ジェンダー平等先進国キューバ 根強いマッチョ文化の中、社会進出した女性たちの挑戦
*キューバは2022年ランキングに含まれていない。
キューバでかつて女性は専業主婦比率が高く、秘書やタイピストなど限られた職業に就いていたが、1959年の革命後、法改正や意識改革を図るなど、様々なアプローチから女性の社会進出を促した。
こうしたなか、キューバ独特の経済事情や、伝統的な文化背景から、さらなる女性の社会進出をはばむ要因も指摘される。現地からのリポートをシリーズで伝える。
*キューバは2022年ランキングに含まれていない。
子どもを連れた母親、杖を片手にした高齢者、大きなおなかの妊婦。待合室の椅子は、朝の診療時間前からいっぱいになっていた。ここはキューバの首都ハバナにある、地域診療所だ。
「この地区に住む727人全員の健康状態を把握しています。診療はもちろんですが、ふだんから家族関係や家庭環境を知っておくことで、心身の問題を防ぐようにしています」
そう語るのは、この地区を20年間担当する家庭医、リジー・ムニス・アルバレスさん(50)だ。
キューバは人口1000人当たりの医師の数が8.42人と、世界一多い(2018年世界銀行調べ)。その多くが地域住民の健康管理をする家庭医だ。何でも相談に乗り、時間外の緊急対応もする。
国民の医療費は無料だが、医薬品など必要物資が不足しているキューバは、予防医学に力を入れている。
「健康維持の核となるのが、家族との関係です」
アルバレスさんが手にする患者のカルテは、10ページを超える厚みに手書きの文字がびっしり。本人のみならず、家族の健康状況も詳しく書かれている。家族関係に問題があれば、専門のカウンセラーが相談に乗ったり、アドバイスをしたりする。
医師としての職務のかたわら、博士課程で「動脈硬化の進行と家族関係」をテーマに研究活動にも励む。
キューバでは、各地域で住民の健康を守る家庭医のほか、特定の病気を診る専門医がいるが、医師全体の61.7%を女性が占めている。
アルバレスさんは医師に女性が多い背景について、「男女平等に機会が与えられている」と指摘、「(医師には)献身的で面倒見がいい女性も多い」と加えた。
政府が運営する公共セクターで働く人が多くを占めるキューバ人の平均月収は3820ペソ(2021年政府統計より、両替所の為替レートをもとにすると約4800円)で、医師もほかの職業と比べて収入に大きな差はない。より高い収入が望める観光業や民間セクターの仕事も増えているが、アルバレスさんは「地域全員と関われるこの仕事がとても好き」とやりがいを感じている。
医師をはじめ、キューバでは科学者、弁護士、教職などの専門・技術職で女性が半数以上を占めている。
そもそも1959年のキューバ革命前は、専業主婦、あるいはタイピストや秘書など男性の補助的な、限られた職種に就く女性が多かった。キューバ革命の闘争には女性も参加し、革命後は女性のエンパワーメント、すなわち権利拡大が、平等な社会を作るための目標の一つになった。
ハバナ大学教授でキューバのジェンダー問題に詳しい社会学者のマルタ・ヌニェスさんによると、キューバ女性の社会進出の土台となったのが、革命後の識字教育から始まった教育の無償化だ。さらに医療の無償化とともに家族計画ができるようになり、低コストの保育園整備、および同一労働同一賃金政策も後押しした。「1978年にはすでに専門職の女性の割合が男性を上回った」(ヌニェスさん)。
女性の社会進出に伴う制度も整えられてきた。例えば産休・育休は1974年に3カ月だったのが、1993年に6カ月となり、現在は1年に伸びた。最初の3カ月は給料の全額、4~12カ月は給料の6割が支払われる。さらに子どもの両親のみならず、祖父母や親せきも育児支援のための休暇を取ることが可能だ。
革命後すぐ、1960年に創設されたキューバ女性連盟(FMC)は、女性の権利拡大を進めてきた。14歳以上の女性400万人が会員となり、政府から自治体、地域レベルで女性の権利拡大のための活動をしている。
「女性が、高い地位に就いても安心と思える環境を整え、あきらめずに少しずつでも進歩を続けてきた」
FMCのディレクター、カリダッド・モリーナ・ロンドンさんは女性の社会進出の背景についてこう話す。会員の多くはボランティアで活動に携わっており、手作りのギフトを交換するレクリエーションや家族で参加できるイベントを開催するなどして活動への啓発効果を高める工夫をする。
