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高齢女性を狙った「国際ロマンス詐欺」がドイツで社会問題化、「博愛の精神」も裏目に

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

近年、先進国では多くの高齢者の女性が「国際ロマンス詐欺」の被害に遭っています。

日本では、「羅刹(らせつ)の家」などの作品で知られるベテラン漫画家の井出智香恵さん(75)が、SNSを通じて接してきた「ハリウッドの有名俳優を名乗る男性」に総額7500万円をだまし取られたことを公表しました。

漫画家の井出智香恵さん。なぜだまされたのかとよく聞かれるが、「あの時の私になってみないとわかってもらえないと思う」=2022年4月11日、京都市、朝日新聞社
漫画家の井出智香恵さん。なぜだまされたのかとよく聞かれるが、「あの時の私になってみないとわかってもらえないと思う」=2022年4月11日、京都市、朝日新聞社

著名人だけではなく、一般の会社員がターゲットとなることも少なくありません。

2022年、一般社団法人共同通信社の子会社「株式会社共同通信社」の経理部次長の女性が、関連会社の銀行口座から自分の口座に総額約1億3000万円を送金したとして懲戒解雇処分になりましたが、その背景には国際ロマンス詐欺があったと報じられました

自称投資コンサルタントの外国人から「自分は海外にいて送金できないから代行してほしい」と頼まれ送金に応じてしまったとのことです。

独製英語まで登場、筆者の身近にも未遂事件

ドイツでも多くの女性が国際ロマンス詐欺の被害に遭っており、社会問題になっています。

ドイツ語で交際のことをBeziehungといいますが、このBeziehungのBez”をとり、英語のBusinessをつなげ、独製英語の"Bezness"という言葉が誕生したほどです。

筆者の友達の祖母も、危うくBeznessの被害に遭うところでした。

友達は、夫を亡くした寡婦である祖母の恋愛を応援していましたが、あるとき祖母の話す内容が「怪しい」と思い、必死の思いで説得をしたところ、祖母は被害に遭う前に男性との関係を断つことができたとのことです。

ドイツでは10年以上も前から、国際ロマンス詐欺の被害に遭い財産を失ってしまった女性らがウェブサイト「Eintausendundeine Geschichte」で詐欺の手口を発信し、加害者の国名を挙げています。

特にコロナ禍では国際ロマンス詐欺の被害に遭う女性が増えました。

ドイツ北部ハンブルクではコロナ禍になってからの3年間で、国際ロマンス詐欺の被害が6倍になり、総額210万ユーロ(約3億1300万円)もの被害が出ているとシュピーゲル誌(2022年、31号)が報じています。

国際ロマンス詐欺に遭い、家を売らざるを得なくなったドイツ人女性

同誌では、国際ロマンス詐欺の被害に遭い、長年にわたり送金を続けてしまった結果、計10万ユーロ(約1500万円)もの大金を失い、自宅を売らざるを得なくなったドイツ東部の町に住むIlonaさんという女性について報じています。

2020年の春、寡婦のIlonaさん(当時60歳)は成人した子供が家を出て寂しさを感じていました。コロナ禍で家から出られず、インターネットで時間をつぶすことも増えました。そんななか、あるマッチングアプリで出会ったのがアメリカの軍人だと名乗る男性でした。

男性は息子が一人いるとかたり、犬の散歩が趣味だといいます。Ilonaさんはこの男性と頻繁にチャットをするようになりました。会話の内容は庭仕事の話などたわいない内容のものだったといいます。

写真はイメージです=gettyimages
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男性は「マメ」で毎日、朝、昼、夜と定期的に連絡をくれるようになり、当時はそれがIlonsaさんの心の支えになっていました。シュピーゲル誌のインタビューでIlonaさんは「振り返ってみると、彼からの連絡を待つ私はまるで中毒者のようでした」と語っています。

交流を始めてしばらくしてから2人は将来を誓い合い、男性は「婚姻証明書の準備ができた」とIlonaさんに告げ、彼女の住むドイツに会いに行く旨伝えました。

そこから「税関のための証明書が必要だから送金してほしい」というお願いから始まり、「いま出張中で、自分の口座にアクセスできないため送金してほしい」など金銭的な要求が始まります。要求額は徐々に高くなったといいます。

