島の北にある三菱マテリアル直島製錬所からは、年間約40トンの金が出荷されている。国内では最大の規模だ。1キロの金塊(約400万円相当)をつくる工程を見せてもらった。
作業場にはガスバーナーと鋳型が並び、横に水を張った大きなシンクのような場所がある。2人でいっぱいになるくらいの広さで、台所のような造りだ。
溶かした金を鋳型に流し込み、しばらくそのままおいたあと、鋳型をひっくり返し、水を張ったシンクの中に金を落とす。携帯電話ぐらいのサイズに成形された金が、天ぷらのように泡を出しながらシンクに沈み、あっという間に炎のようなオレンジ色から金色に変わった。
数分してシンクから金塊を取り出し、温度が下がった後、一つ一つチェックする。つくったうちの約2割が「不良品」としてはじかれ、もう一度溶かされる。「金としての価値は同じですが、少しでもシワやヒビがあるものは不合格です」と技術課長の阿部信二は話す。
はじかれた金塊を手に持つと、まだ温かい。「不良品」とはいえ、できたての約400万円だ。「合格品」には通し番号の刻印が押され、傷がつかないように袋に入れられる。
ここでつくる金は12.5キロ(約5000万円相当)、1キロ、500グラム、100グラムの4種類。一番大きな12.5キロは「ラージバー」と呼ばれる。断面が台形をした金塊だ。工業用に使われたり、ロンドンの銀行に決済用として納められたりする。
三菱グループは明治時代に佐渡金山や大阪の製錬所の払い下げを受け、金生産に乗り出した。佐渡金山は鉱石が枯渇したため1989年に閉山。同時期に製錬所も大阪から直島に移った。直島での主な製品は銅で、鉱石はペルーやチリなど海外から輸入している。
その工程で出る泥状の物質の中に、金や銀が含まれている。金製品を溶かして新たな金塊をつくる「鋳直し」や、廃棄された電化製品などに含まれる金からのリサイクルもある大きな金塊をつくる技術も持ち、05年につくった250キロの金塊はギネスブックに載った。
金の値上がりでさぞかしもうかっていると思いきや、「製錬業はあくまで加工賃で稼ぐので、鉱石を売る鉱山会社とはわけが違う」。三菱マテリアル地金ビジネス部の久谷晴夫はこう説明した。同社で鉱山の開発を管理する資源事業部の野口和彦によると、加工賃の相場は、安値で受注する中国企業の台頭もあって伸び悩んでいるという。
「資源の値上がりの『うまみ』は、鉱山会社が9割を持っていき、製錬業者には1割ほどしか還元されない」
■ゴールドラッシュの暗部
金価格の高騰と共に、世界各地で「ゴールドラッシュ」が起きている。それに伴い、途上国を中心に、金採掘を巡る住民と鉱山会社とのトラブルや環境汚染、健康被害、児童労働などの問題も表面化してきた。
3月初め、カンボジアの首都プノンペンにあるNPO「DPA」の事務所を訪れた。貧困層の職業支援などをしているNPOだ。調整役のティー・トライは「ここ数年の金の急な値上がりで、これまでインドネシアやフィリピンに注目していた鉱山会社の目がカンボジアにも向いてきた」と話す。
カンボジアでは、1960年代から農民が金を手堀りして生活の支えにしている地域が点在していた。「1日5ドル~10ドルほどになるので、貧困層の生活には欠かせないものだった」
ティーによれば、事情が変わったのは2001年。農民の小規模採掘が違法とされる一方、探鉱権と採掘権を鉱山会社が得るようになった。以後、鉱山会社と農民とのトラブルが頻発するようになったという。
「企業の中には探鉱権しかないのに採掘をしたり、定められた範囲外でボーリングを始めたりする企業もある。環境調査も十分にされないまま掘り始め、実態すらつかめない。地元住民からは水の汚染や地盤のゆるみなども報告されている」
DPAが調査に乗り出している地域の一つが、プノンペンから約500キロほど離れた東部のモンドルキリ州だ。数年前から中国やオーストラリアの企業が金鉱山を求めて進出してきた。
DPAの聞き取りに対し、住民たちは「村の長老や集落の長と鉱山会社との間だけで話がされ、知らぬ間に自分たちの土地が企業の手に渡っていた」「生活資源になっている森が破壊され、移住せざるを得なくなった」などと訴えているという。
東部の別の州を調査したUNDP(国連開発計画)は、「中国企業が、数十年にわたって金の採掘をしていた地元住民に対し、立ち退きを要求しており、十分な話し合いが必要だ」と指摘している。
途上国では、事故や健康被害、児童労働も問題になっている。
カンボジアでは昨年末、掘っていた穴で地滑りが起き、中国の鉱山会社で働いていたカンボジア人8人が300メートル下に転落して死亡する事故が起きた。健康被害を引き起こしているのが、鉱石から金を抽出するのに使う水銀だ。UNDPは、「世界最大の水銀汚染をもたらしている」と指摘し、「水銀は安く、完全に使用をやめさせることは難しいが、使い方の知識を広げるのが急務」としている。
NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」も昨年アフリカのマリを現地調査した。コートジボワール、ガーナ、ギニアなど、金鉱山の多い西アフリカの国々でも児童労働が起きている、と指摘している。(文中敬称略)(宮地ゆう)