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自販機大国ニッポン 無人の扉の中には汗と工夫が隠れている

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自販機に飲み物を補充するアサヒ飲料販売の門脇陸さん=2023月1日25日、山下裕志撮影

街を歩けば自販機にあたる、自販機大国ニッポン。飲料自販機の数はコンビニの40倍の225万台。60人に1台は必ず飲み物の自販機がある計算です。見慣れた機械ですが、無人の扉の中には誰かの汗と工夫が隠れています。

天気予報がこの冬一番の寒気の訪れを知らせる日だった。

1月25日、零下の横浜市。アサヒ飲料販売の門脇陸さん(28)はこの日も午前7時半に支店へ出勤した。

冷えた3トントラックのエンジンをかける。コンテナに積んだ缶やペットボトルの飲料を自販機に補充してまわるのが、門脇さんら「ルートセールス」の仕事だ。

アサヒ飲料販売で自販機への補充を担当する門脇陸さん=2023年1月25日、横浜市、山下裕志撮影

門脇さんのいる横浜南支店には12人のルートセールスが所属し、自販機1700台を受け持つ。

門脇さんが任せられたのは横浜市金沢区。企業やその工場が密集するエリアだ。

自販機を置く工場の敷地内や事務所前の路上にトラックを止め、自販機に近寄って端末をかざして売上伝票を印字する。

すぐにトラックに戻り、伝票を横目にコンテナの左右、背面のドアを開けて不足した飲料を箱に集める。再び自販機に向かって1本ずつ手早く装填(そうてん)する。

とにかく歩くのが速い。1日に25台をまわり、1台には長くて30分もかけられない。

素早く、でも丁寧に。「急ぎすぎると、入れる飲み物を間違える可能性がある。飲み物を地面と平行に入れないと、自販機の中で詰まってしまうこともある」

カラン、カランと乾いた音を立て、缶やペットボトルが内部で積まれていく。多いときには1台に200本近くを詰めた。

自販機に飲み物を補充するアサヒ飲料販売の門脇陸さん=2023年1月25日、山下裕志撮影

補充だけが仕事ではない。

お札や小銭の売上金を回収し、釣り銭を足す。

自販機の内部にたまったほこりをハケでかき出したかと思えば、キャンペーンのステッカーを貼り替え、自販機の脇のリサイクルボックスからたまった空き容器を回収する。

先輩から習った通り、仕上げに自ら100円玉を入れ、機械が硬貨を認識するかを確かめるまでが一連の流れだ。

「頭をうまく使って効率的に進めれば、体力的に楽になれる」というのが経験則だ。

手間に見える仕上げの100円玉の投入も、機械自体の故障に気づかず放置したほうがより面倒になる。

渋滞を避けるため、近くのアウトレットモールの混雑情報も仕入れる。

ある事務所前の自販機に着くと、このごろの寒さからか、ホットの緑茶が売り切れだった。

「せっかくお客さんが自販機に来てくれたのに、売り切れになっていたら信頼を失ってしまう」

この自販機ではラインアップから抹茶ラテを外し、その分だけ緑茶を増やした。そのさじ加減もまた、門脇さんに託されている。

「小銭で買う」その思い

門脇さんがこの仕事を始めて5月で丸5年になる。

大学卒業後、業務用の食品会社からアサヒ飲料販売に転職した。

入社して初めて担当したエリアでは、階段もあって台車が使えず、手で飲料を運ぶ「手上げ」も多かった。

「新人のときは無理かもしれないとも思った。これを来年もやるかと思うと、マジかと」

商品を入れ間違える失敗もした。

「寒い」。ビル風が吹きつけるホテルやオフィスの複合施設にやってきて、思わずもらした。

上半身に身につけたのは3枚。

「冬でも動いていれば暑くなって上着を脱ぐこともある」と車内では語っていたが、さすがに冷え込んだようだ。

夏の苦労はそれ以上だ。

「灼熱(しゃくねつ)の中、重いペットボトルを持って詰めるのが一番大変だ」

トラックを止めるたびにエンジンを切るから、クーラーで涼しくなったはずの車内は一転して蒸し風呂になる。

商品を触るとき、軍手は外せない。安全のために半袖を禁じられた工場内での作業では、腕をアームカバーで覆って作業する。

思えば大学時代、自販機を使うことは「全くなかった」という。

だが、いまの仕事を始めてから、自販機を使うときには「千円札ではなくて小銭で買うようにしている」

自分と同じように炎天下や寒空のもとで働く作業員に、釣り銭切れで余計な手間をかけさせないように。

ハンドルを握りながらそうつぶやいた。

設置先のお客さんにかけてもらう言葉がやりがいだ。台風で自販機が被災したとき「アサヒさんの対応が早くて感謝している」と言われた。そんな言葉をいまも覚えている。

支店に戻ったのは午後5時をすぎ、空はすっかり暗くなっていた。

この日まわったのは15台。1667本を補充した。日に3000本を入れることもあるから、同行した私への配慮もあって控えめな数字だったようだ。

門脇さんは翌日の仕事に備え、すぐにトラックに飲料を積み込み始めた。

1台置くまでに半年

いまのように清涼飲料を売る日本の自販機は1962年、瓶のコカ・コーラから始まり、やがて缶へと変わった。

コンビニのセブン・イレブンの国内1号店がオープンしたのと同じ1974年には、温かい飲み物と冷たいものを1台で売れる「ホット&コールド」の自販機が登場した。

自販機は売る側にとってメリットが大きい。スーパーなどの小売店では価格競争にさらされ、棚の陳列スペースを奪い合う。

小売店の求めに応じ、販売促進のためのコストもかさむ。

これに対して自販機は希望小売価格で売れ、多くは自社商品だけを扱う。

設置先の地権者や企業には売り上げの1~2割が手数料として入り、自己負担の電気代を差し引いた分がもうけだ。

飲料総研によると、飲料自販機の稼働台数は2013、14年にピークに達した。

しかし、コンビニのいれたてのコーヒーが人気になり、消費増税に伴う値上げもあって、その後は緩やかに減り続けている。

採算の取れない自販機を撤去する流れも強まる。

さらに、2020年以降の新型コロナウイルスの感染拡大で外出を控える傾向が広がり、オフィスや行楽地で販売不振に。台数の減少に拍車がかかった。
飽和した市場で、各社はより採算性の高い設置場所を探している。

「かつてのように屋外に新しく設置する例は少なくなった」

ダイドードリンコ東京営業部のマネージャーで、自販機の設置を担当して14年になる田中雅之さん(45)は言う。

目をつけるのは、オフィスなどの屋内だ。コロナ禍で低迷したとはいえ、感染が下火になれば人流の復活も見込める。ときには飛び込み営業で、新規の設置や他社との入れ替えを提案する。

ダイドードリンコで自販機の設置を担当する田中雅之さん=2023年2月6日、東京都荒川区、山下裕志撮影

生鮮品を扱う都内の市場に自販機設置を試みたときは、「誰と契約すればいいのかすら分からなかった」。

決定権を持つ人物を探して2日間、場内を歩き回った。

売店での自社商品の販売から始め、最初の1台を置くまでに半年。

こまめに商品を補充し、利用者の好みにあわせて缶コーヒーを増やして売れることを証明し、数年がかりで最大7台へ増やした。

「自販機はほとんどが衝動買い。目の前を何人が通り、そのうち何パーセントが買うかという世界」と田中さんはいう。

だから、人が集まる場所こそ好立地。

会社は停電でも商品を取り出せる自販機をアピールしたり、喫煙所の建て替えに伴う費用を一部出すことを提案したりしてしのぎを削っている。