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AI時代に外国語を学ぶ理由とは…言葉の選び方はアイデンティティーのよりどころ

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東京外国語大学の中山俊秀副学長=藤崎麻里撮影
東京外国語大学の中山俊秀副学長=藤崎麻里撮影

――AI翻訳の精度があがっています。もう他言語を学ぶ必要はない、という考え方も出てくるのではないですか。

言語表現を作ったり、解釈したりするスキルだけに注目すれば、AI翻訳は情報伝達のツールとして高い水準にあります。でも言葉の機能はそうしたものだけではありません。

言語を訳す時の言葉の選び方は、それぞれのアイデンティティーのよりどころでもあるからです。たとえば、ロシアによるウクライナ侵攻前まで、外務省はウクライナの首都をロシア語読みの『キエフ』と表記していました。でも侵攻後はウクライナ語読みの『キーウ』に変えました。これは外交上の話で政治的な文脈もあるものですが、どんな場面でも、どう言葉を選ぶかはデリケートなものです。言葉そのものが統治の装置になることもあります。

――慎重に考えるべき点があるということですね。

簡単に訳しきれない固有の文化もあります。日本語の「懐かしい」「もったいない」「甘え」はすぐに訳せません。日本語の「検討します」は配慮を示しつつ、イエスとは言っていない。こうした違和感や行き違いを経験しながら、人は学び、対応力をつけていきます。そんなプロセスがなければ、多様な発想力をもったり、思い通りにいかないことに対応したりする力は弱まってしまうかもしれません。

人がAI翻訳だけに頼り、他言語を学ぶことなく自分の言語世界だけで生きるようになれば、対話を通じて理解を深めるプロセスがなくなる可能性があります。接点が狭まり、異なる言語圏の人への想像力が失われ、新たな分断をも生むかもしれません。自動で翻訳しやすい言葉を選ぶようになれば、思考の幅が狭まる恐れもあります。

東京外国語大学の中山俊秀副学長=藤崎麻里撮影
東京外国語大学の中山俊秀副学長=藤崎麻里撮影

――どう他者とかかわるのかといったようなところまで影響しうるということですね。

どんなに仮想現実(VR)で世界旅行ができるようになっても、その地域に赴いて空気に触れたいと思う。それと同じように、自分で話すことで相手とつながり、自分で発音することでその言語を味わいたいと思うのではないでしょうか。

――AI翻訳の進展も背景に、欧州では消滅可能性のある言語の問題が指摘されていると聞きます。

そう、そもそもすべての言語がAI翻訳の対象になっているわけではありません。たとえば少数言語など、話者が少なく、ネットに情報が十分にない言語は締め出されています。AIの精度はデジタル上にどれだけの情報があるかに大きく左右されます。最も情報量の多い英語では精度が高まるとされ、言語による格差が生まれる可能性もあります。結果的に、英語や欧州言語の覇権が強まることも考えられます。

――私たちはAI翻訳とどうやって向き合っていけばいいのでしょうか。

AIの進展の中で立ち戻って考えるべき点もあると思っています。少しでも速く訳すといった「効率」ばかりを評価していると、AI翻訳の精度を前に、もはや人間の作業は必要なく、追いやられたように感じてしまいます。でも、機械に代替されるようなことを評価の対象にしてきたことが問題だったのではないでしょうか。もともと人間社会にあった矛盾や価値観の荒廃を、AIが見える化しているだけなのかもしれません。

ならば、評価の軸を変えていけばいい。少しでも速く、ではなく、どんな学びのプロセスを踏んでいるかに着目すればいいのです。この大きな変化を、人として学ぶべきコミュニケーション力や言語を学ぶ動機について、改めて考える機会にしていくべきだと感じています。