未来の巨匠を探せ オークションで若手アーティストを支援
「1万円から始まります。1万5千円、2万円、はい、こちらのかた2万5千円です、右奥のかた3万円、後ろのかた4万円……。はい、7万円で後列のかたに落札します。おめでとうございます!」
進行役のオークショニア(競売人)が「コン!」と木製ハンマーをたたき、落札額が決まった。2018年12月、東京・丸の内で開催された「三菱商事アート・ゲート・プログラム」のオークション。若手アーティストが、緊張した面持ちで自分の作品をプレゼンテーションし、その場でオークションが始まる。客がパドル(番号札)を次々とあげ、落札額が決まっていった。
このプログラムは2008年に始まった。美術系の現役学生や、卒業後3年未満のアーティストから作品を公募。三菱商事が1点10万円で購入し、年4回あるオークションで販売される仕組みだ。プログラムを担当する平野裕美さんは「アートを志す学生が作家として独り立ちできるよう、支援する場を作り、後押ししたい」と語る。
オークション方式は若手アーティストの刺激にもなっている。会場では、アーティストが自分のポートフォリオ(作品集)を片手に来場者に作品の説明をしたり、個展の案内を渡したり、熱心にアピールする姿も目立つ。来場者や他のアーティストとの交流は、学校では学べない社会勉強の場なのだ。
オークションに参加するのは多くが日本人の学生だが、近年、留学生による出展も増えている。その1人、台湾出身で、多摩美術大学大学院の呉逸萱(ゴ・イツケン)さん(28歳)は、青くおぼろげな表現で、雪の降る冬山を描いた作品を出品。「オークションの最中は緊張しましたが、パドルが上がってうれしかったです。自分の作品を知ってもらう良い機会になります」と喜んだ。呉さんの作品を落札した参加者は「呉さんのような有能なアーティストにもっと頑張って欲しいという気持ちを込めました」と語った。
オークションの落札額が後輩の育成につながっていくのも、このプログラムの特徴だ。10万円までの落札額はすべて、翌年の奨学金になる。10万円を超えた場合は、超えた額の半分が出品アーティストに還元され、残り半分は奨学金となる。先輩への「評価」が次世代につながっていく仕組みだ。
東京芸術大学大学院の菊池玲生さん(25歳)も奨学生の1人。伝統的な画材「岩絵具(いわえのぐ)」を使った作品を出品した。プログラムを知ったのは先輩からの紹介だった。「若手が作品を発表できる場は限られています。さらに日本画は高い画材もあるので、奨学金のおかげで作品の幅が広がり、本当に助かりました。オークションと奨学金の両方があることで、アーティストと併走してくれていると感じています」と話す。目指すのは海外でも評価されるアーティスト、と夢が膨らむ。
開始から10年、これまでに開催されたオークションは41回、出品作品は1500点を超えた。公募数の約6倍の応募があるなど、若手アーティストからの期待も高まる。平野さんは「次の世代を担う若者にとって夢を実現するきっかけの場になれば嬉しい」と見守る。
オークションという門をくぐり、羽ばたいていくアーティストをここで見つけられるかもしれない。
提供:三菱商事