ローマっ子は、しょっちゅうピザを食べている。
量り売りのピッツァ・ア・タリオ(pizza a taglio)がある。トッピングがタップリ載ったものを好みに合わせてはさみで切ってもらい、ランチにする。
トッピングなしのピッツァ・ビアンカ(pizza bianca)。トマトソースを付けただけのピッツァ・ロッサ(pizza rossa)。小さなサイズのピッツェッテ(pizzette)――いずれも、小腹を満たすスナックだ。
米国人が思い描く丸くて大きなピザは、ここではピッツァ・スクロッキアレッラ(pizza scrocchiarella)と呼ばれる。生地が薄いのが特徴だ。ただし、こちらは、ほとんどディナーでしか見かけることがない。
それにしても、ローマっ子はピザをよく頰張る。あちらと思えば、こちら。本当に、いつでも、どこでも。
そんなピザ好きも、さすがにこれだけはどうだろうか。自動販売機から出てくるピザだ。そもそも、食指が動くのか否か……。
動く方に賭けたのは、マッシモ・ブコロ(46)。医療機器販売のセールスマンが、ピザの新手販売の起業家に変身した。
生地作りから焼き上がるまで、ローマで初めての完全自動のピザ自販機を置いた店をこのほど、オープンさせた。近くには大学があり、人通りもかなりにぎやかだ。
自販機で注文すると、3分ちょうどで取り出せる。これが、ピザ好きなローマっ子の間でヒットになってほしいとブコロは願う。狙い目は、専門店が閉まった後の時間帯の、(あえていえば、)それほど違いにこだわらない人たちが常連客になってくれることだ。
「専門店と競い合おうとしているわけじゃない。別の可能性があるってことを示したいんだ」。チーズがいっぱいになるまで自販機につぎ足しながら、ブコロはこう語った。
それで、ピザ愛好家たちの反応は?
なんといっても、ここはティベリウス皇帝(訳注=ローマ帝国の第2代皇帝。在位、紀元後14―37年)の時代に、世界で初めての料理の本ができたというお土地柄。それだけに、作り方にはうるさそうだ。
一方で、ローマはピザの本場ナポリとも違う。
なにしろ、ナポリにいる数千人のピザ職人たち「ピッツァイオーリ(pizzaiuoli)」は2017年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界無形文化遺産に登録されている。でも、そんなものがあろうとなかろうと、ローマっ子が負けじとピザに愛情を注ぎ込んでいることだけは間違いない。
で、その反応。
まずローマ市内で最も古い専門店の一つのオーナー、レンツォ・パナトーニは、真面目に語る気にもなれないようだった。店は、大理石をのせたテーブルが並ぶことから、「遺体安置所」の異名で通るほど有名だ。そんな世界からすれば、自販機でできたピザなんて、「伝統的なピッツァとはまったく関係のない代物」と見下す対象となる。
店では、1931年の創業からずっと薄い生地のローマ風ピザを焼き続けてきた。近年は、厚い生地のナポリ風ピザを市内ではかなり見かけるようにはなったが、地元っ子が自分の店を裏切るようなことはないと固く信じている。
では、次にフードジャーナリストとブロガーの反応。こちらも、鼻であしらうばかりだった。うち、一人の女性はこう例えた。
――南米エクアドルのさびれた地域のことを思い出した。(訳注=貧困の根絶などを目指して英国で創設された国際NGO)オックスファムの事業に加わって、そこを訪れたときに食べたピザの味によく似ていたから。
「こてんぱんにやられた」とブコロは振り返る。
店は、「ミスター・ゴー(Mr.Go)」と名付けた。自販機の色は、消防車のように真っ赤にした。ここで賭けに出た自らの冒険心を、きっと分かってもらえるとの願いを込めた。が、その気概は無視され、出ばなをくじかれてしまった。
それでも、最近のある夕べのこと。自販機を、いやらしいと思えるほどの目つきでじろじろと見詰める2人のITエンジニアの姿があった。そして、買う決心をした。
機械がこなす作業は、小窓でのぞくことができる。2人はスマホで撮影し始めた。
中の装置が動き出し、小麦粉と水が混ぜ合わされた。生地を練り、丸い形に押し広げた。続いて、たっぷりとトッピングが載せられた(この工程は見えない)。赤外線オーブンで焼き上げると、紙製の持ち帰りボックスに移された。
出てきたのは、熱々のマルゲリータ。トマトとモッツァレラの定番だ。
「『興味津々ピザ』とでも呼んでもらいたいね」とブコロ。「だって、値段は安いし、その気になりさえすれば、もっと買ってもらえるに違いないんだから」
マルゲリータは、1枚4.5ユーロ。最も高い4種のチーズ入りで6ユーロだ。
