高まるサーモン人気 頼みは「養殖」だが……
寿司のネタとして不動の人気を誇るサーモン。寿司のほか、刺し身、焼き鮭、シチュー、ムニエルにスモークサーモンと汎用性も高く、いまや日本のみならず、アジアや欧米でも需要が拡大している。
「健康志向の高まりもあり、世界的に水産物の需要は伸びています。特に、ヘルシーかつ多様な食文化にマッチするサーモンは、国・地域を問わず大変な人気です」
そう話すのは、三菱商事農産・水産部の森本健吾氏だ。
しかし近年、サーモン需要の高まりに対し、供給が追いつかなくなりつつあるという。森本氏は「世界のサーモンの総生産量は年間約400万トン。天然の漁獲量が頭打ちの状態なのに対して、養殖サーモンは増え続けており、いまや全体の約75%を占めています。しかし、今後も養殖サーモンの生産量を増やしていくことは簡単ではありません」と語り、次のように指摘する。
「サーモンの海面養殖に適している場所は、一年を通して水温が低く、天候や波が穏やかなフィヨルドなどに限定されます。いまは、ノルウェーとチリを中心に、カナダ、イギリスのスコットランド、オーストラリアのタスマニアなどで生産されていますが、これ以上の適地を新たに見つけるのは相当難しい、というのが実情です」
「海」ではなく「陸」で養殖するメリットは
そこで期待が高まっているのが、今回の「陸上養殖サーモン」事業だ。そもそも、陸上の施設でサーモンを養殖することは、海での養殖と比べてどのような違いがあるのだろうか。
この事業を担う三菱商事とマルハニチロの合弁会社アトランドの代表取締役、丸山赳司氏(三菱商事から出向)によると、まず、「安定的・効率的な生産」ができることが大きなメリットだという。
「海面での養殖は、赤潮や台風、病原菌、外敵など、様々なリスクにさらされています。陸上養殖ではそうした外部環境の影響を受けることがないうえ、水温や日照、餌やりなど、すべての環境を人為的にコントロールすることができる。だから安定した生産を見込めるとともに、生産効率も上げることができるのです」(丸山氏)
「生産地の制限がなくなる」ことにも、大きな意味があるという。
「海面養殖ができる場所には条件がありますが、陸上養殖は設備さえ整えば比較的場所を選びません。実際、中東で陸上養殖を行っている企業もあるほどです。また、生産されたものをその地域で消費する、いわゆる『地産地消』の推進は、環境負荷の削減につながります。ノルウェーやチリからはるばる日本へ空輸したり海上輸送したりするより、日本国内の陸上施設で生産できれば、温室効果ガスの削減にも寄与できるというわけです」(森本氏)
さらに、一層の品質の向上も期待される。
「陸上養殖の場合、外部環境からの影響が限定的であり、より注力したい部分──例えば、味わいや成長の速さ──にフォーカスした育種を行うことができるため、品質の飛躍的な向上が期待できるのです」(森本氏)
水産物のプロフェッショナルが集結
サーモンの陸上養殖事業を行う、三菱商事とマルハニチロの合弁会社アトランドが設立されたのは2022年10月。2025年に養殖が最も盛んな魚種アトランティックサーモンの生産を開始し、2027年から年間約2500トン規模の水揚げ・出荷を目指すという。
この事業で三菱商事がパートナーシップを組んだマルハニチロは、年間70万トン以上の水産物を取り扱う世界最大規模の水産事業会社だ。三菱商事が同社へ寄せる信頼は厚い。
「マルハニチロさんは、140年以上にわたって世界の水産物を漁獲し供給してきた、まさにプロフェッショナル集団です。クロマグロ、ブリ、カンパチをはじめ多様な養殖を手がけるオペレーション能力や研究力は素晴らしいですし、“この分野ならばこの人”といった人材が豊富にいる。約1年半前に本プロジェクトが始動してからというもの、その圧倒的な『現場力』には日々驚かされています。共にこのサーモン陸上養殖事業に取り組んでいけることをとても心強く思っています」(森本氏)
一方、三菱商事は2014年に、世界有数のサーモン養殖・加工・販売会社であるノルウェーのセルマックをグループ会社化している。
「今回の事業にはセルマックの技術やノウハウを活用しますが、我々が今後アトランドで得られる知見もまた、彼らの海面および陸上養殖の発展に役立つはずです。そういう意味で、セルマックもこのサーモン陸上養殖には大いに関心を持っており、プロジェクトのメンバーとしても一緒に動いています。三菱商事グループ全体として、今後も新たな価値を生み出していけると思っています」(森本氏)
世界もうらやむ豊かな水資源を生かして
今回、サーモン陸上養殖施設の建設地に選ばれたのが富山県の北東部にある入善町だ。町は日本海に面した北アルプスのふもとにある。黒部川が生み出した広大な扇状地で、清浄な伏流水が生活・産業用水として利用される「名水の町」としても知られている。
アトランドが入善町を選んだ理由もまさに、この「豊かな水資源」にあると丸山氏は言う。
「サーモンの陸上養殖には、様々な工程で海水と淡水が必要となります。ここ入善町では、そのまま飲めるほどきれいな黒部川の伏流水を利用できるうえ、富山湾からくみ上げた、冷たく清浄な海洋深層水を、年間を通して使うことができる。これ以上は望めないほどの最高の環境だと思います」
このような豊かな水資源は、世界的に見ても希少なものだと森本氏は話す。
「2022年夏、チリ出張の際に入善町の話をしたところ、本当にそんな場所があるのか?と皆が驚いていました。養殖の先進国であるチリでさえ、海水のミネラル調整や殺菌など、良質な水の確保には苦労しています。清浄な水が豊富な入善町なら、そうした工程を大幅にスキップできるうえ、低温の海洋深層水を冷却媒体として使うこともできるので、電気使用量の削減にもつながります」
入善の恵まれた環境あっての本事業。地元に貢献したいというメンバーの思いはひとしおだ。
「黒部川の伏流水や富山湾の海洋深層水。このような入善町の『恵み』を有効活用させていただくことで、我々はこの事業を進めることができる。そのことを常に念頭に置き、地元とともに持続的に成長していける事業にしていきたいと思っています」(森本氏)
「アトランドの社名は、"at land"(陸上で)と、アトランティックサーモンから名付けたのですが、ぜひロゴの色にも注目してください。上から青・緑・青とした色は、入善町の青い空、立山連峰と扇状地、そして日本海をイメージしたものです」(丸山氏)
良質でおいしいサーモンを、環境に配慮しながら生産し、地元とともに発展していく──。三菱商事の挑戦は始まったばかりだ。
*[Vol.2]では、入善町の担当者とアトランド、三菱商事、マルハニチロの社員による座談会をお送りします。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。