2月中旬、ロイトリンゲンを訪ねた。地元の商店街の中にある時計・宝飾店「デッペリヒ」にも、エックス社の自販機が置かれていた。大きさは日本によくある飲み物の自販機とさして変わらない。ただ、金色に塗られてよく目立ち、「GOLD to go」「The gold ATM」などと書かれている。
パネルには、金貨1グラムから100グラムの延べ棒まで、8種類のボタンがある。私が訪ねたときの値段は1グラムが73ユーロ(約8000円)、100グラムだと4385ユーロ(約50万円)だった。
試しに、一番安い1グラム金貨を買ってみた。80ユーロ分の紙幣を差し入れてボタンを押すと、タバコケースより少し小ぶりの黒い箱が、ポトンとでてきた。手に取ってみると、あっけないほどの軽さ。ふたを開けると、スポンジの上に、透明なケースに入った金貨が出てきた。直径1センチあまりで1円玉よりかなり小さい。正直にいって、値段ほどのありがたみは感じなかった。
エックス社を立ち上げたのは、最高経営責任者(CEO)のトーマス・ガイスラー(51)氏。以前は投資信託を売る会社を経営していたが、08年のリーマン・ショック後、「債券など紙の資産には魅力がなくなる」と考え、インターネットで金を売るビジネスを始めた。さらに、どうしたら注目を集められるかと頭をひねった結果、自販機のアイデアがひらめいたという。
2010年5月に、アラブ首長国連邦のドバイに自販機を置いたのを手始めに、現在は欧州、米国を含む世界6カ国でこのビジネスを展開する。
ネット販売も含めた売り上げは、10年の約3600万ユーロから、11年には約4200万ユーロへと伸びたという。ガイスラー氏は「ユーロ圏の先行きは不透明だ。政治は行き当たりばったり、うそばかりだから、欧州の消費者はもはや通貨を信用していない。その分、金への需要は今後も上向く」という。今年は中国やロシア、南米などにも自販機のネットワークを広げる計画だという。
ただ、手軽に買えるといっても、ジュースやたばこの自動販売機とはやはり訳が違う。
ロイトリンゲンのショッピングセンターにある同社の金の自販機も見に行ったが、通りがかった女性は「ここに自販機があることは新聞で知ったけれど、冗談だと思った。ふつうはショッピングセンターでは買わないんじゃないですか?」。何人かに話を聞いたが、実際に買ったという人には、お目にかかれなかった。
買い物客でにぎわう英ロンドンのショッピングセンターでも、昨年夏に置かれたばかりという金の自販機の前で1時間、待ってみた。物珍しげに近くに寄って眺めた人はたった3人。購入した人はいなかった。