先のITエンジニアの一人、マウリツィオ・ピエトランジェロは、お値打ちの買い物だと思った。「どうあっても、スーパーの冷凍ピザよりはいいよ。少なくとも、自分にとってはね」
そして、「成功を祈る」とブコロに告げて、ピザとともに立ち去った。
母娘のリピーターもできた。ビルジニア・ピットーリと幼いジネーブラだ。初めてここで買ったときに、娘がとても気に入った。「機械が動くのが、面白くてたまらないみたい」
当初の物珍しさが消えても、こんなリピーターが増えることをブコロは期待する。面白い。味だってよい。しかも、夜通し大丈夫なので、タクシー運転手のように、街が眠っているときも働く人が利用すると見ている。「この時間帯のニーズを満たす市場は、大きく開かれているに違いない」
この自販機の考案者は、イタリア北部の実業家クラウディオ・トルゲーレだ。事業パートナーや大学のいくつもの関連学部と試行錯誤を何年も繰り返し、2009年に第1号機を世に送り出した。製造元となる企業は、「レッツ・ピザ(Let's Pizza)」と名付けた。
そのトルゲーレも、ブコロの打った手にはいささか驚いた。ピザの専門店が決して足りないわけではない街に、この自販機を設置したからだ。「まさかローマに登場するとは、考えもしなかった。でも、できてしまったんだよね」
この自販機は、材料を満杯にすると、100枚のピザを作ることができる。ブコロのところでは、4種類のトッピングを用意している。マルゲリータ、4種のチーズ入り、スパイシーサラミとベーコンだ。
トッピングにはターキーという選択肢もあった。しかし、そこまで行くとやり過ぎになると考えた。「イタリア人の嗜好(しこう)にあった味は保ちたい。だから、ターキーを加えることはない」
ピザの自販機ということなら、この世界には他にもある。「ピッツァ・フォルノ(PizzaForno)」は新鮮なピザを機械の中に蓄え、3分で焼き上げる。冷たいまま、持ち帰ることもできる。
「ピザATM(Pizza ATM)」という現金自動出入機を連想させる自販機だってある。ホームページを見ると、あらかじめ作ってあるピザを最大8種類まで、同時に4分で焼き上げることができる。
ただし、最初の生地作りから仕上げるのは、レッツ・ピザ社製の自販機だけだ。欧州のいくつかの国で売られている。「まねようとしたところもあったみたいだが、みんな失敗している」とトルゲーレはいう。
イタリアで「ピッツァ」といえば、「聖なる主食」に等しい。そんな聖域を自販機みたいなもので侵すことにブコロが引け目を感じているとするのなら、ピザチェーン店「ドミノ・ピザ」の実績はきっと励みになるだろう。2015年にイタリア1号店を開いてから、今では伊北部を中心に34店を数えるようになった。
ローマにも20年11月に進出。5店にまで増えた。客層をうまく開拓している証しといえよう。
ドミノ・ピザ・イタリアのマーケティング責任者キアラ・バレンティは、いくつかのポイントの中でも、2点についてとくに心がけていると話す。一つは、ライバルより短い配達時間。もう一つは、地元の味の好みを尊重することだ。
それと、もう1点。「新たな味」を見つけようとする冒険好きなイタリア人が、数多くいるのを忘れないこと。チーズバーガー・ピザやバーベキュー・チキン・ピザが、そのよい例だ。
そんな客は、「パイナップルをピザに載せても、尻込みはしないだろう」とバレンティは見る。他の国では人気のハムとパイナップルの組み合わせトッピングが、「イタリアではまだタブー」とされている。質を下げたものと同一視されるからだが、「ただの固定観念に過ぎない」と思っている。
有名なイタリア人フードジャーナリストのマルコ・ボラスコも、多くの同胞たちとは違って、ピザの新趣向の評価については幅を持たせている。ピザとは、要は「設計コンセプト」。コンセプトが違えば、自販機やドミノ・ピザにも参入の余地があると考えている。
「異国情緒が売り物」と割り切ればよい。「すしやハンバーガーと同じ」と具体例をあげる。「みんなの関心はある。ただ、イタリア人にとっては、本物のピッツァとは違うものを食べているような感じになってしまうんだ」
脚本家のダリオ・クオモは、あえてだまされてみることをよく楽しんでいる。友人数人とやってきて、自販機でピザを1枚買い求めた。続いて、工程ごとに、にぎやかな評を繰り出した。
生地作り――かける時間が短いよ。
調理の仕方――乱暴過ぎるね。
できばえ――なんだか、塩味クラッカーみたいだなあ。
そして、最初の一口。
「悪くはないよ」。クオモは、こう宣言してみせた。「ロボットが作ったにしてはね」(抄訳)
(Elisabetta Povoledo)©2021 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから