を学習したAIシステムが作り出したもので、容器設計に関する訓練を受けたこともなければ、容器を作るよう命じられたわけでもない、と経緯を述べた。

このAIは、単純なアイデアやコンセプトを組み合わせ、より複雑なものを考え出すように作られていた。よい結果が得られたときにはそれを識別し、そのプロセスを何度も何度も繰り返す。そうしてできあがった設計データを3Dプリンターに送り、製品化したのがこの飲料容器だ。その構造は、熱伝導効率を高めるためフラクタル形状(訳注=どの部分的な形状をとっても全体の形と似ている)になっている。魔法瓶の逆の働きをし、アイスティーのように一度はわかし、それをさまして冷たくするものを素早く作るのに向いている。

この容器は持ちやすいものの、飲むのは難しく、まだ商業化できる段階にはない。しかし、斬新であることは確かで、人間の操作なしに完全にAIのシステムだけで作り出したものだ。

このAIシステムはスティーブン・ターラーによって考案された。米大手航空機メーカーのマクドネル・ダグラスで働き、その後は独立して何十年もAIを研究し、開発してきた。先のアボットが、AI分野について調べるうちにたどりついたのがターラーだった。AIPのために、自身の技術を使って実証実験用の発明を一つか二つ用意してくれることになった。

ターラーが特許を取得したシステムには、ChatGPTのような生成AIモデルに似たものもあれば、似ていないものもある。人間の感情にあたるものを、機械であるこのシステムは備えている、とターラーは説明する。使えそうなアイデアを認識すると、デジタル的な興奮状態になり、模擬神経の伝達物が急増する。それは熟成過程を起動させ、最も際だったアイデアだけが残る。

ターラーは、こうして認識し反応する能力は「感覚」に相当すると述べ、この生成AIシステムをDABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience〈自律的統合感覚性の自動作動装置〉)と名付けている。

その上で、特許当局がこのAIシステムを発明者として認めようとしないのは、「創造的能力を持つ機械への偏見で、『(訳注=機械の)新種への差別』と私には思える」と悔しがる。

しかし、「それは法的な問題とはまったく関係ない」とアボットはいったんは突き放す。

その上で、時がたてば、「AIの創造性」は解決を要するより切迫した問題になるに違いないと続ける。「AIがこの分野で向上する一方だということは、世界共通の認識だからだ」(抄訳)

(Steve Lohr)©2023 The New York Times

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