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オーストラリアの世界遺産グレートバリアリーフ、温暖化で大量死したサンゴ復活の真相

World Now 更新日: 公開日:
ムーアリーフには色とりどりのサンゴが生息する=2023年3月、オーストラリアのグレートバリアリーフ
ムーアリーフには色とりどりのサンゴが生息する=2023年3月、オーストラリアのグレートバリアリーフ、石井徹撮影

大規模な白化現象から、サンゴが驚異的な復活

3月、オーストラリアの観光拠点ケアンズから船に揺られて1時間半、沖合にあるムーアリーフに向かった。ここは、南北に約2300キロ、約35万平方キロにわたって広がる、世界遺産「グレートバリアリーフ」の一部だ。

潜ってみて驚いた。以前と何ら変わらない楽園が広がっているように見えたからだ。

赤や紫、青、緑、茶、様々な色の枝サンゴやテーブルサンゴ、ソフトコーラルに光の筋が差し込み、きらきらと輝いていた。体長1メートルもあるアオウミガメやナポレオンフィッシュが、悠々と目の前を横切っていく。ゆらゆらと揺れたイソギンチャクからはクマノミが顔をのぞかせた。

グレートバリアリーフでは、2017年に大規模なサンゴの白化現象がみられた=The Ocean Agency/ Ocean Images提供
グレートバリアリーフでは、2017年に大規模なサンゴの白化現象がみられた=The Ocean Agency/ Ocean Images提供

グレートバリアリーフは2016年と2017年に、地球温暖化が原因で起きる海洋熱波に見舞われて海水温が上昇し、サンゴの大規模な白化現象が起きた。2020年、2022年にもあった。とくに2017年は3分の2が影響を受けた。

ユネスコの世界遺産委員会と諮問機関の国際自然保護連合(IUCN)は昨年3月、ムーアリーフなどを現地調査し、11月に「気候変動によって甚大な影響を受けている」として、危機遺産入りを勧告した。日本を発つ前に現地の関係者から「サンゴはこれまでにないぐらいいい状態だ」と聞いてはいたが、半信半疑だった。

サンゴは、クラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物だ。

体内で褐虫藻と呼ばれる植物プランクトンと共生し、光合成によってエネルギーのほとんどを得ている。だが、海水温が30℃を超えると褐虫藻を体内から放出し、白い骨格が透けて見える。これが白化現象だ。水温が低下すれば褐虫藻が戻ってサンゴも健康を取り戻すが、白化が長く続くとサンゴは栄養を補給できずに死滅する。

サンゴの驚異的な回復ぶりは、数字からも確かなようだ。オーストラリア海洋科学研究所(AIMS)は昨年8月、北部と中央部のサンゴ被度(海底の生きたサンゴの割合)は、それぞれ36%と33%で調査開始以来36年間で最も高くなったと発表した。

白化が起きる頻度は増しているというのになぜなのか。

大量死へて、以前とは「別物」に?

「世界のサンゴ礁は20年前とはすでに変わってしまっていることを理解することが重要です」。ユネスコの調査に協力した、AIMSディレクターのデイビッド・ワッチェンフェルドさん(55)は指摘する。

「世界各地でのサンゴの大量死は、群集構造や遺伝子構成に変化をもたらしている。熱ストレスに対する耐性が低いサンゴは、すでにいたるところで死滅している」。私がムーアリーフで見たのも、元のままのサンゴ礁ではないかもしれない。生物多様性に富んだ豊かな生態系を育むかつてのサンゴ礁とは別物になりつつある。

ワッチェンフェルドさんによると、グレートバリアリーフで回復の原動力となったのは、成長が早い種のサンゴだという。だが、熱ストレスに弱く、壊れやすい。オニヒトデの好物でもある。サンゴが回復できたのは、たまたまこの数年間、強い熱波や激しいサイクロン、サンゴを食べるオニヒトデの大発生がなかったからで、幸運にすぎないという。

AIMSでは海水温が高くても生きられる「スーパーコーラル(サンゴ)」を見つけ出して育てる研究もしている。熱に強いサンゴを研究所に持ち帰り、増殖や繁殖の実験を繰り返している。

だが、熱に強くて早く育つサンゴなどいるだろうか。いたとしても、そんなサンゴばかりにしてよいのだろうか。

熱に強いサンゴの種を研究している、オーストラリア海洋科学研究所のリナ・ベイさん
熱に強いサンゴの種を研究している、オーストラリア海洋科学研究所のリナ・ベイさん=2023年3月、石井徹撮影

「スーパーサンゴなど存在しない」 温暖化防止が唯一の手立て

担当するディレクターのリナ・ベイさん(51)は「私は『スーパーコーラル』という言い方は好きではない」と話した。

「耐熱性に優れたサンゴは成長が遅い可能性がある。すべてが得意な人がいないのと同じ。異なる特性を理解し、サンゴ礁が将来にわたって生き残るために研究している」という。だが、温暖化で海洋熱波やサイクロンが頻発し、サンゴが回復するまでの期間が短くなり、状況はひどくなる一方だ。ワッチェンフェルドさんも「スーパーコーラルなど存在しない。一刻も早く温室効果ガスの排出を止めない限り、問題は解決しない」と話す。

「今年は穏やかな夏を過ごしており、大量の白化現象は起きておらず、サイクロンも来ていません。回復期にあります。サンゴの被度は高くなっていますが、成長が早い草のような種類のサンゴで占められており、サンゴ礁が健全であるとは言えない」。グレートバリアリーフを管理する海洋公園局の首席研究員代理、ジェシカ・ステラ博士(48)は説明する。

ナポレオンフィッシュのウォーリーはムーアリーフを潜るダイバーたちの人気者だ
ナポレオンフィッシュのウォーリーはムーアリーフを潜るダイバーたちの人気者だ=2023年3月、オーストラリアのグレートバリアリーフ、石井徹撮影

気温上昇に適応できないサンゴ、失われつつある自然

「造礁サンゴは、狭い水温の範囲に住んでいます。気温上昇が速すぎて適応することが出来ない。グレートバリアリーフは巨大で、リーフ全体が一度に死ぬことはないが、影響は深刻です。サンゴ礁は突然消滅しないが、適応できないある種のサンゴが消えるのです。サンゴが消えれば、そこで暮らす魚や無脊椎(せきつい)動物も姿を消し、多様性を失い構造的にも複雑でなくなる。現在のサンゴ礁とはまったく違った姿になる」

再びムーアリーフに向かった。

潜ると、水深7~8メートルの辺りに六角形の格子が見える。そこから新しいサンゴがいくつも伸びている。「リーフスター」と呼ばれる鋼鉄製の構造物に、折れてもまだ生きているサンゴの断片を固定する。そうすることで、折れたままでは死んでしまうサンゴが息を吹き返し、新たにサンゴ礁を形づくる。

自然のままの世界は失われつつある。600種のサンゴや1600種以上の魚類、30種以上のクジラ・イルカが生息し、地球上で最も豊かな生態系と言われるグレートバリアリーフは、人の手によって守られなければ存在しえない段階に来ている。