サーモンの「地産地消」がもたらすもの
──アトランドの陸上養殖事業によって、サーモンの地産地消モデルが実現するといわれていますね。その意義を教えてください。
御手洗 世界的に水産資源が減ってきている近年、「一定量を安定して生産できる」、そして、「消費地の近くで生産できる」陸上養殖には大きな期待が寄せられています。
ノルウェーやチリで安定して生産できていれば問題ないじゃないか、と思う方もいるかもしれませんが、ノルウェーから日本まで空輸する際の環境負荷もありますし、原油などの燃料価格が上がればサーモンの価格も上昇します。さらに、他国との兼ね合いで輸入自体ができなくなる状況もありうるわけです。
消費地で作る、つまり「地産地消」を実現することは、「良質な魚のたんぱく源を安定供給する」というアトランドやマルハニチロが共通して掲げるミッションにも通じるものです。
森本 アトランドが考える「地産地消」の消費地は、富山県内や日本国内のみならず、アジア圏も想定しています。
つまり、富山県入善町で育てたアトランティックサーモンを、隣国の韓国や中国、東南アジアにも輸出していくということです。マルハニチロさんも三菱商事も、アジア各地に販売拠点を持っているので、ぜひ広く売り出していきたいと思っています。
そしてその際は、入善町の自然の恵みを活用し、環境に配慮して育てたエシカル(倫理的)な食材であるという背景をしっかりと伝える、いうなれば「物語のあるサーモン」として販売するつもりです。
陸上養殖サーモンを通して入善町の価値を高め、広めていくことが、町への還元の一つになると考えているからです。
サーモン陸上養殖で、地域はどう変わるか
──地域への還元という話が出ましたが、「地域創生」という点で、入善町にどんな変化をもたらすと考えていますか。
森本 アトランドのサーモン陸上養殖事業は、世界の最新技術を持ち込んで実施する、非常に先進的な事業です。水産業界からは大変な注目を集めるでしょうから、ノルウェーやチリをはじめとする海外からの視察団や観光客も入善町に大勢やって来るでしょう。
ただ、養殖施設については、実は地域住民の皆さんにこそ早く見ていただきたいという思いがあるんです。「自分の地元でこんなことをやっているんだ」と幅広い世代の方々に知ってほしいですし、それが地元のプライドのようなものにつながればうれしいなと思っています。
ちなみに、サーモン陸上養殖に最適な光の波長は緑色や青色なので、施設内はなんともいえない未来的な空間になるはずです。写真映えもするので(笑)、視覚的にも楽しんでいただけると思います。
春日 新たな養殖のかたち、「入善モデル」を発信することで、最先端の養殖施設がある入善町には国内外から人が集まるでしょうし、Uターン・Iターンも進むのではないでしょうか。お子さんや学生さんにも施設の見学に来てもらい、この事業に興味を持っていただきたいですね。
──入善町としては、この陸上養殖事業にどんな期待をしていますか。
田中 陸上養殖という新たな産業が生まれる場所ということで、海洋深層水や伏流水をはじめとする入善町の資源が、いま改めてクローズアップされています。
先ほど森本さんから、地元のプライドという言葉もありましたが、こうして注目されることが、まさに入善町の住民の「郷土愛」「誇り」をより強いものにしていると感じます。
郷土愛があれば、進学や就職で県外に出ても、そこで入善町の魅力を広めたりUターンを考えたりするきっかけになりますよね。地域の安定や発展のためには、実はこの郷土愛がとても大事なものだと個人的には思っています。
そして入善町を訪れた観光客の方には、おいしい食べ物だけでなく、海洋深層水や伏流水といった資源にも興味を持っていただき、町内の湧水地を巡って実際に飲んでみたり、全国でも珍しい平地の湧水地帯に生育する自然林に近い杉林である杉沢の沢スギに足を運んだりしてほしい。そのために、役場の私たちもさらに努力していきたいと思います。
「深く強いチームワーク」で、前へ
──お話を伺っていると、組織や立場を超えた皆さんのチームワークの良さが印象的です。何か秘訣(ひけつ)はありますか。
春日 それぞれが持つ深い知見を、互いにリスペクトしているという点が大きいと思います。だからこそ、リスクを見過ごしたり課題を先延ばしにしたりせず、ざっくばらんに話し合いができる。優れたチームワークだと私も感じています。
御手洗 会社組織を超えた関係性はもちろんですが、入善町の協力体制もこの事業には欠かせません。というのも、国内最大級の陸上養殖事業のため、私たちも手探りで進めている部分があるんです。
困った時は必ず町役場の田中さんのところに相談に行くのですが、田中さんは「こっちを目指した方がいい」「こうすればできるはず」などと、いつも親身になって前向きな返答をくれるんです。「いや、そんなの無理です」なんて一度も言われたことがない(笑)。本当にありがたいです。このチームであれば、これからも難しい課題にチャレンジしていくことができると思っています。
