駅、デパート、観光スポット、ホテルのロビー、公園など、可能な限りトイレを探した。どれも共用だ。6日間の滞在中、明確に男女に分かれたトイレがあったのは、ストックホルムの空港だけ。そこでも場所によっては共用だった。
ピクトグラム(絵表示)は男女が並ぶものが多く、駅や美術館などは、複数の個室が並んで共用の手洗い場がある。公園などは手洗い場はなく、外から直接個室に入る仕様で、個室内に小さな手洗い場と鏡が備わる。どちらのトイレの前にも男女が列を作り、交代で利用する。個室タイプの場合、天井や床に隙間がないので、外からは見えない、という安心感がある。
人々はどう感じているのか。
バイセクシュアルで、スウェーデンの性的マイノリティーを紹介した『ぼくが小さなプライド・パレード』を出版したソフィア・ヤンベリさん(30)に聞くと、「『トイレはトイレでしょ』という感覚。男女共用が当たり前で育つので」。
ヤンベリさんは、日本に留学し、働いた経験がある。日本の女性トイレについて「共用の手洗い場に大きな鏡があって化粧直しに使われている。こちらではトイレで化粧直しをする女性はほとんどいません」と指摘する。「女性は化粧すべきだ」という意識が強くないことが影響しているとみる。
もう一つは、痴漢や盗撮といった犯罪の有無。「スウェーデンでは心配はない。日本では残念ですが、不安を感じる女性がいると想像します」。ただ、「犯罪をしようとする人はトイレが別だろうと一緒だろうとするでしょう。それは性的マイノリティーの責任ではないし、別の対策が必要だと思います」と重ねた。
スウェーデンでも都市の公衆トイレは歴史的に男性のニーズに基づいて整備されてきたため、女性の視点を入れて安全を確保するよう提言する団体もある。公園などのトイレは道路や店に近い場所につくられ、前に塀もない。植栽や塀が視線を遮ることが多い日本と異なる点だ。
ストックホルムから北へ約70キロの街、ウプサラには、男女の絵がなく、「WC」の文字とマークだけのトイレさえある。2020年に完成したスタジアムの中だ。
「あれこれ検討したが、『誰のためのトイレ』ではなく、『これはトイレ』と示すのが最も分かりやすい」と運営会社の担当者ダン・エリクソンさんは言う。
地元のプロサッカーチーム、IKシリウスなどの本拠地で、コンサート会場としても使われる。設計にあたり、市民や性的マイノリティーの支援団体からニーズを聞き取った。
その結果、①「WC」表示の共用トイレ(洋式便器のみ)、②障害者と乳幼児用の広めのトイレ(洋式便器、手すり、オムツ換え台つき)、③男性の小便用トイレ(仕切りなしで並んで用を足す仕様)、の三つができた。
大多数は①の共用トイレ。共用の手洗い場と複数の個室が並ぶタイプに加え、完全個室タイプもつくり、プライバシーを重視する人たちに配慮した。小便用は、サッカー観戦は男性が多いので、効率を重視して導入した。
市として初めての「ジェンダーニュートラル」をうたったスタジアムで、選手のシャワー室にも扉をつけたものを備えるなど、様々な配慮をしている。
選手らも性の多様性に関する研修を受けているというという。建設計画を発表した当時は、「そんなものに金を使うな」といった批判もあった、とエリクソンさんは明かす。「反論は簡単でした。市は必要と考えているし、性的マイノリティーの人たちだって税金を払っているんですからね」。完成後、批判は寄せられていないという。
北欧最古の歴史を誇るスウェーデンのウプサラ大学にも、男女共用の「次」を探ろうとしたトイレがあった。2016年にアニカ・スクーグルント准教授が設けた通称「hen(ヘン)トイレ」。ピクトグラムには男性にも女性にも見える人物のイラストを使い、室内には生理用品やカミソリなどが置いてある。
「男女共用トイレは男女いずれかの性別しか想定していない。新たなジェンダーのあり方を考えてもらう狙い」とスクーグルント准教授。「ヘン」はスウェーデン語で、han(彼)でもhon(彼女)でもない三人称単数の代名詞。半世紀ほど前に作られた言葉だが、2000代以降、性別の枠にとらわれたくない人たちが使い始め、定着したという。
日本の職場のトイレは労働安全衛生法の規則などで就業者数に対する設置数や、男女の区別が定められている。公園などのトイレには性別などの定めはなく、自治体や管理者が決めているという。職場の女性用トイレに関しては、女性の社会進出に伴って増えてきた歴史的経緯もある。
日本で入りやすい公共トイレのあり方の模索が始まって、まだ数年だ。男女別が当たり前だったから、試行錯誤は続くだろう。実際、アメリカやイギリスでも議論は続いている。
スウェーデンでトイレを使ってみると最初こそ戸惑ったが、すぐ慣れてきた。特に通路などから直接入る個室タイプは中に手洗いと鏡があり、便利だ。共用の手洗い場などのスペースがない分、個室を増やしやすいのではないか、とも感じた。
日本でも列車やコンビニなどには共用トイレがある。飛行機もだ。安全が確保されている場所、そしてニーズを見極めれば、共用が選択肢になる場所は意外と多いのではないだろうか。