周囲からの説得もあり、Ilonaさんは自称軍人と出会った翌年の2021年夏にドイツで刑事告発に踏み切りました。でも容疑者は捕まっていません。他人のプロフィール写真を使った「なりすまし」で、海外在住であることが捜査を難しくしています。 

冒頭のように自宅を売ることでIlonaさんは「恋人」への送金のために作った借金を返すことができましたが、金銭的に厳しい状況に置かれています。

だました側に罪悪感はない

国際ロマンス詐欺について注意を呼び掛けているドイツの警察のサイトには、加害者の男性が西アフリカのナイジェリアやガーナ在住であることが少なくないと書かれています。

前述のシュピーゲル誌では、ガーナの貧しい家庭で育った青年たちがガーナの首都アクラのインターネットカフェにこもり、「まるで仕事のように」ロマンス詐欺行為をしている様子が報じられています。

あるガーナ人男性はターゲットとしている女性を「クライアント」と呼び、「だいたい4人の女性と同時期にチャットしている」と、インタビューでその「仕事ぶり」について語りました。

別のガーナ人男性は「ロマンス詐欺を始めて数週間で200ユーロ(約3万円)を手に入れることができた」と語っています。ガーナの平均月収と同額です。仕事を見つけること自体が難しい若者らは、ロマンス詐欺を生計を立てる一つの手段と捉えているようで、そこに罪悪感はありません。

「博愛精神」が裏目に出るケースも

プロフィールがうそだと判明した後でも、既に精神的に依存してしまっているために関係を断ち切れずにいたり、お金を送金する際に「自分は貧しい国の人を支援しているんだ」と思い込んでしまったりと、被害者女性の複雑な感情が入り組んでいて、簡単に断ち切れないという問題があります。

日本よりも「寄付の文化」が根付いているドイツではその親切心が悪用されているケースが多く見受けられます。

現在ドイツには多くの難民申請中の人が住んでいますが、彼らから金銭を要求されロマンス詐欺に遭う女性もいます。

「困難な状況から逃げてきた難民には親切にすべきだ」という社会のコンセンサスがあるため、女性が途中で「何かおかしい」と思っても、正常化バイアスが働き、お金を渡し続けてしまうのです。

「グローバルサウスの人との恋愛=国際ロマンス詐欺」ではない

国際ロマンス詐欺については、日本よりもドイツのメディアのほうが頻繁に取り上げているものの、騙されたことを恥ずかしく思う人は少なくありません。詐欺に遭った当事者が、家族など身近な人に被害を打ち明けるということについて、ドイツでもハードルが高いのです。

金銭が絡んだ被害であるため、例えば高齢者が国際ロマンス詐欺によって大金を失ったことを子供に打ち明けると、「自分たちが相続できるはずだった財産をそんなことに使って」と子供世代からの怒りを買い、さらに孤立するケースもあります。

ドイツの警察によると、国際ロマンス詐欺の加害者が女性である場合は、東ヨーロッパ、南米や東南アジアに在住していることが多く、加害者が男性の場合は、その多くがアフリカに在住しているとしています。

加害者には新興国、いわゆる「グローバルサウス」の経済的に豊かでない国に居住している人が多いとされる一方で、当たり前のことですが、「グローバルサウスの人との恋愛=国際ロマンス詐欺」ではありません。

たとえば欧米メディアが報じたDeborahという名のアメリカ人女性は2017年、60歳の時にタンザニアを旅行し、娘と一緒にビーチを歩いていたところ、30歳年下のマサイ族の男性に一目ぼれをされました。

Deborahさんがアメリカに帰るまでの期間、交流を深め、彼女が国に帰った後も男性から毎日電話が来たといいます。Deborahさんの家族も彼のことが気に入り、2カ月後に彼に会うためにタンザニアを訪れた彼女は、翌年の2018年に彼と現地で結婚しました。

「彼はアメリカのグリーンカード(永住権)の取得が目的なのではないか」「彼はアメリカに住みたいだけなのではないか」など多くの懸念の声がありましたが、彼にアメリカ移住の希望はありません。Deborahさんが彼から金銭を要求されたという話も聞こえてこず、純粋な恋愛です。

国際ロマンス詐欺を警戒しつつも、特定の国の人との恋愛について「詐欺に違いない」と決めつけるのは尚早だということも意識していたいものです。