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水中写真家・中村征夫が語る「海の変化はサンゴ礁からのメッセージ」

PR by 三菱商事 公開日:
撮影 中村征夫

 日本における水中写真の第一人者として世界中の海に潜ってきた中村さん。あこがれのサンゴ礁を初めて目にしたのは、1970年、沖縄の海だった。中村さんはこう振り返る。
「美しく巨大なサンゴ礁に圧倒されて、シャッターが切れませんでした。海も透き通っていて、それまで潜っていた本州の海とこんなにも違うのかと驚きました」

中村征夫さん

 サンゴ礁そのものの美しさに加え、中村さんはそこに集まる生き物の多さにも魅了された。
「サンゴの硬い骨格を隠れ家にするスズメダイなどの小魚が乱舞していて、私が近づくといっせいにサンゴの中に隠れる。しばらく息をひそめて見ていると、回遊性の肉食魚も現れて、目の前でそうした小魚を捕食します。魚たちもサンゴ礁にはエサが多いと知っていて、集まってくるんですね。うっそうとした森のようなサンゴに、鳥たちが舞い遊ぶように魚たちが泳いでいる。息をのむような美しさです」

 しかし、沖縄本土の海では〝楽園〟は長く続かなかった。施政権が日本に返還された1972年前後から各地で開発が進み、雨が降るたびにおびただしい量の赤土の土砂が海に流れ込んだ。海水は数100㍍の沖合まで赤く染まり、地元の人々は「海が泣いている」と嘆いたという。

 追い打ちをかけるように、サンゴを食べる〝天敵〟のオニヒトデも大量に発生した。オニヒトデの卵を食べるサンゴが減ったことで、生態系のバランスが崩れてしまったのである。
「夜行性でそれまでほとんど見かけなかったオニヒトデが昼からあちこちにいて、目の前でサンゴを食べていく。食べられたサンゴはみるみる真っ白になっていきました。地元の漁師さんは、『サンゴのほとんどが死んでしまった』と嘆いていました」

 その後、さらなる危機がサンゴ礁を襲った。98年、サンゴを死に追いやる大規模な「白化現象」が世界のあちこちで発生したのだ。

 サンゴの中には褐虫藻(かっちゅうそう)という植物プランクトンが共生し、サンゴに彩りと、光合成でつくり出した栄養を与えている。海水の汚染や海水温の上昇などのストレスによって体内の褐虫藻が減るとサンゴは白色に変化し、それが長く続くと栄養が足りず死んでしまう。中村さんは当時、沖縄の久米島でこの現象を目の当たりにした。

「船で白化の一番ひどいところに向かったら、海面から見えるサンゴが蛍光色に光って見え、ただごとではないと感じました。海に飛び込んだら、周りが異様なまでに明るい。どのサンゴも真っ白で、樹氷の中を泳いでいるよう。正直、美しいと思ってしまいました。しかし、美しいのは最初だけ。サンゴが死んで崩れたら、サンゴを隠れ家としていた小魚も、その小魚を目当てにしていた肉食魚もみんないなくなる。2カ月後に訪れたときには、サンゴの死骸ばかりのおぞましい光景になっていました」

1998年、大規模な白化現象に見舞われた沖縄・久米島のサンゴ(左)と、2カ月後に訪れた時の様子(右)。サンゴは残らず死滅していた (撮影 中村征夫)

 そんな中、私たち一人一人にもできることはあるはずだと、中村さんは語る。
「今は家庭から出る生活排水が、海を汚す大きな要因になっている。家で揚げ物をつくった時、油をそのまま流さないなど、それぞれの人ができることを今日から始めることが大切だと思います。自然界は本当に正直で、その姿を通して私たちにメッセージを伝えてくれる。私たちが変われば、魚たちが集まる生き生きとしたサンゴ礁が戻ってくるはずです」

 3年前、中村さんを驚かせる出来事があった。かつての一斉開発で荒れ果てた沖縄中部の海に、サンゴが戻ったという報せが届いたのだ。
「半信半疑で潜ったら、若い小さなテーブルサンゴがびっしりと育っていた。昔の美しい海はもう戻ってこないと思っていたから、思わず涙ぐみました。サンゴのけなげな生命力を感じました」(中村さん)

 多くの命をはぐくむ美しいサンゴ礁の海に、10年後、100年後も潜ることができるのか。私たちの対応が試されている。

沖縄中部の海には、若いテーブルサンゴがよみがえっていた(撮影 中村征夫)

PROFILE

水中写真家
中村征夫さん

なかむら・いくお/1945年、秋田県生まれ。19歳のときに独学で水中写真の撮影を始め、国内外の海や環境をテーマに取材。88年にルポルタージュ「全・東京湾」と写真集「海中顔面博覧会」で木村伊兵衛写真賞を受賞した。ライフワークである東京湾の継続撮影など社会性のあるテーマに取り組む。2009年、秋田県潟上市にフォトギャラリー「ブルーホール」を開設。



提供:三菱商事