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金貨の袋を抱き、海に沈んだ男がいた 人はなぜ金にひかれるのか

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ツタンカーメン王の黄金のマスク
ツタンカーメン王の黄金のマスク=朝日新聞社撮影

人はなぜ、金にひかれるのだろうか。金は、あらゆる金属のなかで最もほかのものと反応しにくく、いつまでもさびない。

数千年の時を経た古代エジプト王のマスクはいまも輝きを保ち続けているし、沈没船に秘められた金塊のミステリーは、人びとの心をときめかせる。研ぎ澄まされたはがねも美しいが、船と一緒に沈めばボロボロになってしまうだろう。

死が避けられない人間は、その対極にある「永遠」や「不滅」のイメージを金に結びつけ、憧れるようになった。日本の金閣寺や中尊寺金色堂をはじめ、世界中で宗教施設の装飾にもちいられてきた。権力者たちは自らの権威をしめそうと、金をこぞって身につけた。

「安定」と結びついたイメージは、貨幣としての役割を果たす上でもうってつけだった。小さくても重く、高額貨幣の役割を果たせる。金貨に加工しやすいことも、幅広く使われてきた理由だった。「ほかの何かと交換できる」という貨幣としての信用には、つきつめれば実体がない。だが、貨幣に使われること自体が、金を価値あるものと人々に思わせ、欲望を突き動かしてきた。

著述家ピーター・バーンスタインは「ゴールド 金と人間の文明史」(日本経済新聞社)で、英国の思想家が残したエピソードに繰り返し触れている。男が全財産の金貨を持って船出したところ、嵐に見舞われた。逃げろと警告された男は、金貨の袋を腰にくくりつけて海に飛び込み、海底に沈んだ。思想家は問う。「男は金を所有していたのだろうか、金が男を所有していたのだろうか?」

実際、歴史を振り返れば、金が何の役にも立たなかったり、かえって害を引き起こしたりする例も多い。

16世紀、南米で栄えたインカ帝国はスペインに攻めほろぼされた。インカ皇帝は、部屋いっぱいの金を差し出して命乞いをしたが、処刑された。

一方、植民地から大量の金を手に入れたスペインの繁栄も長続きしなかった。浪費に慣れた王室が、たびたび財政危機を起こし、国力を衰えさせたからだ。

中世以前の欧州などでは、金以外の物質から金をつくり出そうと、錬金術師が情熱を燃やした。核反応を経なければ、元素の変化が起きないことを知った今から見れば、むなしい努力にみえる。

だが、彼らの行為も無意味だったわけではない。「蒸留や実験の方法をはじめ、錬金術を通じて蓄えられた経験があったからこそ、近代化学が生まれた」と東京大教授(科学史)の橋本毅彦はいう。ニュートンも錬金術の研究にのめり込み、そこから重要な着想を得ていた。

関西大教授でルネサンス文化に詳しい澤井繁男によれば、錬金術師には、金はつくりだせず、富を手にできないことを知っていた者も多かったという。
「金を目標に見立てて実験を重ねるなかで、本当に生きているという実感を得ていたのです」(文中敬称略)(青山直篤)