オーストラリア南東部の大都市、メルボルンの王立植物園。市街地中心部に近い立地でありながら、多様な樹種に囲まれた森のような空間で、デニス・フィッシャーさんが自然についての豊かな知識を披露していた。
「グレーの木の皮は水に入れると泡が出て、魚が浮かんでくる」「この葉を触ってごらん。裏側がふわふわで、トイレットペーパーの代わりに使える」「このやわらかい木と硬い木をこすったら火を起こせる」
これはアボリジナルピープルとともに園内を散策しながらその知識や文化、歴史に触れられる1時間半のツアー。フィッシャーさんはクイーンズランド州出身のアボリジナルピープルの長老だ。
降りしきる雨を気にすることもなく、米国やスイスからの観光客たちに向かって解説を続ける。肩にかけたカンガルー皮のカバンを示し、「殺した動物は、全てを使い切ります」と話した。
豪州もいま、気候変動の影響にさらされている。2019年から20年にかけて「ブラックサマー」と呼ばれる森林火災が起き、2300万ヘクタール以上が焼けた。日本の国土の6割に相当する広さだ。前後して大規模な干ばつや「100年に1度」と言われる洪水も発生した。
そもそも豪州に西洋人が入植してから、生態系のバランスが大きく崩れてきた。1788年以降、少なくとも100種の野生生物が絶滅したとされる。豪政府は2022年、「在来種の絶滅、生息地の喪失、文化遺産の破壊はすべて加速しており、改革が緊急に必要」として、環境保護のための「ネイチャーポジティブプラン」を発表。先住民族らと協力して取り組む姿勢を打ち出している。
特に注目されているのが「文化的火入れ」と呼ばれている野焼きだ。先住民族のコミュニティーによって様々な方法があり、土地を浄化する儀式や植生の保護など目的は様々だ。ただし、これも火を嫌う西洋人の入植後、自由にはできなくなっていた。
フィッシャーさんとともに王立植物園でガイドをするクリストファー・ジャコビさんは「私たちは大地を大切にする。大地とは植物、動物、地球そのもの、そして土壌のこと。私たちが大地を大切にすれば、大地は私たちを大切にしてくれる」と強調する。
首都キャンベラの公園でアフリカ原産の雑草を駆除するため、文化的火入れを5回ほど実践した。農薬を使わない、環境に優しい手段として選ばれたという。
ジャコビは火入れの目的の一つに、山火事が起きたときの危険性の低減もあると説明する。「ユーカリなどの植物は油を含む。『燃料』が何十年もかけて蓄積された状態で山火事が起きると、状況はさらにひどくなる」
伝統+テクノロジーで効果アップも
世界自然保護基金(WWF)は文化的火入れを再興させるプロジェクトを進めている。
協力しているニューサウスウェールズ州ギジブルの長老ロブ・ブータさんは「火入れによって生態系が守られている。私たちだけでなく、地域そのものが生き残るために重要なことだ」。
WWFオーストラリアで先住民族に関係するプロジェクトを担当するベン・キッチナーさんは「伝統的な方法で土地を健全に保つことの利点と、コアラなどの個体数への影響なども大学などとともに調べている」と話す。
熱帯サバンナが広がる豪州北部は、特に火災が多い。雨期に育った植物が長い乾期を迎えると、こすれ合って自然発火してしまう。さらに地球温暖化による熱波や干ばつなどにより、世界的にみても火災のリスクは高まっている。
だが、チャールズ・ダーウィン大学の研究者ローハン・フィッシャーさんによると、北部での火災頻度について2000年からの7年間と2013年からの7年間を比べると、火災が減少した地域の方が多かった。
先住民族の知恵と研究者の知識を組み合わせ、衛星写真やヘリコプターなどのテクノロジーを駆使した火入れが効果を上げているという。
「雨期が終わってからそれほど時間が経たないうちに火を入れることで、その後に起きうる山火事を防ぐことができる。極端な気候変動が起きている中で、豪州北部は世界をリードしている」と胸を張る。
熱帯サバンナの火災の規模や程度を小さくすれば、温室効果ガスの排出量を減らすことができるという科学的根拠も示された。先住民族には、政府などの支援により、自然を保護するレンジャーとして活動する人も多い。火入れをするレンジャーたちにとって、温室効果ガスの削減量を、排出する企業に販売する仕組みである「カーボンクレジット」が新たな収入源にもなっているという。
6600年前から続くウナギ養殖
メルボルンから西に約300キロ。農地が広がる大地を車で走り続け、世界文化遺産「バジ・ビム」を訪ねた。
世界遺産への登録は2019年。グンディッジマラ族が死火山の地形を生かしつつ、川の流れを変えながら6600年前からウナギの養殖を続けてきた「文化的景観」が評価された。
ガイドを務めるルーベン・スミスさんは多くのコクチョウが羽を休めていたコンダ湖を示し、「昔はもっともっと大きかった。もっと魚がいて、もっとウナギがいて、もっと鳥がいた」と話した。
湖を農地にするため、1950年代から水が抜かれ、1960年代後半には、完全に干上がってしまった。さらに土地を「破壊」しようとする鉱山会社に対して、グンディッジマラ族はブルドーザーの前を走ってこれを阻止。法廷闘争にもつれ込んだが、土地を守ったという。そして、2010年に堰(せき)を築いて、部分的ながらかつての湖の姿を取り戻したのだという。
「ここは肥沃(ひよく)な土地であり、私たちのスーパーマーケット。つまり、巨大な食料供給源なのです」
少し移動すると、小川が流れ、緑が茂る。鎮痛剤になる野草、接着剤になる樹液、野生種のトマトなどを紹介しながら、ウナギの養殖池まで連れて行ってくれた。「6000年前から冬の食べ物がない時期のために養殖していた。持続可能なように半分を食べ、残りは湖に戻していた。今も同じように捕獲している。数が少ないので、食べるわけではなく、調査のためだが」
スミスはまた、文化的火入れの話にも触れてくれた。数万年も続いてきたが、入植者に禁じられて以降は、山火事や外来種、枯れ木を多く目にすることになったと語る。
「大地を守るために必要なものを燃やしている。例えば、ユーカリの種が育つのは、火の粉が飛んできて、熱で割れたときだけ。火がなければ、ユーカリの木は育たない」
同化政策の犠牲も 豪州の先住民族が直面した苦難
大陸各地で暮らすアボリジナルピープルは、8万~6万5000年前ごろから独自の文化をはぐくみ、自然と調和した生活を営んできた。だが、18世紀後半以降、入植者との衝突や持ち込まれた病気で人口は大幅に減少。20世紀には、白人と同化させるために子どもたちが親元から引き離されることもあった。国勢調査で人口を数える対象に加えられたのは1967年。かつて話されていた250以上の言語は多くが失われた。
1990年代以降、先住民族の土地との結びつきが「土着の権利」として認められるようになった。豪州の先住民族としては、ほかに北部の島に住むトレス海峡諸島民がいる。2021年の国勢調査によると、先住民族は人口の3.2%にあたる計81万人が暮らしている。