田中 ありがとうございます。入善町はこれまでも数多くの企業誘致を手掛けてきました。新しいことでも「まずやってみよう」という機運が役場にはありますし、やると決まれば、県との調整や法的手続きなどにスピーディーに取り組み、事業を後押しします。制度上の支援も手厚いと自負しています。
皆さんとはここ3年近く、コロナ禍の制約の中でも頻繁に打ち合わせを重ねてきましたよね。何でも話せるこういう関係だからこそ、多くの障害を乗り越えてこられたのだと思います。私たちの「深く、強いチームワーク」は今後も大切にしていきたいですね。
生産開始まであと2年 事業推進のための課題は
──陸上養殖サーモンの生産開始は2025年ですね。事業を推進する上で、どんな課題がありますか。
森本 養殖事業において大切なのは、「種苗」「餌」「飼育環境」の確保といわれます。飼育環境については、マルハニチロさんやセルマックの知見と入善町の素晴らしい環境があるのでクリアしていますが、実は残りの二つが大きな課題です。
まず、種苗。アトランティックサーモンは卵を輸入する必要がありますが、現在は、アメリカ、カナダ、アイスランドの3カ国からしか輸入できません。この供給元をもっと増やせるよう働きかけていきます。
そして、餌。アトランティックサーモンに最適な栄養素を満たし、かつ、陸上施設での養殖に適した餌をどのように安定調達していくか、グループ内外関係者のご協力・ご助言を得ながら現在急ピッチで検討中です。2025年の生産開始まで立ち止まっている時間は全くありません。
春日 そうですね。魚種は違いますが、マルハニチロでは2017年から、サクラマスの陸上養殖の実証実験にも取り組んでいます。自然環境や労働者の人権に配慮して生産された養殖水産物に与えられる「ASC認証」も、日本で初めて取得しました。ここでの経験も、今回のサーモン陸上養殖に生かせたらと思っています。
丸山 マルハニチロさんが実証実験をしている山形県遊佐町(ゆざまち)の試験場にご協力いただき、アトランティックサーモンの試験飼育もすでに始めています。本格的に生産を始める2025年までに、知見と経験を着実に積み重ねていきたいと思っています。
サーモン陸上養殖が目指す未来へ
──このサーモン陸上養殖事業の未来を、どのように思い描いていますか。
御手洗 アトランドの陸上養殖を通じて、かつての「水産技術大国・日本」を取り戻したいという強い思いがあります。
陸上養殖に挑む競合企業は国内外に多々ありますが、私たちがここでイノベーションを起こすことで、水産技術大国に返り咲く。そして入善町の名を世界に知らしめ、アトランドも地域とともに成長していく──。そんな未来を目指して頑張っていきたいと思います。
春日 就業人口が減り、衰退の一途をたどる日本の水産業・養殖業を復興させること、そして、日本の水産業や養殖業が、もう一度、世界の最先端に躍り出ること。こんな未来像を見据えて、アトランドで新たな「入善モデル」を成功させたいと思います。
田中 入善町の持つ価値を磨き上げ、次の世代に渡していくことが私たちの使命です。その一つとして、町内の企業間の連携をさらに深めていくことを目指しています。そうすることで、いまよりさらに良い効果が生まれるでしょうから、その足場づくりにこれから早速取り組んでいきます。
森本 様々な意味で「持続可能な事業」にしていく必要があると思っています。地域の貴重な資源である「海洋深層水」「伏流水」を事業に活用し、それを適切に処理した上で自然に返すこともその一例です。それから例えば、水産物を加工した際に出る切れ端などを魚粉にしてアトランティックサーモンの餌にすることができれば「たんぱく質」のリサイクルになる。三菱商事グループやマルハニチロさんの未利用資源をも生かした循環型の事業にしていきたいと考えています。
そして最も大切で難しいのが、「人材」の持続可能性です。立ち上げの時期のみならず、この先も事業を成功に導ける人材を継続的に輩出すること。三菱商事としては、今後も事業経営を担える人材の育成にもしっかりと注力していくつもりです。
丸山 私たちアトランドは、陸上養殖でアトランティックサーモンを4〜5kgにまで育て、年間2500トンを生産する計画を立てています。ですが実は、同じような事業形態で年間千トン単位の水揚げに成功している企業は、世界でも数社しかありません。つまり、日々のオペレーションそのものが大きな挑戦であり、課題の連続なのです。
将来的には日本や世界の水産業に大きく貢献できる事業に育てていきたいですが、まずは2025年の生産開始、そして2027年の初出荷に向けて、チームのメンバーと一つひとつ着実に積み上げていくこと。これに尽きます。アトランドの陸上養殖サーモンに、ぜひご期待ください。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。