一方で、「男性優位主義もまだ根強い」とロンドンさんは指摘する。
筆者はキューバのバスやバーなどで、男性が女性に席を譲るので「やさしい」と驚いたことがあるが、30代のキューバ人女性は「男性は女性を守らなければいけないという古い騎士道精神から来ている」と、にべもなかった。路上で通りすがりの女性を冷やかす「ピロポ」(piropo、スペイン語で「褒め言葉」の意)の文化を問題視する声もある。
家庭での役割は女性が多くなりがちで、国連のデータによると、2018年、15歳以上の女性は21%の時間を人の世話や家事に費やしたのに対し、男性は12%と少なかった(日本は女性が15%で男性が3%)。
「職場のセクシャル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンス(DV)も、件数が減ってはいるものの起こっているので、FMCは法制度を整えた上で、各地の支部で相談や教育の場も設けている」(ロンドンさん)
伝統的な性役割の意識は一朝一夕には変わらない。さらにキューバの厳しい経済事情が追い打ちをかけ、「女性の家事負担が大きくなっている」とヌニェスさんは指摘する。
キューバで活躍する科学者のミレイディス・リモンタさん(48)は、新型コロナウイルスの国産ワクチン、「アブダラ」の開発に携わるかたわら、家事労働も担ってきた。
キューバは新型コロナウイルスのワクチン5種類を素早く自国で開発し、2022年3月には国民の89%が必要回数を接種し、感染が収まった経緯がある。
リモンタさんは、遺伝子工学・バイオテクノロジーセンター(CIGB)で、プロジェクト・マネージャーを務めた。新型コロナウイルスのワクチン開発が始まった2020年3月からの2年間、「寝るヒマがなかった」ほど多忙だったという。朝6時に出勤し、夜8時に帰宅。料理をして、夜10時からウイルスについての情報収集など、資料を読み、午前2、3時になるまでスマホの通信アプリ「ワッツアップ」で科学者たちと打ち合わせをした。
「各分野のマネージャー4人のうち、私を含め3人が女性でした」(リモンタさん)
リモンタさんが科学者を志したのは11歳の時だった。当時の国のリーダーだった故フィデル・カストロが学校を訪れ、「ワクチンやがんの治療薬を開発するため、テクノロジーや医薬品の開発に力を入れていく」というビジョンを子どもたちに分かりやすく話した。
「フィデルの演説を聞いて、恋をしたような気持ちになり、CIGBで将来は働きたいと思いました」
そうリモンタさんは振り返る。大学は化学工学を専攻し、2年生から学業のかたわら、CIGBで研究も始めた。卒業後はCIGBで働きながら、2001年に修士号、2011年に博士号を取得した。
「仕事と学業を両立していたときに、子どもができ、てんやわんやだった」
そう振り返るリモンタさんは、長女を2001年に出産、次女は2007年に出産し、産休・育休をそれぞれ1年間と、9カ月間取得した。
そんなリモンタさんが「キューバの女性にとっての大きなチャレンジ」と話すのが、家事だ。夫もCIGBで機械系エンジニアとして忙しい。頼れる家族や親せきはいない。
「料理はほかの人に任せられないから私がやる。皿洗いは夫。掃除は子どもが小さいころは夫、今は娘たちがやってくれる」
とはいえ、料理には時間がかかる。
「毎週日曜に2~3時間かけて、1週間分の米をより分けます」
キューバの米には、石やゴミ、木の枝などが混入しており、炊く前にまず手作業で取り除かなければいけない。それから野菜や肉を入れて鍋で炊き込む。
コロナ禍で主要産業の観光業が落ち込み、アメリカのトランプ政権(当時)が2021年に「テロ支援国家」に再指定して経済制裁を強化する中、キューバの経済状況は数十年ぶりといわれる、困難な時期だ。配給制度はあるものの、食料の調達が間に合わず、週に3回、長い時間列に並ぶ人もいる。
「好きなことをしているし、人の健康を守るために働くのはやりがいがあるから、ハードワークは苦にならない」と話すリモンタさん。夢は60歳で定年後、文章を書いたり、写真を撮ったり、ダイビング、農業など「自分のために好きな活動を思う存分すること」と話す。
専門職や技術職で女性が活躍する一方で、「職場と家事と多忙なダブルシフトによって、このままでは女性は疲れ果てるのではないか」とヌニェスさんは懸念している。