キューバは当初、新型コロナウイルスの感染対策について「模範の国」とされていた。マスク、手洗い、ソーシャルディスタンスなどをテレビで啓蒙し、夜間外出禁止や在宅勤務、自宅学習を義務付けた。
PCR検査機関を2から27に増やし、医学生が家庭を訪問して健康状態を確認するなど、感染の追跡と陽性者の隔離、入院を積極的に進めた。
一方で、ワクチン開発も怠りなく、自国で着々と進めてきた。感染が認められた当初から政府が資金を投入。保険医療機関、学術界、製薬界が連携して、5種類の国産ワクチンを開発してきた。
うち「アブダラ」と「ソベラナ2」、「ソベラナ・プラス」の3種類の緊急使用がすでに承認された。いずれも90パーセント以上の有効性を示している。
ところが、そんな「鉄壁」が今年6月ごろから崩れ始めた。原因はデルタ株で、一気に感染者が増えた。
9月の感染者数は1日平均7900人、死者数の平均は76人(いずれも9月20日までの数値から算出)と、いずれも6月と比べて約3倍に跳ね上がった。10万人当たりの感染者数は世界でも高い水準となっている。
医療業界も悲鳴を上げ始めた。キューバは人口1000人当たりの医師の数が8.4人と世界最高水準で、日本の2.4人と比べても多い。
感染症対策に当たる医師を定期的に休ませながら対応してきた。しかし、現在は感染者の急増に対応が追いつかないことから、かかりつけ医が薬の処方もしながら、自宅療養するケースが増えている。
キューバ国民のワクチン接種率は現在、43パーセントが必要な回数のすべて(大人は3回)の接種が完了し、78パーセントが1回接種しているが、政府はさらに接種策を強化。11月中に全国民にあたる、90~92パーセントのワクチン接種を掲げる。
デルタ株に対し、キューバ産ワクチンがどれだけ効果があるかについて、駐日キューバ大使館のラモン・ヌニェス参事官(科学技術担当)は「判断するのは時期尚早」としつつも、「(9月初めの時点で)住民の6割にワクチン接種が完了したハバナでは、ほかの地域より死者数が少ない」と有効性に期待を込める。
計画では2歳以上の子どもも接種の対象となっている。子どもは新型コロナに感染しにくいとされ、感染しても無症状か軽症のケースが多い。日本やアメリカなどでは12歳以上を接種の対象としている。
接種年齢を大幅に引き下げることを決めた理由について、キューバ保健省は「(デルタ株の感染拡大で)子どもたちへの影響が強まっている」と説明する。
同省によると、感染した子どもの中には、無症状でも多量のウイルスを出して周りにうつす、大人と同じ症状を抱える、あるいはまれに重症化することが判明したという。
中でも、川崎病に似た症状がみられる小児多系統炎症性症候群(MIS-C)は、さまざまな臓器が炎症を起こし、人工呼吸器を必要とする重篤なケースもある。
子どものワクチン接種について、国際的にはいまだ、安全性への配慮から慎重な国が多い。ヌニェス参事官は取材に対し、次のように答えた。
「子どものワクチン接種では安全性の確保が重要だ。キューバのワクチンで使われている遺伝子組み換えタンパクワクチン(サブユニット)技術は、子どもの予防接種にも何十年も前から採用されており、安全性が認められている」
遺伝子組み換えタンパクワクチンはウイルスを構成するたんぱく質を、遺伝子組み換え技術を使うなどして製造する。
日本の塩野義製薬が開発しているワクチンも同じタイプで、開発に時間がかかり、複数回の接種が必要だが、安全性の高さがメリットだ。
ヌニェス氏が自信を見せるのは、キューバが長年、自国製薬の開発に取り組んできた実績があるからだ。
特にワクチン開発とバイオテクノロジーについては40年の歴史がある。B型肝炎、髄膜炎、肺がんなどのワクチンを開発しており、それらを輸出してきた。
1960年代から続くアメリカによる経済制裁で医薬品が輸入できなかったため、自国で開発せざるを得ない事情があった。
ワクチンに加え、新型コロナの治療薬についても開発に力を入れている。国内で使われている標準治療薬17種類のうち、14種類がキューバ産だ。中にはアメリカで使用を認められた治療薬もある。
接種人口を一気に拡大することで、キューバ政府は日常生活の正常化と経済活動の復活につなげたい考え。
2020年3月以降、子どもたちはテレビ授業による自宅学習が続くが、ワクチンの接種開始で登校を再開する見通し。
また、キューバ観光省は、11月15日から観光客を受け入れると発表した。キューバにとって観光は重要な産業だ。これまで実施してきた厳しい水際対策を緩和し、観光シーズンに備える計画という。