ヨーロッパの古い町並みにも似た、スペイン植民地時代から残る歴史的建造物の数々。そこを走り抜けるクラシックカー。これがキューバの市街地の光景だ。
マクドナルドやスターバックスといった世界でおなじみの店の看板がない。そもそも商業看板がない。その代わりに見かけるのが青いいかりが描かれた看板や目印だ。これは「カサ・パルティクラル(民家)」と呼ばれる政府公認の民泊マークだ。
呼び鈴を鳴らせばホストが出迎えてくれ、部屋を見て決めることができる。空きがなければ、近くの民泊を紹介してくれることもある。
最近はAirbnbのウェブサイトなど、インターネット経由で予約できるところが増えたが、多くは「飛び込み」で宿泊者を受け入れてくれるのが特徴的だ。
特色はほかにもある。基本的には、ホストは自ら住んでいる家の一部を開放している。家を丸ごと貸し切るタイプも最近は増えてはいるが、多くはホームステイ方式。
相場は首都ハバナで、ひと部屋あたり日本円で約2200~4400円ぐらい。地方だともっと安い。1~3人で部屋を借りることができる。
もしホテルに泊まろうとすると、この国では1万円なら安いほうだ。ホテルは豪奢な外観をしたところもある。1950年代のキューバ革命前、この国はアメリカ人の「遊興地」で、当時の面影が残っているからだ。
とはいえ、部屋の設備やアメニティは質素。従業員らの対応も淡々としている。これに対し、民泊は「家に招いた客」のようなホスピタリティが伝わってくる。掃除も行き届いていて、リネンに華やかな色合いを施すなど、おもてなしが感じられる。朝食や夕食は有料だが、食べきれないほどのごちそうを用意してくれる。
「Mi Casa Su Casa(ミカサスカサ)」。キューバでよく使われる言葉だ。「私の家はあなたの家」を意味するスペイン語で、その言葉のとおり、キューバの家の多くは玄関を開けたらすぐ「客間」になっている。近所の人が気軽に立ち寄ってコーヒーを飲み、話をする。まるでカフェのようだ。
そんな家だから、滞在中に家族の事情を垣間見ることがある。家族でもない、ゲストでもない、宿泊客でもない男性がソファでくつろいでいるなあと不思議に思っていたら、女性ホストの元夫だったということがあった。
彼は毎日のように、高校生の子どもに会いに来ていた。だが、子どもは友だちと会うのに忙しく、彼のもくろみは空振りに終わることが多かった。
ちなみにキューバでは離婚家庭が多い。慰謝料の支払いが必要ないなど、制度的にも離婚しやすく、別れた後も一緒に子どもを育てるケースが多い。
別の民家に泊まったとき、壁いっぱいにホストの子どもや孫の写真が飾られていたのを覚えている。
4人の子どもたちはアメリカやスペインなど、国外に移住していおり、ホストの夫婦は「子どもたちと会えなくてさびしいし、海外で一緒に住もうと言ってくれるけど、私たちはここにいたい」と話していた。
キューバは海外に移住する人が多い。とくに若い世代はより多くの機会を求めて国を出たいという希望を持つ傾向がある。
キューバにおける民泊の歴史は古く、1990年代にさかのぼる。当時、この国は深刻な経済危機にみまわれていた。その大きな要因はソ連崩壊(1991年)だ。
両国は同じ社会主義国として同盟関係にあり、特に経済的には、キューバはソ連が主導する経済相互援助会議「COMECON(コメコン)」加盟国として、この経済圏で砂糖を輸出し、石油や食料品を手に入れる「ソ連依存」体質だった。
このため、経済の行き詰まりからソ連が崩壊すると、キューバの経済も打撃を受けるのは当然の成り行きだった。
そんな苦境を乗り越えようと、勝手に民泊を始める人が出てきて、97年にはキューバ政府も正式に民泊ビジネスを認めた。設備や環境が一定の基準に達していれば、認可を受けることになる。
民泊を営むに当たって、人々は毎月部屋当たりの料金と、年間売上の10パーセントを税金として支払う。キューバ人の大多数が持ち家に住んでおり、今で言うところの「シェアリングエコノミー」としてこの仕組みが広まった。
ソ連が崩壊した後も、アメリカによる経済制裁などがあり、キューバはサービス業、とりわけ観光に力を入れるようになる。そんな方針も民泊を後押しした。
2015年には「犬猿の仲」だったアメリカと国交が回復、観光客がさらに増え、自宅を改装して民泊に乗り出す人も出てきた。
だが、キューバの観光産業も他国同様、新型コロナウイルスの打撃を受けた。
ハバナ中心部近で民泊「Shoko Berri House(ショウコ・ベリー・ハウス)」を営む医師のヒルベルト・ベリーヨ(56)さんと妻で日本人の祥子さんは2017年に開業。祥子さんは米ニューヨーク州のマッサージセラピスト資格を持っており、宿泊者に施術をするなど、独自のサービスも提供してきた。
ヒルベルトさんは経営のスクールでマーケティングなどを学び、海外の代理店やAirbnbなどのネットサービスと提携してビジネスはうまくいっていた。
「多いときには1日8人の宿泊客がありました」とヒルベルトさんは振り返るが、現在は新型コロナウイルスの影響で休業、近くの病院で働きながら観光客が戻ってくるのを待っている状態だという。
キューバは今、海外からの渡航者はわずかで観光は離島などに限られる。このため、キューバ政府は民泊に対し、売上税や部屋当たりの料金を免除している。もし宿泊客があれば、部屋当たりの料金のみ、減額された値段を政府に支払う。例えばヒルベルトさんの民泊は、通常は一部屋当たり、ひと月約4400円を政府に支払っていたが、もし宿泊客があれば約3300円で済むという。
感染者は依然、増え続けているが、明るい兆しもある。医薬品規制当局は最近、国産ワクチン「アブダラ」の緊急使用を承認した。
中南米諸国で初めて開発・承認されたワクチンで、3回接種型。臨床段階では約92%の効果が確認され、ファイザーやモデルナ製と同等の効力を持つとされる。
キューバ政府は年末までに全国民の接種を見込んでおり、ほかにも4種類の独自ワクチンの開発を進めている。
キューバは経済制裁によって医薬品の入手が困難な状況が続く。このため予防医学のワクチン開発に力を入れており、海外輸出も実現していた。こうした知見がコロナワクチン開発においても生かされた格好だ。
ところで、民泊宿の中には、赤色のいかりマークの看板を掲げているところもある。これはキューバ人の旅行者向けを意味しているが、実際にはラブホテル代わりに利用されることが多い。
背景には、住宅事情の厳しさから自宅でプライベート空間を確保するのが難しいという問題がある。人口が集中している首都ハバナでは離婚後もパートナー同士、同じ家に住み続けたり、複数の家族が同居したりするケースなどもあるという。
かつては「ポサダ」と呼ばれる国営のラブホテルがあったが、90年代の経済危機の影響で運営を停止、その後は災害時の避難所の役割も担うようになり、民泊宿が補う形になった。
ただ、今ではこうした状況に変化も生じている。赤いいかりの民泊は、時間貸しだと値段が割高になる。一方、2017年には安価に利用できるポサダがハバナで5軒再開された。
現地の暮らしやキューバ人のホスピタリティにふれることができるキューバの民泊。訪れる際はぜひ利用したい。